藤枝順心高校が2大会ぶりの全国制覇。高校女子サッカーのレベルアップを象徴する激闘に
【ハイレベルな90分間の激闘の末に…】
高校女子サッカーの頂点を決める試合で、全国屈指の強豪校同士の好カードが実現した。
1月8日にノエビアスタジアム神戸で行われた全日本高校女子サッカー選手権大会決勝。藤枝順心高校(静岡)が十文字高校(東京)を1-0で下し、420校の頂点に立った。
試合は攻守の切り替えが速く、両者が攻撃力を存分に発揮してシュート10本ずつを打ち合う攻め合いに。ここ数年でも際立ってハイレベルで、見応えのある90分間だった。
どちらにも個で局面を打開できるタレントが複数いたが、大会を通して印象に残ったのは、U-17代表のMF久保田真生(藤枝順心)と、卒業後にプロ入り(東京NB)が決まっているFW氏原里穂菜(十文字)だ。
久保田は判断力の良さで技術とスピードを生かし、「高校年代屈指のドリブラー」と言われてきた氏原は、その呼称に違わない強さと上手さを見せた。
男子の全国高校サッカー選手権で斬新なセットプレーが話題となったが、女子も負けていない。コーナーキックでは、手を繋いでぐるぐる回ってから四方に散る形(藤枝順心)(藤枝順心)や、縦に並んだところから一気に散らばる動き(十文字)で、相手のマークを撹乱。
目を見張ったのは、後半開始時の十文字高のキックオフシーンだ。最初のキックで後ろに戻し、前に蹴ると思わせて相手のプレッシャーを牽制すると、そこからショートパスを2本繋いだ。その流れで繋ぐと思わせて藤枝順心がラインを上げかけたところで、今度はロングキックで一気に前線に展開。その瞬間、十文字は3人の選手がタイミングよくゴール前に駆け上がり、数的優位を作って氏原がシュートまで持ち込んだ。結果的にゴールには至らなかったが、相手の裏を取る巧みなアイデアに魅せられた。
試合を通してGK菊池優杏(きくち・ゆあん/藤枝順心)とGK長谷川想(はせがわ・こころ/十文字)の両守護神の活躍が光っていたが、その固い壁を破ったのが、藤枝順心のストライカー・FW正野瑠菜(まさの・るな)だ。
山形県出身で、小さい頃、雪深い冬でも練習できるように父が倉庫を改装して作ってくれた人工芝の練習場でドリブルを磨いたのだという。
「初戦以降は点が取れていなかったので、ゴールを決めたい!という気持ちが強すぎて、プレーが悪くなっていました。チームのためにできることを続けて、チャンスが来たら冷静にプレーしようと思っていました」という正野。守備も頑張り、ワンチャンスを生かした。
中村翔監督(藤枝順心)が「チームの歴史を知っていて、彼女がキャプテンじゃなかったら、日本一にはなれなかったと思う」と信頼を寄せていたのが、主将のMF三宅怜だ。決勝戦で出場機会は巡ってこなかったが、ベンチでチームをまとめ、ピッチではゲームキャプテンのMF浅田幸子がチームを牽引した。中村監督は監督就任2年目での全国制覇。インターハイは初戦で敗退するなど難しいシーズンだったが、集大成となる大会で伝統校の底力を引き出した。
一方の十文字も、タレントの多さでは負けていない。今年の部員数はなんと75人。そのサッカーの礎を築いてきたのが石山隆之監督だ。「十文字式ドリブル」など、独自の取り組みで個を鍛え、ボールを握れるチームに成長した。今大会は主力にケガ人が複数出るというアクシデントもあったが、決勝で王者と互角の戦いを見せ、夏のインターハイ、「U-18女子サッカーファイナルズ」に続く準優勝という結果に。
石山監督は、「ゲームは時の運があって、その運は『チャンス』と『備え』が出会うこと。勝利の女神の前髪を一歩掴めなかったのは、ちょっと残酷ですね」と独特の言い回しで敗戦を振り返り、「でも人生の中で『人間万事塞翁が馬』になると思いますし、本当に誇らしく思います」と、力を尽くした選手たちを労った。
【高体連の魅力】
藤枝順心は、代表の主力であるMF杉田妃和(ポートランド・ソーンズ)をはじめ、第一線に多くの選手を送り出してきた。十文字も、元代表のFW横山久美(岡山湯郷Belle)や、代表で存在感を増しているFW藤野あおば(東京NB)ら、卓越したドリブラーを輩出している。
ただし、育成年代の代表に目を向けると、クラブユース出身者が圧倒的に多数を占めているのが現状だ。たとえば、昨年のU-20女子W杯で準優勝したU-20女子代表は、高体連出身者が21名中4名(うち藤枝順心校出身者が1名、十文字校出身者が2名)、U-17女子代表(W杯ベスト8)は、同21名中3名(3名は藤枝順心高)に留まった。
プロで活躍することを目標とするなら、WEリーグクラブのユースでプレーすることは一つの有力なルートになる。しかし、その道を選べる選手はほんの一握り。高校の強豪校には、そうしたクラブのセレクションに落ちた選手たちが集まってくる。そこで個を磨き、プロ入りを目指す選手が少なくない。
選ばれし才能が磨かれるクラブユースから質の高いタレントが出てくるのはある意味必然と言える。だが、高体連でも強い個が着実に育っていることを今大会は示したのではないだろうか。
高校年代の更なるレベルアップに必要なことについて、藤枝順心高・中村監督は、提言を交えてこう話していた。
「昔に比べれば女子の公式の大会は増えてきていますが、まだ全国リーグができていない状況です。男子のような全国リーグ(JFA U-18サッカープレミアリーグ)ができて、定期的にリーグ戦ができれば、全国各地で切磋琢磨できる環境ができると思います。男子サッカーで取り組みをされているような海外サッカーや戦術的なことは女子でもできると思って取り組んでいます。彼女たちがサッカーを続けていく上で、もう一度なでしこジャパンに世界を取ってほしいと思って、そのポリシーの下で指導しています」
女子サッカー界を育成年代から長く見つめてきた十文字高・石山監督の言葉にも重みがある。昨年初開催となった「U-18女子サッカーファイナルズ」では、決勝戦でJFAアカデミーと接戦を演じ(3−2でアカデミーが勝利)、高体連の意地を見せた。
「高体連にも、泥臭くて名もなき花がたくさんいます。男子の(育成年代)代表を見ても高体連出身者が半数近くいますし、男子の高体連やユースのようにいろいろなところに選手が散らばって、とんがって、成長していくことが大切だと思って指導しています。お!と思った選手は(代表候補合宿などに)呼んでいただければ、化学反応が起きて伸びますし、そういう選手が多くいるので、ぜひ試していただけたら嬉しいです」
選手に寄り添い、最先端のサッカーに目を向けて指導法をアップデートさせながら、育成や普及を支えている指導者たちの言葉に耳を傾けていきたい。
そして、今大会で活躍した選手たちの卒業後の活躍にも引き続き、注目していく。
*写真はすべて筆者撮影