「チョ・グク会見」で韓国の記者に集まる批判
韓国では当然であるものの、なぜか日本でも連日注目を集めるチョ・グク法務部長官任命をめぐる騒動。その中で韓国の記者に対する批判が高まっている。一連の流れを追った。
●晒し上げられる「キレギ」
9月2日午後3時半、チョ・グク候補は国会の一室で「記者懇談会」に臨んだ。本来開催されるべき「人事聴聞会」の代わりに開かれたこの会は、日付をまたいだ翌3日午前2時過ぎまで続き、その全てはネットやTVで中継された。
リアルタイムの接続者数が出るネット中継を通じ、終了時の時間帯でも10万人以上が見ていたこの懇談会の傍らで、ツイッターやポータルサイトの記事コメントなどネットでは、「キレギ」という言葉で埋め尽くされた。
「キジャ(記者)」と「スレギ(ゴミ)」の合成語であるこの言葉は、日本でいう「マスゴミ」と正確に一致する。つまり、記者への批判が相次いだということだ。
批判の中身は、▲記者の質問レベルの低さ、▲記者の態度の悪さに大きく分けられる。
前者については、いくつもの疑惑を抱えたチョ候補を攻めきれない記者の体たらくを嘆くものから、別の記者が何度も似たような質問を繰り返す様を小馬鹿にするようなものまで多様だった。
例えば、疑惑のひとつであるチョ氏の夫人や家族による私設ファンドへの投資(このファンドが政府事業を請け負う会社に投資した疑いが持たれている)への質問に、チョ氏が「『ブラインドファンド』という投資先がわからない制度がある」と答え、家族が投資先を知らない点を強調した部分だ。
だが韓国メディアによると、「ブラインドファンド」とはファンド参加者募集時にのみ当てはまる内容で、投資者に投資先を知らせないことは違法だという。つまり、ファンドが政府と関連ある事業に投資しているのかは十分にチェック可能であったという反論が可能になる。だが、記者がこうした明らかな「言い逃れ」を詰められなかったという指摘があった。
また、少なくない記者が片手に持った携帯電話の画面を参照に質問していた事も、視聴者に「自分の質問も覚えられないのか」といった疑問を抱かせ、プロフェッショナルではないという印象を与えたようだ。
途中、野党幹部のSNSに質問内容を求める書き込みをした記者もおり、「数万の記事を書き、チョ候補を攻め立てたここ数週間の勇ましい姿は一体何だったのか」という批判もあった。なお、こうした批判が同業者である記者からも上がったのが印象的だった。
一方、記者の態度の悪さをあげつらう批判は、主にチョ候補、さらに法務部長官候補とした文在寅大統領の支持者により行われた。この批判の特徴は清潔でない外見や、生意気な態度に対するものなど、印象に左右された点にある。
中継画面をキャプチャした記者の顔写真がネット上で「キレギ代表」といった言葉とともに拡散された。疲れからか居眠りした女性記者をあげつらう短い動画は数千もリツイートされるほどだった。日ごろから誠実に仕事をしている知人記者も含まれており、思わず苦笑いしてしまった。
●ニュースへの信頼度は「世界最低」
本来、チョ・グク候補を検証する場だった「記者懇談会」が、記者を評価する場に変わった理由の背景には、韓国社会の根強い「メディア不信」がある。
今年6月、韓国の日刊紙『ソウル新聞』は「韓国言論信頼度、4年連続不動のビリ」という記事を掲載した。
英オックスフォード大学付設ロイタージャーナリズム研究所が毎年発表する「デジタルニュースレポート」2019年版を引用したこの記事では、「ほぼ常に、大部分のニュースを信頼する」項目への回答が韓国では22%に過ぎず38か国中最下位であるとした。なお、前年も25%とやはり最下位だった。ちなみに日本は19年に39%で25位。
この数字をもたらした一因には、李明博(08年3月〜13年2月)・朴槿恵(13年3月〜17年3月弾劾罷免)時代に、次第に権威主義的姿勢を強めていった政府に押され続けた弱腰のメディアの姿がある。
さらに、社会問題において保守・進歩の陣営対立が非常に強い中で、どのメディアも市民から「いずれかの陣営寄り」と判断される他ない状況も関連している。ファクトよりも陣営、とメディアが見られているということだ。
