【インタビュー前編】リック・ウェイクマン:「ボヘミアン・ラプソディ」をピアノで表現した
イギリスを代表するプログレッシヴ・ロック・グループ、イエスのキーボード奏者として知られてきたリック・ウェイクマンが2018年10月、ピアノ・アルバム『ピアノ・オデッセイ』を発表した。
イエスの「ラウンドアバウト」や「同志」をはじめ、ビートルズやデヴィッド・ボウイ、サイモン&ガーファンクルの名曲をピアノ・アレンジ。クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」もピアノとオーケストラ・合唱、そしてブライアン・メイのギターを得て、新たな生命が吹き込まれている。
本国イギリスではTVトークショーの司会、著述家などとしても知られるリック。全2回となるインタビューで、彼は『ピアノ・オデッセイ』とそのマルチな才能について語ってくれた。まずは第1回。
<ソロ・ピアノは白黒写真。少しだけ色彩を加える必要もある>
●『ピアノ・オデッセイ』、素晴らしい仕上がりですね。
『ピアノ・オデッセイ』が音楽的に成功しているとしたら、それはアルバムに収録されたさまざまなアーティストの曲が、いずれも名曲だからだよ。ビートルズ、クイーン、デヴィッド・ボウイ、サイモン&ガーファンクル...どの曲にも強力なメロディがある。世の中の多くの曲は、歌詞がないと意味を成さないけど、このアルバムの曲はどれもインストゥルメンタルでも音楽として優れたものばかりだ。
●アルバム収録曲はすべてあなたが選んだのですか?
もちろん!すべてが私の手柄だ!...と言ってしまいたいけど、そういう訳でもないんだ。多くの曲を私が選んだことは事実だ。でもレコード会社からのリクエストもあった。『ヘンリー八世の六人の妻』(1973)からの「ジェーン・シーモア」をやって欲しいと言われたんだ。「あの曲はチャーチ・オルガンで弾いているし、ピアノ・アレンジは難しいんじゃないかな」と答えたら、どうやって書いたのかと訊かれた。私は大抵の曲をピアノで書き始めるんだ。「だったら元の形に戻してみたら?」と言われて、やってみた。そうしたらピッタリはまったんだ。
●他にレコード会社からの提案はありましたか?
「ジェーン・シーモア」のことがあって、彼らは良いアイディアを持っていると思ったから、「他にやって欲しい曲はある?」と訊いてみたんだ。イエスの曲をやったらどうかと言われた。私は「同志」が良いのではないかと提案した。ピアノ・アレンジしたら良い出来になると確信していたからね。それに対して彼らがリクエストしてきたのは「ラウンドアバウト」だった。当初、私は懐疑的だったんだ。「ラウンドアバウト」はロック・ソングだし、ピアノで弾くには難しいってね。実際、家で数日間やってみて、うまく行かなかった。でも、ある瞬間、パッとひらめいたんだ。「“イエスの曲”として弾くのではなく、他の曲と同様に、純粋な音楽として弾いてみたらどうだろう?」ってね。それで曲をいったん解体して、必要な部分だけを抽出してみた。それで意味を成すようになったんだ。
●2017年に発表した『Piano Portraits』がイギリスのヒットチャートで6位になったことで“続編”の『ピアノ・オデッセイ』を作ることにしたのでしょうか?それとも第2弾を作ることは最初から考えていたのですか?
当初は第2弾を作ることは考えていなかった。元々“続編”アルバムは好きではないんだ。『Piano Portraits』では膨大な候補リストから15曲を厳選した。続編を作ったら、それはボツになった曲を使ったと思われるだろ?『Piano Portraits』がヒットしたことで、いろんなレコード会社が『2』を作って欲しいと言ってきた。すべて「ノー」と断ったよ。その後、『ソニー・クラシカル』の友人たちと打ち合わせをする機会があったんだ。コーヒーを飲みながら話したんだけど、「あなたのお気に入りの曲が幾つも『Piano Portraits』に収録されなかったのは何故ですか?」と訊かれた。それはソロ・ピアノでは描ききれない要素があるからだった。
●それはどんな要素ですか?
