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イスラーム過激派:誰が「イスラーム国」を伸ばすのか?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年6月23日、ロシア南部のダゲスタン共和国の2カ所で、キリスト教やユダヤ教の宗教施設が襲撃され20人が死亡、50人近くが負傷した。襲撃については、放火されて炎上する宗教施設や治安部隊と交戦すると思しき襲撃犯複数の動画や画像が広く出回った。また、ロシアの当局によると襲撃犯の複数を殺害し、彼らは「イスラム過激思想」(注:引用した報道のママ。もちろん、この世にイスラム過激思想などというものが本当にあるかは保証しない)の持ち主で、襲撃犯の親族らを拘束したそうだ。襲撃事件が発生したのがイスラーム過激派とは長年「因縁のある」ロシアということもあり、全世界の有能な当局者・報道機関・研究機関は、一報が入ると即座に犯人の所属や身許についての情報集めと「犯行声明」探しに狂奔した。

 ここで世界中のギョーカイの人たちの期待を一身に集めた(?)のは、毎度うんざりだがみんな大好き(?)「イスラーム国」だった。中でも、事件が発生した地域で活動してきた「イスラーム国 カフカス州」と、アフガニスタンで潜伏生活を送り、近年「世界的な攻撃」を実行する能力を蓄えているとも考えられている「イスラーム国 ホラサーン州」がそうした期待を担うこととなった。かくして、事件を「カフカス州」の犯行であるとみなす推定が出回ったり、「ホラサーン州」が「犯行声明を発表した」との情報が出回ったりした。これらの推定や情報の根拠は、「ホラサーン州」なりその「関係者」なりによる事件を称賛する書き込みがSNS上に流布したことらしかったので、筆者も「イスラーム国」を含むどこかから正規の「犯行声明」や「報道」などの情報が出るのを待つだけでなく、該当する書き込みを探すという憂鬱な作業を強いられた。

 ちなみに、「カフカス州」は「カフカス首長国」を含む長年対ロシア武装闘争を行ってきたイスラーム過激派がイラクやシリアに戦闘員を派遣して現地で「イスラーム国」などの諸派に合流する過程で一部が「イスラーム国」に忠誠を誓って名乗りを上げたものだ。ただし、「カフカス首長国」などの幹部や構成員の一部が「イスラーム国」に忠誠を表明したことは、カフカスでの対ロシア闘争に寄せられるべきはずのヒト・モノ・カネなどの資源をイラクやシリアに吸い寄せてしまった上、「イスラーム国」との関係をめぐってカフカスで活動するイスラーム過激派やその支持者たちの間に修復不能な不和と分裂を招いてしまった。その結果、「カフカス州」名義で正規の形式・経路で発信された声明は、筆者の知る限り2020年1月の作品が最後だ。「カフカス州」の者たちでもそれと対立する者たちでも、世界的に知られるイスラーム過激派の活動家やその仲間を含むと思われることから、彼らが今般の襲撃事件に関与したのならば襲撃前から広報用の作品を準備したり、それを発信するためにイスラーム過激派の間で著名な経路との接触を確立したりしそうなものだが、本稿執筆時点でその種の情報は発信されていない。

 「ホラサーン州」はどうだろうか。こちらは、去る3月に発生したモスクワ近郊での襲撃事件を実行したとの憶測が広まり、世界的な脅威とみなす説もある。ただし、当該の事件について流布した「犯行声明」は「イスラーム国 モスクワ」名義であり、「ホラサーン州」が公式・非公式に「自派の作戦である」と主張する作品を発信したことは筆者の知る限りない。また、この事件に続いて「ホラサーン州」の「非公式の」広報製作部門と位置付けられている「アザーイム」なる名義でヨーロッパ諸国で開催されたサッカーの大会などへの襲撃を扇動する作品も出回っているが、こちらはいろいろな国の要人や当局が大した根拠も示さずに「ホラサーン州」の脅威を喧伝したことに便乗して「どこの誰でもいいからとにかく何かを襲撃しよう」との趣旨の駄作に過ぎなかった。ここで問題とすべきは「アザーイム」が何なのか、というところのようだが、こちらは前述の通りあくまで「非公式の」広報製作部門として活動している。「アザーイム」は英語、アラビア語、ロシア語、タジク語、トルコ語、パシュトゥー語などの多言語で作品を発信しており、英語、アラビア語については各々30を上回る号数で(とても長くて退屈で空疎な)雑誌を刊行している。もっとも、「イスラーム国」や同派の自称報道機関の「アアマーク」が世界中の仲間たちの戦果を一定の書式・経路で発信するのに対し、「アザーイム」はそのようなことをしないし、「イスラーム国」の正規の広報場裏で「アザーイム」やそこで活動している作家たちが言及されたり引用されたりすることもないようだ。

