検証されない『スマスマ』〝公開処刑〟──2016年1月18日にフジテレビで起きたこと
不自然だった謝罪
27日、フジテレビの定例社長会見が行われた。そこでは、注目される質疑応答が見られた。2016年1月18日に放送されたフジテレビ『SMAP×SMAP』(以下『スマスマ』)での謝罪についてだ。
フジテレビは21日に『週刊フジテレビ批評 特別版~旧ジャニーズ事務所の性加害問題と“メディアの沈黙”』と題した検証番組を放送した。これまでのジャニーズ事務所とフジテレビの関係を検証する内容だ。しかし、そのなかで“公開処刑”とも言われた『スマスマ』については触れられなかった。
このことに対して記者が「なぜ検証の対象にならなかったのか」と問うと、フジテレビの港浩一社長は「検証番組でお伝えした以外の具体的な案件はお答えしない」と前置きしながらも、こう回答した。
この港社長のコメントには、重大な疑義がある。それが「自然なこと」ではなかったのは、今年に入ってからの証言で明らかになっているからだ。
異様な芸能界の〝掟〟
まずここで、あらためて当時のSMAPが置かれていた状況、そして『スマスマ』の内容を振り返っておこう。
2016年1月13日(水)未明、スポーツ新聞が「SMAP解散」の一報を打った。そして大きく状況が変化したのが18日(月)の『スマスマ』だった。ダークスーツに身を包んだ5人が、生放送で視聴者に謝罪をした。
中央の木村拓哉から始まり、稲垣吾郎、香取慎吾、中居正広、草彅剛と“謝罪”は続き、最後は木村が締めた。5人は一貫して真面目な表情で、まったく笑顔を見せることはなかった。
このなかでとくに注目されたのは、草彅のコメントだった。
この謝罪会見が当時から〝公開処刑〟と評されたのは、その異様な雰囲気だけでなく、草彅の口から発せられたこの「謝る機会~」という文言があったからだ。
ジャニーズ事務所からの退所を企図した者は、ジャニー喜多川社長に謝罪し、テレビで日本中に頭を下げなければならない──あの〝謝罪〟は、異様な芸能界の〝掟〟を視聴者に伝えることになった。
報道引用を大義とした晒し上げ
テレビ各局は、この謝罪会見にいっせいに飛びついた。たとえばテレビ朝日『報道ステーション』は、『スマスマ』の裏番組であるにもかかわらず、直後この「謝罪」を映像付きで報じた。23時からのNHKのニュースも同様だった。
この舞台裏について、当時あるテレビ局の関係者はこう教えてくれた。
『スマスマ』で「謝罪」がおこなわれることが発表された放送当日の午後、各局はフジテレビに問い合わせをした。それを受けてフジテレビは映像の使用を持ちかけたという。条件は、映像使用は翌日19日いっぱいまでで、番組では1回のみ使用可能(繰り返しは不可)というものだ。そして放映権料は取らなかった。
そこから見えてくるのは、フジ以外の局はこの映像を「報道引用」(著作権法第41条)として使用したということだ。しかし、実態としては報道引用を大義としたSMAPの晒し上げだ。その「謝罪」内容に大した論評もなく、ジャニーズ事務所とフジテレビの姿勢に報道がただただ追従していたに過ぎない。
ジャニーズに盲従したスポーツ紙
この〝公開処刑〟は、メディア各社によってさらに拡大される。とくにスポーツ新聞は、ジャニーズ事務所の強圧的な姿勢に追従する報道を繰り返した。たとえば、日本テレビと同じ読売新聞グループのスポーツ報知、フジテレビと同じフジサンケイグループのサンケイスポーツなどは、以下のようにその後のSMAPについて報じた。
ジャニーズ事務所と〝業界の掟〟に盲従して組み立てられたその論調は、SMAPメンバーが不利になるための誘導をするかのような内容だった。
さらに問題があるのは、そうしたスポーツ新聞の報道をこんどはテレビ局が情報番組で紹介することで、さらにその論調を増幅させたことだ。たとえば前出のサンケイスポーツの記事は、番組関係者の情報をもとに構成されている。しかし、それがこんどはフジテレビの朝の情報番組で紹介される循環が生じた。
つまり、【フジテレビ『SMAP×SMAP』→サンケイスポーツ→フジテレビ『めざましテレビ』】と拡がっていった。フジテレビの報道局は、このとき『スマスマ』のあの異常な〝公開処刑〟を独自に取材することもなかった。
鈴木おさむが描く「20160118」
そして、7年が経った──。
SMAPはいったん解散を撤回するものの、結局その年の暮れに解散することになる。その後、稲垣・草彅・香取の3人はジャニーズ事務所を退所し、翌2017年11月から「新しい地図」として活動を始める。
一方ジャニーズ事務所は、2019年7月に創業者であるジャニー喜多川氏が死去、2021年8月にはもうひとりの創業者であるメリー喜多川氏も亡くなる。そして今年になってジャニー氏の長年にわたる性加害が問題化し、現在も先行きが不透明な状況が続いている。