ソロ・ピアノはシンプルな美的表現なんだ。白黒写真のようにね。でも、少しだけ色彩の要素を加える必要がある曲もある。例えば「ボヘミアン・ラプソディ」がそうだ。あまりにパワフルな曲だし、カラフルに表現するべきだと感じたんだ。そう話したら、「どうしてもソロ・ピアノにこだわる理由はないのでは?必要に応じてクワイアや別の楽器を入れても」って言われたよ。それで候補曲のリストを新たに作ってみることにしたんだ。42曲のリストを作って、もう一度絞り直した。最終的に12曲をレコーディングしたよ(日本盤にはボーナス1曲が追加)。今回はピアノのパートをレコーディングする前にストリングスを録ったんだ。ソロ・ピアノだけでなく、バランスの取れた構成にしたかった。
<「ボヘミアン・ラプソディ」を聴いたブライアン・メイ「フレディが聴いたら、きっと溺愛するだろう」>
●クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」はオーケストラとクワイア、ブライアン・メイのギターを得て、アルバムのハイライトのひとつとなっていますね。
うん、「ボヘミアン・ラプソディ」を完成させて、すごく満足していたところを、エンジニアのトビー(ウッド)に言われたんだ。「あなたはブライアン・メイと友達ですよね。彼も気に入るんじゃないですか?」そのときフト考えた。彼が気に入らなかったらどうしよう?...ってね。世の中には無数のクイーンのカヴァー・ヴァージョンがあって、ブライアンが好きでないものがたくさんあることを私は知っている。私は「ボヘミアン・ラプソディ」が名曲だと思うし、敬意と愛情を込めて演奏したけど、カヴァーしたことで彼との友情を壊したくなかった。それで彼に電話して、「『ボヘミアン・ラプソディ』をピアノとストリングス、クワイアでやってみたんだけど、聴いてみてくれないかな?」と頼んでみた。「正直に感想を聞かせて欲しい。もし気に入らなかったら、アルバムに収録せずに別の曲をやるから」って。
●...緊張の瞬間ですね。
それで完成したトラックを彼に送ったんだ。30分ぐらい後に電話があった。「素晴らしいよ。フレディが聴いたら、きっと溺愛するだろう。美しい!」と褒められて嬉しかったけど、その後に「でも、たったひとつだけ欠けている要素がある」と言われたんだ。「1箇所、ギターを入れた方が効果的だよ」ってね。「僕が弾くから聴いてみてくれ」と言ってくれた。彼のプレイは完璧だったよ。オリジナルとは異なった、新たな生命に満ちあふれていたんだ。
●今回はビートルズの「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」と「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」をプレイしていますが、『Piano Portraits』でも「エリナ・リグビー」をやっていたし、ビートルズ・ナンバーをシンセ・アレンジした『トリビュート〜ワークス・オブ・レノン、マッカートニー&ハリソン』(1997)も発表していますね。彼らの音楽をどのように評価していますか?
ジョン・レノンとポール・マッカートニー、そしてジョージ・ハリスンは20世紀で最も重要なコンポーザー・チームだった。ビートルズの素晴らしいところは、どの曲にも最高のメロディがあったことだ。彼らのプロデューサーだったジョージ・マーティンが亡くなるちょっと前、じっくり話したことがある。彼のオーケストレーションが素晴らしいと言ったら、「メロディが最高だったから、どんなオーケストレーションでも光ったんだよ」と笑っていた。もちろん謙遜もしていたんだろうけどね。今回プレイした「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」は三部構成の完成度の高い曲で、一度聴いたら頭の中から離れない。
●「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」をピアノ・カヴァーするというのが意表を突きました。
ジョージ・ハリスンはジョンやポールほど多くの曲を書いていなかったけど、優れたメロディ・ライターだった。「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」はそのひとつだ。この曲のタイトルには“ギター”とあるけど、必ずしもギターで弾かねばならないわけではない。優れたメロディは、どんな楽器で演奏しても良いんだ。もしジョージがハープ奏者だったら「ホワイル・マイ・ハープ・ジェントリー・ウィープス」という曲になっていただろう。ジョージが生きていたとき、カンヌの音楽見本市MIDEMで 1日を過ごしたことがあったよ。フォト・セッションをした後、ビーチを散歩したんだ。往復4時間ぐらい、音楽のことや精神性について話したよ。私の人生における宝物といえる経験だった。
●1960年代、あなたはイギリス王立音楽大学でクラシックを学んでいましたが、リアルタイムでビートルズを聴いていましたか?
