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JR札幌駅前、延伸断念の札幌市電 市民団体主催の「無料体験乗車会」で気付いた札幌市主張の問題点

鉄道乗蔵鉄道ライター

 札幌市は2022年9月、それまで検討を続けてきた路面電車のJR札幌駅方面への延伸について、自動運転の水素燃料バスなど、新しい交通システムを合わせて検討するとして、採算性や用地買収の困難さを理由に路面電車の延伸を事実上断念した。

 その後、2023年6月になり札幌市は、新しい交通システムの導入に向けた協議会を非公開で開催。新しい交通システムは、レールや架線がなく、環境に配慮した水素燃料車両を使いAIを活用した予約制のデマンド交通を想定し、2024年度から創成川の東エリアで実証実験を行った後、北海道新幹線の札幌延伸が予定される2030年度までに実用化を目指すとされたことは、2023年8月13日付記事(路面電車に代わる札幌市「AIデマンド水素バス」は何が問題か)でも触れたとおりだ。

 こうした動きをうけ、市民団体「札幌LRTの会」では、路面電車のJR札幌駅方面への延伸の検討再開の機運を盛り上げるために、市民などが無料で体験乗車ができる市電貸切「LRT号」を8月20日から12月24日にかけて月1回のペースで合計6回運行する。運行区間は、すすきの電停からすすきの電停までの内回り1周で、途中の電車事業所では乗客を乗せたまま、普段は営業列車の入らない車庫線へと入線し、トイレ休憩と撮影タイムが取られるという演出付きだ。

電車事業所で小休止中の「LRT号」(筆者撮影)
電車事業所で小休止中の「LRT号」(筆者撮影)

案内役が同乗し市電の歴史を解説

乗車券と車内で配布された冊子。最盛期の市電路線図があしらわれている(筆者撮影)
乗車券と車内で配布された冊子。最盛期の市電路線図があしらわれている(筆者撮影)

 筆者は、8月20日、この日、初めての運行となる「LRT号」へ乗車するべく札幌市の中心部にあるすすきの電停へと向かった。集合場所は、行き止まり式の貸切電車専用ホームで、通常の営業電車が発着するホームの西側にある。案内には発車時刻は11時30分で15分前までに集合とあったことから、筆者は11時過ぎにすすきの電停の貸切電車専用ホームへ。すでに札幌LRT会のスタッフさんが受付を開始されていたことから、名前を告げると名刺サイズの乗車券を受け取ることができた。なお、乗車予約については事前にインターネットの参加申し込みフォームより済ませておいた。

 「LRT号」は、それぞれの運行日にテーマが設定されており、電車には案内役が同乗する。この日のテーマは「市電の歴史 車両の話」。案内役には街歩き研究家の和田哲氏と鉄道友の会北海道支部長の早川淳一氏が同乗。前半のすすきの―電車事業所間では和田氏が札幌市電の歴史を解説、後半の電車事業所―すすきの間では早川氏が札幌市電の車両について解説。家族連れなどおよそ20名が参加した。

 札幌市電は、1909年に、当時、建築資材としての需要が高かった「札幌軟石」の輸送線として山鼻―石切山間に敷設され、その後、路線網を市街地に拡張した札幌石材馬車鉄道を発祥とする。当時は民間による経営で1918年には札幌電気軌道として電車の運行を開始。1927年に市営化された。最盛期には札幌市内の東西南北を結ぶ総延長25あまりの路線を有していたが、地下鉄路線の延伸と引き換えに4次にわたる路線縮小の末、1971年にはすすきの―西4丁目間の8.5kmが残るのみとなった。

 しかし、2010年になり札幌市では「札幌市路面電車活用方針」を定め、市電の延伸について検討を開始。都心地域、創成川以東地域、桑園地域の3ヵ所が延伸先の候補として挙げられ、2015年12月に都心地域の一部、西4丁目―すすきの間の450mが延伸開業。札幌市電のループ化が実現した。

札幌市電の歴史を解説する街歩き研究家の和田哲氏(筆者撮影)
札幌市電の歴史を解説する街歩き研究家の和田哲氏(筆者撮影)