 「イスラーム国」が一応正規の書式や経路を擁して広報活動を行っている中で、「アザーイム」のような「非公式な」媒体が活動することは、「イスラーム国」の拡散や模倣としては喜ばしいかもしれないが、やりすぎれば「正規の広報部門の活動が鈍い!」という現場レベルでの不満の表明や独立の動きにもつながりかねない迷惑な活動にもなりかねない。そのような事情があるかはさておき、これまで「アザーイム」の活動は「イスラーム国」の正規の広報に先んじて「犯行声明」や何かの事件についての「賞賛」や「論評」を発信するような性質のものではなかった。要するに、仮に今般のダゲスタンでの襲撃事件について「アザーイム」が何か発信したとしても、それだけで「犯行声明」扱いするのは先走りであり、「イスラーム国」の正規の広報でどのように言及するのかを確認した上で真偽や信憑性を判断すべきものだったのだ。にもかかわらず、一部に「テロ行為に脊髄反射的に反応する」という迅速な動きをした優秀な報道機関や研究機関があった、というのがここまでの観察の推移だ。蛇足ながら、27日に刊行された「イスラーム国」の週刊機関誌では、この事件について一言も触れていない。仲間内での情報の伝達が遅れて記事にできなかった可能性もあるが、もし事件に「イスラーム国」がかかわっているのならばこのような「大戦果」の速報も出さないのは何とも変な展開だ。

 テロ行為とそれに付随する広報活動について、事の真偽や信憑性の確認に先立って「実行者」を決め付け、そうした決め付けに沿った情報を探すという行為は、かつては「アル=カーイダ現象」、数年前は「「イスラーム国」現象」とも呼ぶべき、思考停止に他ならない。イスラーム過激派の観察に相応の資源を費やし、経験を積んだ主体は、通常このような思考停止に陥ったり、将棋でいうところの「手拍子」の悪手を放ったりすることはほとんどない。となると、今後の展望で恐れなくてはならないのは「イスラーム国」が勢力を拡大しているとか、復活しているとかではなく、同派を観察・分析すべき当局・報道機関・研究機関の一部でイスラーム過激派の広報や声明類に対応する際に重要なはずの知見や技能が失われつつあることだ。よくよく調べてみると、SNSの媒体のどこかで「アザーイム・ニュース」を名乗るアカウントから(事件について)「兄弟たちを讃える」趣旨のロシア語の書き込みが投稿され、それが拡散した模様だった。残念ながら、筆者は人類の用いる言語全般に疎いので書き込みの内容や真贋に、本当に「アザーイム」の作品なのかについて確認できない。しかし、ダゲスタンの事件についていうべきことは「イスラーム国」の正規の広報はこれについて一言も言っていないということだけだ。「イスラーム国」をテロ組織として観察する場合、同派が勢力を伸ばすために最も好都合なのは、敵方の世論が(事実関係をろくに確認もせずに)「イスラーム国」の脅威を喧伝したり、「思想(注:本当にそんなものがあればの話だが)」なり政治的要求なりを勝手に類推して拡散させたりすることだ。今般の襲撃に対する一部の反応は、まさにこれにあたるものであり、「イスラーム国」にとっては(実は同派が事件に無関係だったとしても)とてもうれしい援護射撃だ。

 経験的に、イスラーム過激派の盛衰のピークと底は5年周期で繰り返しており、直近では2020年ごろに低迷の底を通過し、2025年ごろにあるかもしれないピークへと上昇過程にあると考えることもできる。このピークやそこに至る上昇過程を極力低い段階でつぶすこと、底をできるだけ深く長くすることこそがイスラーム過激派の観察・分析の唯一といっていいくらいの意義だ。次のピークが本当に来るのならば、それを招くのはイスラーム過激派の観察・分析を「事件が起こった時だけ必要な便利な生き字引」や「犯行声明早く見つけた競争の作業員」としてしか考えず、日々地道に作業に従事した結果蓄積された知見や経験をないがしろにすることだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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