当時イギリスに住んでいてビートルズを耳にしないなんて、ソーニー・ビーン(15世紀、洞窟に住んでいた食人一族の長)みたいな生活をしていなければあり得なかったよ。私はクラシックやポップ、ジャズなど、あらゆる音楽を聴くことを心がけてきた。私の父親はピアノ奏者だったけど、「可能な限り、世界各地のあらゆる時代の音楽を聴くといい」と言っていた。そうすることで音楽への理解を深めることが出来るってね。自分の可能性を狭めてはいけないと、常に言われたよ。私はその教えを受け継いできたし、父親には感謝している。大学時代は一種の頭のトレーニングとして、ポップやクラシック曲をピアノ・アレンジして練習していた。その中にはビートルズの曲もあったよ。
<ツキノワグマたちに私の演奏を聴かせたい>
●オリジナル新曲「ロッキー(ザ・レガシー)」と「シリル・ウルヴァリン」について教えて下さい。
この2曲は私にとって大きな意味を持っている。どちらもツキノワグマをテーマにしているんだ。動物保護団体『アニマルズアジア』のことは、イギリスの俳優ピーター・イーガンから教えてもらった。彼に『地底探険』スタジオ・ヴァージョン(2012)でナレーションをやってもらって、親しい友達になったんだ。そのピーターが関わっているチャリティ団体が『アニマルズアジア』だった。アジアの一部の地域でツキノワグマは苛酷な環境で檻に入れられ、漢方薬を作るために生きたまま身体の部分を切り取られたりしている。『アニマルズアジア』はそんなツキノワグマたちを助け出して、安全なサンクチュアリを提供することを目的としている団体だ。20年のあいだに600頭ぐらいのツキノワグマを救ってきた。私は雑誌記事を読んだりインターネットで調べて、彼らがやっていることに共鳴したし、何か手伝いたいと思った。ただ、運営にはとてつもなく金がかかる。それで私はベネフィット・ライヴに出演したりしているんだよ。
●シリルとロッキーを曲にしたのは?
『アニマルズアジア』に関わるようになって、最初に知ったのがシリルというツキノワグマだった。中国で彼が保護されたとき、酷い状況だったんだ。鎖に繋がれて、脚の骨が折れていて、視力も失っていて、毛が抜け落ちていた。でも幸い、彼に手術を受けさせて、視力を取り戻すことが出来たんだ。サンクチュアリで暮らすことが出来る体力を取り戻すために1年かかった。彼の体毛がまた生えてきたけど、誰もが驚いたのは、生えてきた毛がブロンドだったことだった。私が援助しているのを知っている人たちは、私の髪の毛を彼に移植したんじゃないか?って言っていたよ(笑)。それで彼には“マジック・ベア”というあだ名がついたんだ。このアルバムを作っているとき、シリルは肝臓と腎臓のガンで亡くなってしまった。本当に悲しかった。自分の一部を失ったようだったね。そんな落ち込んでいる私を見て、彼に捧げる曲を書いたらどうかと、妻が提案してきた。シリルの写真をピアノの上に立てて、彼のことを考えながら書いたのが「シリル・ウルヴァリン」だったんだ。私が書いてきた曲で、最もエモーショナルなもののひとつだよ。
●ロッキーについて教えて下さい。
ロッキーはメスのツキノワグマだった。彼女も劣悪な環境を強いられて、保護された後に亡くなったんだ。「ロッキー(ザ・レガシー)」を書くときもピアノの上に彼女の写真を置いた。そうして思いのままに弾いたんだ。来年(2019年)、中国の成都にあるサンクチュアリを訪れて、ツキノワグマたちのためにチャリティ・コンサートを考えているんだ。観客を入れて、インターネットで放映して、サンクチュアリのツキノワグマたちにも私の演奏を聴かせたい。自分の70歳記念コンサートにするつもりだよ。
後編ではリックの映画音楽との関わり、そして“ロックンロール・ホール・オブ・フェイム”殿堂入り式典での“事件”について訊く。
リック・ウェイクマン『ピアノ・オデッセイ』
Rick Wakeman: Piano Odyssey
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