「2位じゃだめなんですか」― 当時の議事録をAIに見せてみた ―
1.メディアの「切り取り」の害
蓮舫氏が東京都知事選挙に立候補したからでしょう、「2位じゃだめなんですか」発言があらためて取り沙汰されています。
この発言が出たのは、2009年11月13日、スパコン「京」の事業仕分けの時です。1時間半近くの議論の中で1秒ほどのこの発言報道が一人歩きし、それを批判する「有識者」が相次ぎました。
その10年後の2019年8月30日、「京」はシャットダウンしました。製造と7年間の運用費用合わせて約2,000億円。事業仕分けの時に文科省や理化学研究所(以下、理研)が主張した「世界一の研究」も「夢」も「3.4兆円の経済効果」も実現したという報告も報道もないままに「京」はスクラップとなりました。
私は「公開の場で外部(民間)の目で行政事業をチェックする」事業仕分けは大変有効だと信じています。現にこれまでに150以上の自治体で大きい効果を挙げていますし、国(政府)も自民党政権に復帰後も行政事業レビューと呼び名は変わりましたが、毎年実施しています。さらに、一昨年からインドネシア政府が取り入れ、全国展開しようとしています。
また、国、地方の事業仕分けの結果や議論はそれぞれ「JUDGIT!」、「Jレビュー」というサイトで検索できます。
事業仕分けを有効でなくしている大きい原因は、メディアの無責任な切り取り報道と、それに安易に乗る「有識者」の発言です。
私は「京」は、スパコンというハコモノをどうしても作りたかった文科省と理研、それを結果として後押しした「2位じゃだめなのか」報道の犠牲になったかわいそうなヤツとすら思っています。
スパコンに限らず、日本は「世界最高レベル」とか「最先端」という言葉に弱い国です。科学技術の分野では、今もこういった言葉の下に宇宙やAIなどに多額の無駄な予算が使われています。
こういったお金が、国民が本当に必要とすることに振り向けられるためにも、どこに問題があるのか、スパコン「京」の事業仕分けの議事録を中心に整理をしたいと思います。
以下、2008年8月の自民党の「無駄づかい撲滅プロジェクトチーム」による事業仕分け、2009年11月の政府の事業仕分け、そして2011年11月の衆議院決算行政監視委員会での3つの議論を紹介しますが、すべてに共通するのは、評価者(議員や学者など)の質問に対する文科省と理研の論理のすり替え、のらりくらり答弁です。
議事録上のやり取りをお読みいただく時間のない読者のために、全体を象徴するような評価者側の発言を二つここに載せておきます。
2.最初のスパコン事業仕分けは自民党「ムダボチーム」
ほとんど報道されていませんが、最初にスパコン「京」の事業仕分けをしたのは自民党です。今でも、当時チームメンバーとして仕分けの議論に参加した平将明議員や木原誠二議員のウェブサイトには、事業仕分けは「自民党が元祖」「自民党が本家本元」とあるのはこのためです。
自民党の行革本部に「無駄づかい撲滅プロジェクトチーム」が置かれ、その主査の一人、河野太郎議員から「私の担当の文科、環境、外務、財務の4省の仕分けをしたいから協力してほしい」と頼まれました。2008年8月4、5日の2日間4省の主な事業の仕分けを行い、スパコン「京」はその中でも最も激しい議論が行われました。
なぜ激しかったかというと、文科省の官僚たちが質問に対してきちんと答えなかった(答えられなかった)からです。
「スピードが世界1位であることの意義は何か」「誰が使うのか」「どんな効果があるのか」など、通称「ムダボチーム」のメンバー議員たちからは15か月後の政府による事業仕分けとほぼ同じ質問が行われ、文科省の官僚たちは、これも同様に、世界最高レベルの研究のためには最高のマシンが必要といった抽象的な、いわゆる国会答弁を繰り返しました。だから議員たちはイラだち、語気が荒くなる。
ついでに言うと、私はこのやりとりの中でどの議員かが「2位じゃダメなのか」と言った記憶があります。だから後に蓮舫議員の発言を聞いた時には、デジャヴ感を覚えたものです。
結局9人の議員の判定は「今のままなら不要7人、不要1人、継続1人」でした。
その一年後に政権交代があったわけですが、皮肉な言い方になりますが、あのまま麻生政権が続いていればスパコン「京」プロジェクトは大きく修正されたかもしれず、蓮舫氏の発言もなかったのでしょう。
3.政府の事業仕分けではどんな議論が中心だったか
当日は、副大臣など政府内の政治家を除けば議員2人と民間の9人、計11人の評価者と文科省及び理研の説明者との間で議論が行われました。
