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新国立競技場の建て替えは将来世代に誇れることなのか

加藤秀樹構想日本 代表

2020年のオリンピック・パラリンピックに向けた国立競技場の建て替えが議論を呼んでいる。明治神宮外苑という歴史的な遺産を台無しにしないのかといった大きな観点から、官僚(文部科学省とその外郭団体である日本スポーツ振興センター)がオリンピックを「食い物」にしようとしているのではないか、といった品位に欠ける問題まで、論点は満載だ。

オリンピック・パラリンピックを将来世代からも賞賛されるものにするには、6年後に開催される1ヶ月ほどのイベントとしてだけ見るのではなく、そのために建設され、後々まで残る公共施設のあり方や、税金の使い方などを含めて「自分事」として考えることが大事だと思う。

ここでは、読者に考えたり発信して頂く材料提供として、問題点をいくつか紹介したい。

1.多目的は無目的?

私が聞いて驚いたのは新国立競技場の用途がきちんと決められていないということだ。日本スポーツ振興センター(以下JSC)によると、新国立競技場は、陸上、サッカー、ラグビーの他、コンサートなどのイベントにも使える多目的施設にするという。しかし、1964年の東京オリンピックの時のように本格的な競技場がなかった時代ならいざしらず、今やサッカー場はじめ、数多くの本格的な競技場があり、イベント会場を含めて既に余り気味なのだ。

外国を見ると、アトランタの競技場はオリンピック・パラリンピック後は野球場に、シドニー、ロンドンは規模を縮小してフットボールスタジアムに、といった具合いだ。つまり、最終用途を決めて設計し、オリンピック・パラリンピック開催中は、いわば「仮設」扱いということなのだ。ちなみに、北京は最終用途を決めてなかったためにその後使われず、今や廃墟のような有り様とか。維持費がかかるので、取り壊しも検討されているとも言われている。

さらにつけ加えると、スポーツだけでは運営できないのでイベントもする。イベント(8万人も入るイベントは年に数回らしいが)をするには競技場すべてを覆う屋根が必要。と言いながら、構造上、屋根が雪や嵐に耐えられないのではないかと指摘されると、その場合は屋根を開けてイベントはしないとJSCが答えた、という笑い話のようなことも伝わってくる。

2.出来レース?

新国立競技場のデザインが決まるプロセスも大きな批判の対象になっている。広く世界に募るとうたいながら、応募資格は新進の建築家はとうてい応募できない条件になっていた(現役の建築家で日本人では数人、世界でも十数人と言われている)こと、審査経緯などが明かされていないこと、海外の審査員は出席しなかったこと、コンペの対象はデザインのみであり、実施者(JSC)は設計内容を自由に変えられる条件になっていること等々、通常の公共事業なら大問題になりそうなことばかりだ。

それにもましておかしいのが、新国立競技場のデザイン決定の半年後に、東京都が現国立競技場周辺の高さ制限を15mから75mに緩和する計画を決めたことだ。神宮外苑は風致地区指定の第1号になった地域であり、建築物の高さも15~30mと制限されていたにもかかわらず、新国立競技場のデザインは高さ70mなのだ。こういうのをできレースと言うのだろうか。何と何ができているのかわからないが。

3.他人の金だから・・・?

国会や自民党内でも話題になったのが建設費用だ。設計募集時の計画予算は1,300億円。それが計画決定後に3,000億円にはね上がり、批判を受けて、現在1,700億円ということになっている。新国立競技場の構造上の特徴から、結局3,000億円位はかかるのではないかと言う声が専門家には多い。なお、海外ではロンドンの800億円が高いほうで、その点でもケタはずれと言われている。また、そもそも、まだ設計図もないこと、先述したように具体的な設計は実施者の手に委ねられていることなどから、JSCが好きなようにやろうとしていると言われても仕方ないかもしれない。

これだけ大きくしかも多目的となれば、維持費用も巨額になる。現国立競技場が年間5億円であるのに対し、JSCは新国立競技場は40数億円と試算している。10年、20年経った後の維持費はどうなるのだろうか。北京のようにならないのだろうか。

費用に関してつけ加えると、昨年度の政府補正予算でJSCの施設整備費として既に約200億円が計上されている。そして、その予算を使うことの「成果目標」は「オリンピック競技大会における過去最多を越えるメダル獲得数」と説明されている(平成25年文部科学省行政事業レビューシート)。ところが、この200億円の内訳は、現国立競技場解体費用が70億円、そして残りの130億円近くはJSCの本部移転費用等だという話があるから驚きだ。JSCの本部を移転することが最多のメダル獲得にどうつながるのか。これが本当なら、その130億円をオリンピック・パラリンピックの選手候補たちに分配としてトレーニング費に充ててもらうべきだろう。

4.歴史を大切に

以上の他、明治天皇の業績を顕彰するために整備され、その後動員学徒の壮行会が行われた地である、神宮外苑の歴史的な流れや景観の破壊(先述の高さ制限も本来それらを守るためのものであり、延床面積で現国立競技場の4倍という巨大な建物を建設すると、外苑の森もなくなると懸念されている)、災害時の混乱、IOCの「オリンピック・ムーブメンツ・アジェンダ21」で「既存の競技施設をできる限り最大限活用し、これを良好な状態に保ち、安全性を高めながらこれを確立し、環境への影響を弱める努力をしなければならない。」としていることへの違反など、問題点は多い。

冒頭に述べたように、もう決まったことだから、あるいはオリンピック・パラリンピックに必要なものらしいと他人事視するのではなく、将来に誇れるものにするには我々自身が「自分事」として考えなければいけないと思う。

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この問題については、建築エコノミストの森山高至氏、建築史家の松隈洋氏、サッカージャーナリストの後藤健生氏などが活発に発言、執筆されています。また、5月12日(月)18時から「新国立競技場のもう一つの可能性」というタイトルで記者会見と緊急シンポジウムが開かれます。ネット中継も行われる予定ですので、ぜひご覧ください。

構想日本 代表

大蔵省で、証券局、主税局、国際金融局、財政金融研究所などに勤務した後、1997年4月、日本に真に必要な政策を「民」の立場から立案・提言、そして実現するため、非営利独立のシンクタンク構想日本を設立。事業仕分けによる行革、政党ガバナンスの確立、教育行政や、医療制度改革などを提言。その実現に向けて各分野の変革者やNPOと連携し、縦横無尽の射程から日本の変革をめざす。

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