こうしたなか、ひとつ明らかとなることもあった。『スマスマ』で放送作家を務めていた鈴木おさむが、その顛末を描いた小説を『文藝春秋』2023年1月号で発表した。タイトルは「20160118」。「SMAP」や「ジャニーズ」といった固有名詞はいっさい登場しないものの、〝公開処刑〟と呼ばれたあの謝罪会見を内部の視点で描いたものだ。
そこでは生々しい舞台裏の模様が描かれている。たとえば、その生放送がスタッフに知らされたのは当日の深夜であり、そのとき決まっていたのは「解散報道」について「説明」をするということのみ。
より注目を引くのは、主人公(鈴木)が書いた「謝罪文」に対し、「『ソウギョウケ』のトップの一人」(メリー喜多川)が強烈なダメ出しをしてきたくだりだ。彼女は主人公に対して、放送でかならず言うべき言葉を怒りとともに伝えてきた。
それが「今、僕らはここに立てています」──『スマスマ』で草彅が発したあの言葉だ。
当時、鈴木は、後に草彅が発する言葉について「これ、絶対に言わせなきゃいけないんですか?」とスタッフに問いかけた。それに対しスタッフは、「力強くうなづいた」という。
検証対象ではない『スマスマ』
今月21日に放送されたフジテレビの検証番組では、この『スマスマ』は扱われなかったものの、ジャニーズ事務所との間で生じた「圧力」と「忖度」についての言及も見られた。たとえば以下がそうだ。
気になるのはその詳細が明らかでなく、しかも過去形であることだ。まるですべてが終わったかのように。そして、冒頭で示したようにこれらの調査において『スマスマ』は対象になっていなかった。
鈴木の証言からもわかるように、『スマスマ』で行われた〝公開処刑〟は明らかにジャニーズ事務所からの強い介入のもとで起きた。スタッフもそれに抗することができないほどに。ジャニーズ事務所とテレビ局の異常な関係は、『スマスマ』にも間違いなく生じていた。
しかし、なぜか『スマスマ』は検証の対象にはならなかったのである。あまりにも不自然だ。
グルだったフジとジャニーズ
加えて、元SMAPの3人(新しい地図)がジャニーズ事務所を退所した2017年9月には、フジテレビの加治佐謙一芸能デスクが情報番組で以下のように話している。
実際、この発言はそのとおりとなった。
香取慎吾が出演していたフジテレビ『おじゃMAP!!』と、草彅剛が出演していたテレビ朝日『「ぷっ」すま』が相次いで3月で終了した。『「ぷっ」すま』については、最近当時のスタッフが「(ジャニーズ事務所に)番組を終わらされた」と発言して注目されたばかりだ(『エガちゃんねる』2023年10月22日)。
いま振り返ると加治佐氏のこの発言は、圧力・忖度云々などではなく、フジテレビがジャニーズ事務所とグルとなって新しい地図をパージするために仕掛けた情報戦の一貫のようにすら見える。
というのも、社会学には「予言の自己成就」という概念がある。たとえ虚偽や期待であっても、それが予言として提示されればひとびとがそれに従って行動して、起こり得なかったはずの予言が実現してしまうことだ。たとえば「あの銀行はヤバいらしいよ」という噂が広まり、銀行に預金の引き出しが殺到し、本当に銀行が潰れそうになるケースもそうだ。実際、日本でも1973年に生じたことはよく知られている(豊川信用金庫事件)。
報道が介入されない再発防止策を
フジテレビが本来的に検証すべきは、『スマスマ』の裏側で起きたパワハラ劇や、こうしたフジテレビ局員の加治佐氏の発言内容ではないか。
そもそもテレビ局がジャニーズ事務所の片棒を担いで退所したタレントを干すようなことをしなければ、性加害は食い止めることができたはずだ。そして、性加害が生じる温床となった、タレントに対するハラスメント(干す)そのものが「ビジネスと人権」上の問題であることの自覚をすべきである。共犯関係だったことへの自覚が乏しすぎる。
さらに、再発防止策も明確に発表してはいない。明示したのは、以下の「今後の方針」のみだ。
学生の反省文のようなその内容は、フジテレビの組織構造などにメスを入れていない以上は、単なる「お気持ち表明」の域を出るものではない。いくら現在の社員が「お気持ち」を改めたとしても、いつか社員が入れ替わってしまえばその立派な「お気持ち」も忘れ去られる。
こうした場合に必要なのは、再発防止のための明確なルール策定だ。今回の件を契機にフジテレビだけでなく全局にとって必要とされるのは、報道に対して編成・制作が介入できないルール作りである。
社員が入れ替わってたとえ「お気持ち」が忘れられても、ルールがあれば新メンバーはそれに準拠する。逆に言えば、ルールを作らないかぎり〝公開処刑〟が起きるリスクも温存される。
今回のことを契機にテレビ各局がどこまで社内で報道局の独立性を担保するルール構築をできるかは、今後の大きな注目ポイントである。
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