今でもみられる最盛期の遺構

 電車に乗り込むと参加者には、カラー印刷の8ページにわたる資料が配布され、電車の発車と同時に和田氏の解説が始まった。中でも印象的だったのは、1968年まで電車の車庫は現在の藻岩山ふもとの電車事業所ではなく、現在は札幌プリンスホテルと建て替え工事が進む中央区役所の敷地にあったといい、その遺構が今でもみられるという話だ。

 中央区所前の電停を過ぎると、西側に向かって右手側に一本だけトラス構造の架線柱があること。そして、その向かいに間口の狭いビルが建てられている場所があり、そこが旧中央車庫への出入区線があった名残であるという。

かつての石山通りと札幌市電中央車庫(出典:市電貸切「LRT号」市電の歴史・車両の話)
かつての石山通りと札幌市電中央車庫(出典:市電貸切「LRT号」市電の歴史・車両の話)

 さらに、歴史解説では、現在、南1条通りから三角形の斜辺をなぞるような形で南下した場所にある西15丁目電停は、1950年代までは当時、円山公園まで伸びていた一条線から直角を挟む2辺をなぞるように単線で分岐し南下していたそうだ。しかし、こうした急カーブでは2つ台車のボギー車が通過することができないことから、隣接した学校や病院用地を収用し、幅広の道路整備とともに線路の複線化が行なわれ、大幅な線路改良が実現したことにも触れられた。

1950年の西15丁目電停付近(出典:市電貸切「LRT号」市電の歴史・車両の話)
1950年の西15丁目電停付近(出典:市電貸切「LRT号」市電の歴史・車両の話)

 早川氏からは、札幌市電の車両の歴史は、1918年に単車と呼ばれる1つの台車の上に車両を載せた10形電車を名古屋から譲り受けたことからスタートしたこと。1963年から1964年にかけて北27条―新琴似駅前間が開業した際には、線路のみの延伸で電車に電力を供給する架線が張られていたかったことから、全国で唯一となる路面ディーゼルカーが運行されていたことなどが語られた。

札幌市が説明する不可解な延伸断念の理由

 札幌市は、路面電車のJR札幌駅方面への延伸が難しい理由として、主に「採算性」と「用地買収の困難さ」の2点を挙げている。

 しかし、路面電車の建設費は地下鉄の10分の1程度、モノレールの5分の1程度と非常に安価だ。札幌市の検討結果資料によるとJR札幌駅までの路面電車の建設費は最大で106億円とされるが、札幌市の年間の一般会計予算額が約1.1兆円であることを考えると、負担が出来ない金額ではない。富山市では、路面電車の延伸が、都心部の地価が上昇し税収を上げただけではなく、高齢者の外出機会が増えたことによる医療費の抑制にも影響を及ぼしている。こうしたことから、路面電車単体の事業収支だけではなく、行政全体の収支構造から路面電車の採算性を考えると必ずしも不採算事業とは言い切れず、採算性を理由に延伸が難しいとする札幌市の主張には疑問符が付く。

 用地買収についても、日本には土地収用法という法律があり、公共事業などで個人や法人の所有する土地の使用が必要になった場合には「土地収用」が出来ることが定められており、行政がやると決めれば用地買収が実現できるのが通常だ。こうしたことから「用地買収の困難さ」を理由に路面電車の延伸が出来ないとする札幌市の主張には稚拙さを感じざるを得ない。

 1950年代に西15丁目電停付近の線路改良を行った際には、学校や病院の用地を収用し幅広の道路整備とともに線路の複線化を実施しているが、現在のJR札幌駅への延伸構想では基本的には公道上への軌道敷設を前提としていることから、やはり「用地買収が困難」だとする札幌市の主張はどうにも腑に落ちない。

札幌LRTの会では今後も無料体験乗車会やフォーラムを実施する(画像提供:札幌LRTの会)
札幌LRTの会では今後も無料体験乗車会やフォーラムを実施する(画像提供:札幌LRTの会)

(了)

鉄道ライター

鉄道に乗りすぎて頭の中が時刻表になりました。日本の鉄道全路線の乗りつぶしに挑戦中です。学生時代はお金がなかったので青春18きっぷで日本列島縦断修行をしてましたが、社会人になってからは新幹線で日本列島縦断修行ができるようになりました。

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