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「ひな祭り」に考えたい 子どもの「しつけ」と「体罰」の境界線~民法「懲戒権」の見直し

竹内豊行政書士
民法の「懲戒権」の見直しが議論されています。(写真:アフロ)

今日、3月3日はひな祭りです。ひな祭りは女の子の健やかな成長を願う行事とされています。

民法には、子どもの健やかな成長に関連する規定で「懲戒権」があります。そして、懲戒権の見直し案が法制審議会から提示されました。そこで、ひな祭りの今日、懲戒権について見てみたいと思います。

「懲戒権」の見直し

法制審議会親子法制部会は、「親による子どもの虐待を正当化する口実になっている」との指摘がある、民法の「懲戒権」の見直しについて、議論してきましたが、先月2月9日に次の3つに絞った中間案を取りまとめました。

第1案.懲戒権の規定を削除する

児童虐待が許されないことを明確にするために、「懲戒権」を規定する条文そのものを削除する

第2案.「懲戒」の文言を変更する

見直しにより、親による必要な教育やしつけなどもできなくなる懸念があることから、「監護教育のために必要な指示および指導ができる」としたうえで、「ただし、体罰を加えることはできない」と定める

第3案.体罰禁止を明確化する

「監護教育の際に体罰を加えてはならない」として、体罰の禁止だけを定める

中間案はパブリックコメントにかけたうえで、再び部会で議論し、来年3月をめどに改正案をまとめて、来年の通常国会での提出を目指す方針です。

「懲戒」とは

懲戒権は民法822条に次のように規定されています。

民法822条(懲戒)

親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

関連する820条も見ておきましょう。

民法820条(監護及び教育の権利義務)

親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。

懲戒とは、親権者による子どもの監護教育上(注)からみて子どもの非行・過誤を矯正して善導(教えさとして、望ましい方へ導くこと)するために、その身体または精神に苦痛を加える制裁であり、一種の私的な懲罰手段です。

これは、未成年者の監護教育のためには、単なる口頭による訓戒だけでは足りず、時には「愛の鞭」を必要とするという考えに基づいた親権者に認められた権限です。

(注)「第820条の規定による監護及び教育」とは、子を心身ともに健全な社会人として育成することを意味すると考えられています。

「必要な範囲」はどこまでか

懲戒の程度・方法が「必要の範囲」を逸脱するか否かは、その時代の一般社会通念によって定まると考えられています。そのため、懲戒権の行使として、懲戒の目的を達するについて必要かつ相当な範囲内を超えてはならないとされつつも、「しかる・なぐる・ひねる・しばる・押入に入れる・蔵に入れる・禁食せしめることなど適宜の手段を用いてよいであろう」とされていた時期もありました(注)

(注)引用:於保不二雄・中川淳編集「新版注釈民法(25)親族(5)改訂版」(平成16年12月20日改訂版第1刷発行)108頁以下)。

懲戒権の範囲を逸脱した行為

懲戒権の範囲を逸脱し過度な懲戒を加えたときは、民法上は、親権濫用として親権喪失の原因となったり(民法834条)、子に対する不法行為による損害賠償責任の問題が生じ得るし、刑法上は傷害罪・暴行罪・逮捕監禁罪・脅迫罪等の刑事責任が追及されることもあります。さらに、児童福祉法上、保護者である親権者が懲戒権を濫用し児童を虐待した場合には、一定の措置が講じられることになります(児童福祉法28条)。

「子のための親子法」という理念のもとでは、懲戒権は親権者の権威のためではなく、子の監護教育目的のために認められた権限であり、その目的のために必要な範囲内でのみ認められるに過ぎません。

加えて、児童虐待が深刻な社会問題となり、懲戒権の行使として児童虐待防止法にいう「体罰」が許容されないことが明確になった(児童虐待防止法14条1項)ことからも、懲戒権の行使が許容される範囲は法的にも極めて限定的に解釈されるようになったと考えられます。

親として「子の健やかな成長」を願うのは当然のことだと思います。しかし、「懲戒権」を盾に子を虐待している親もいることもまた事実です。

懲戒権の見直しについて「子のための親子法」という理念に基づいた議論を経て、子の監護教育に即した結論が出ることを願ってやみません。

参考:「法制審議会民法(親子法制)部会第6回会議」資料

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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