論点は大きく2つ。前半はこの仕分けが行われる少し前にスパコンの仕様が根本から変わったことについて。
それまで理研と富士通、NEC、日立の4者共同開発だったものが、設計がほぼ終わり、これから製造という段階でNEC、日立が撤退し、システムの方式が大きく変わった(ベクトル・スカラ複合型からスカラ型へ)のです。それに伴って、当然ソフト開発や予算額も変わるはずなのですが、予算要求先の財務省含めて、この変更についての十分な説明が文科省、理研から行われていないということでした。
二社の撤退についての政治的な意味合いからのやりとりもありましたが、ここでは実際にスパコンを使い、ソフトの重要性、ソフトとハードの関係について熟知している松井孝典、金田康正両氏の議論を議事録からご紹介します。
なお、お二人とも当時東大の教授で、松井氏は惑星物理学の世界的研究者、金田氏は日本を代表する計算科学者で、円周率計算で世界記録を度々書き換えています。
後半は、このプロジェクトの効果が主な議論となりました。冒頭の有名な発言は、このやりとりの過程で出てきたのですが、その前後の議論の一部を議事録から引用しましょう。
こういった一連の議論の中で文科省は経済効果にも言及しています。
しかし、その後文科省からこれが実現したともしないとも何ら言及はないようです。同じことがオリンピックでも万博でも繰り返されていますが、こういったマクロモデルというのは、誰がどうやって作るのだろうと思わざるを得ません。
最後に、ひたすら抽象論でがんばっていた理研の研究者の言葉を載せておきます。
この人はどこまでいっても国民の税金を1,000億円以上使うことの重大さに考えが及ばないようです。
スパコン予算の事業仕分けは、「京」の試験利用が始まった後の2011年11月にも行われました。その時は衆議院決算行政監視委員会行政監視に関する小委員会で行われたのです。国会でこういうスタイルで行政事業の議論が行われたのは画期的なことです。文科省と理研の答弁には何の進歩もないことを示す箇所を少しだけ引用しますが、興味のある方は議事録をご覧ください。
4.ハコモノではなく本当の科学研究に予算を
評価者の金田氏は心からスパコンを愛していたのです。だからこそ、理に合わない開発に膨大な税金を費やすことが許せなかったのでしょう。
彼はこんなことを言っています。「スパコンのハードは生鮮食品と言っていいくらい賞味期限が早い。アメリカと中国は軍事があるからどこまでもスピード競争をするだろうが、その点、西欧は賢明だ。アメリカが開発したものの汎用機をIBMなどから買い、その間に優秀なソフト技術者を育成してハードを使いこなしている。ソフト技術者は一生働いてくれるし、育成費用も格段に少ない」。
金田氏はその後「京」の運用状況もチェックしていました。理研が発表するデータによると稼働率は悪くなかったようですが、10ペタというフルスピードで使われることはめったにないというのが彼の意見でした。
「京」は864台のラックから成っています。これをすべてつないで回すと10ペタという計算速度が出るのです。しかし半分の432ラックだけ回すとスピードも半分になる。極端に言うと、一つのラックだけを回すと864分の1のスピードになるわけです。ほとんどフルで使われていなかったということは、2位どころか10位でも100位でもよかった、と考えることもできます。
同じことが「京」の後継機である「富岳」についても言えないでしょうか。金田氏は今や故人となりましたが、誰かがきちんとチェックしないといけないと思います。
スパコン仕分けの直後、理研理事長の野依良治氏を含むノーベル賞受賞者など著名な科学者が集まり(文科省がその場を作ったのでしょう)、事業仕分けの批判をしました。スパコン=科学技術を否定するのは不見識、というのが主な論調でした。
最近、野依氏は、大学で自由に使える研究費の削減を憂え、これでは優秀な科学者が育たないと発言しています。
私もこれには全く同意します。そして、だからこそ科学の名を借りたハコモノ事業はやめるべきだと言うのです。
「京」に費やした2,000億円を若い研究者の育成に使えば、それこそノーベル賞候補者含め、大きい夢が育めたと思うのです。
このことに関係する衆議院決算行政監視委員会での河野太郎委員の発言を一部引用します。
最後に、タイトルの「議事録をAIに見せた」際のAIのコメントで本稿を閉じたいと思います。
「世界一であることが国民生活の向上にどうつながるかについて説明がされていません」(AI評価者)
*議事録引用部分の()は文章を理解しやすくするため、著者が挿入したもの。