他方、こうしたステレオタイプでの分類を良しとしないメディア側の動きも見える。ここ数年、多くのメディアで「ファクトチェック」コーナーが増えていることがその一例といえる。あくまで、メディアの本分は真実(ファクト)を報じることにあるという立場だ。
●「記者懇談会」の落とし穴
話を記者懇談会に戻そう。冒頭にあげたような記者への批判は妥当なのか、という点を考えてみたい。
まず、強調しておくべきは「記者懇談会」という形式が特殊であったという部分だ。これは法に則り本来開かれるべき「人事聴聞会」が、与野党の意見対立により開かれない中で行われた変則的なものだった。
「記者懇談会」には「人事聴聞会」であるべき証人の召喚や、候補者による様々な疑惑に答える事前の書面提出、十分な質問時間などがいずれも欠けていた。さらに、嘘をついても「偽証罪」に問われない点なども問題点とされた。
これについて3日、記者歴4年のある韓国紙記者は筆者との電話インタビューの中で「聴聞会ならばチョ候補が質問に答えた後で、追加の質問もできたのに、記者懇談会では追加の質問をほとんどさせなかった。視聴者にとってはチョ候補がうまく答えて、記者がやられたという形になった。記者の立場では形式に不満が多かった」。
この記者はまた、「記者懇談会の開始時間15時半は記事の締め切り時間を控えた時間のため、キャリアが長くない記者が対応することになり、質問が鋭くなかった点があるかもしれない。締め切りが終わった夜の時間には、中堅の記者がチョ候補に質問したがその時には『その質問にはすでに答えた』とかわされ、もどかしかった」と語った。
一方、国会記者クラブ歴もある記者歴14年の別の韓国紙記者は、やはり筆者との電話インタビューの中で「記者たちが十分に準備する時間がなかった。記者たちの間では『この日程(チョ候補が提示した2日午後)を受けるのではなく、別途しっかりとやるべきだ』という声が多かった。『人事聴聞会がお流れになるなら国民聴聞会をやろう』と記者協会でアンケートもあった。記者の立場としては引きずられた格好だ」と述べた。
この記者はまた、「最も大きな問題」として以下のように語った。
「チョ候補の疑惑を取材したのは主に社会部の記者。しかし、当日質問した記者は国会に常駐し、毎日の会見や党ごとの立場を伝える国会のルーチンだけを取材してきたキャリアの浅い(末陣の)政治部記者だった。せめて、デスク級の記者が行くべきという意見が周囲で多かった。こうした点は、日程があらかじめ分かっていれば改善できた。
例えば締め切りを遅らせれば、キャリア2、30年の論説委員クラスが参加することができたし、チームで取材してきた内容をまとめた後で質問することができた。また、ベテラン記者が参加しないことで『今回のチョ・グク任命問題が社会に投げかける意味は何か』といった、重量感のある核心をつく質問が出なくなり、結果として準備を重ねてきたチョ・グク候補に有利な結果となった。一日とはいかないまでも、システム面を含め数時間でも準備する時間があれば、今回のようにはならなかっただろう」。
●記者に求められるもの
チョ候補の「記者懇談会」をきっかけに起きた記者への批判からは、「高い知性と進歩性を兼備した知識人」としての理想の記者像が、韓国社会に未だしっかりと存在していることが明らかになり興味深かった。記者に求めるハードルは高く険しい。
加えて、一部の記者に対する中傷は強く批判されるべきであるが、記者もまた監視対象であるという点はとても示唆的だった。これはつまり、記者は市民にとって「権力側により近い存在」であるということを意味している。日本では記者がどう見られているのか、比べてみてもよいだろう。
最後にもう一つ印象的だったのは、文在寅政権支持派の団結ぶりだった。
ネット上で記者を次々になぎ倒していく姿からは、チョ候補の任命を何がなんでも後押しするという、「世論を作る」意気込みを感じた。こうした支持者の熱心さが文政権を支える一助となっており、今回の任命を貫徹する背景にあるのだなと再確認した次第だった。
なお、4日午後、紆余曲折を経てチョ・グク候補の「人事聴聞会」が6日に開かれることが決まった。疑惑についてはこの日、集中した追及が行われるだろう。