携帯電話持ち込みは世界的課題 大阪がガイドライン発表「1年かけてルールや方針」解禁急がぬ方針へ変更
ガイドライン発表
3月27日、大阪府教育庁が「小中学校携帯電話持ち込みのガイドライン」を正式に発表しました。「校内で電源を切る」等を除くとほぼ素案を踏襲していますが、新たに「平成31年度中には(中略)ルールや方針を定め」と明記してあります。これまではこの4月(つまり来月)から「一部解除」でしたが、1年かけてじっくりと議論していく方向性を打ち出したことは評価できます。正しい方向性でしょう。
今後の議論のために
これまで賛成派と反対派とが激しく議論する場面を多く見ましたが、実はどちらの主張も似通っています。「情報化社会の今、情報端末利用のマナーやモラル育成は急務」は衆目の一致する意見ですし、「歩きスマホ、盗難、授業中の使用等が不安」も親心として当然です。しかし、いざ議論となると賛成派は「情報化社会の今、躊躇するのは前時代的」と声を荒らげ、反対派は「学校がたいへんなことになる」と頭を抱え、平行線です。
今必要なのは冷静な議論です。今回、先生方、教育委員会の方、保護者、自治体関係者、海外の研究仲間、弁護士等、インタビュー調査を私なりに広く実施しました。彼らの意見を踏まえて、私なりに論点を5つに絞って書いてみます。
この問題は実は世界的な課題で、日本固有の問題ではありません。韓国やニューヨークでは、携帯電話の持ち込みが許可されています。当初は学校保管でしたが、どちらも「学校保管」が人権問題とされ「生徒保管」に切り替わりました。さらに生徒保管をきっかけに携帯電話の授業中使用等が大きな問題になったことも同じです。国が違っても同じような経緯を辿っているのは興味深いです。一方、フランスは2018年、学校での携帯電話の使用を国として禁止しました。世界が同じスピードで同じ方向に進んでいるわけではなく、まさに世界中で試行錯誤が進んでいます。日本でもその試行錯誤が始まったとみるのが正しいところです。私はウィーン大学の客員研究員として、ウィーン大学で講義をしたことがあります。子どもと携帯電話の日本の状況を話したのですが、国によって差異がかなりあることも、また同じようなことで先生方が困っていることも分かっています。そのあたりも踏まえて記載したいと思います。蛇足ですが、講義後、ウィーンのカフェでの雑談の中で、ある国(独裁国家)の研究者が「私の国は、国がダメといったら翌日からダメ。簡単ですよ」と笑っていましたが、日本はそういうわけにはいきません。民主主義国家だからこそ難しいのです。民主主義国家だからこそ、冷静な議論をすることが必要です。
論点整理のために
今後、大阪だけでなく、多くの自治体や学校でこの問題について考えていくと思いますが、大事なのは方法とルール、時期等です。議論するためのポイントを5つ示しておきます。以下の論点をしっかりと議論し、確定した上で時期について検討していく順番でしょう。高校や私学の先行事例をもとにポイントを整理してみました。
ポイント1 学校での取扱
1.ロッカー等に入れる
2.校内使用禁止
3.昼休み、放課後等のみ使用可
4.授業中のみ禁止(休み時間は可)
先行事例等から、以上のように1~4に大別できます。
高校の先生方に聞くと、驚くほどあっさり「意外とうまくいっている」と言います。「生徒の状況に合わせたルールさえ作れば」とのことです。このあたりは生徒指導担当等の反対派はしっかりと耳を傾けるべきです。詳しく聞いてみました。
下に行くほど緩いルールですが、重要なのは「ルールを明確にすること」です。宴席での高校の先生の戯れ言をあえて書くと、「偏差値の高い学校の生徒は自主性に任せて大丈夫。低い子は厳しいルールを示してあげなければ無茶苦茶になる」。各校の実態に応じて取扱を変える必要性があるということでしょうか。そのあたりの議論がまずは必要で、子どもたちの実態によっては実はかなり簡単に事が運ぶかもしれません。下の「懲戒規定」でもう少し詳しく書きます。
ポイント2 保管場所
1.学校保管
2.生徒保管
1ロッカー保管
2カバン保管
3自由保管
以上、2つ(5つ)に大別できます。
上に行くほど学校の関与が高いです。授業中の使用や盗難等の不安は少ない反面、学校の責任を問われます。1台10万円とすると、500人分のスマホは5000万円です。保管には厳重な鍵付きロッカーが必要でしょう。
下に行くほど生徒の自己責任です。学校の問題に詳しい峯本耕治弁護士(大阪弁護士会)に聞くと、「一般的な注意・指導を行っておけば、学校の責任は問われない」そうです。教育委員会や学校としては重要な点ですが、盗難やいじめ等の生徒指導上の不安、無断使用による学力低下の懸念もあり、難しいところです。
大阪府は保管方法を、これらの2つ(5つ)の方法のうち「カバン保管」に限定しています。それについての説明が記載されていないのが残念ですが、これから「解禁」「一部解除」を検討する自治体、学校等はこのあたりについて十分に議論しておく必要があるでしょう。
ポイント3 懲戒規定
1.呼び出し没収、保護者返却
2.呼び出し没収
3.呼び出し
以上、3つに大別できます。
今回インタビューした高校の多くの先生が「懲戒規定に位置づけ、厳格な運用を心がけるとうまくいった」と話しました。「先生によって対応が異なったり、明確な基準がないと不満が出る」とのことです。当初は、細部が定まっていなかったのですが、「授業中使ったとき」「休み時間に使ったとき」「授業中に呼び出し音が鳴ったとき」等、具体的な場面ごとに前例が整理されていくとスムーズな適用ができるようになったそうです。何度言ってもやめなかったり、ひどいことをしたりした場合は、停学等の厳しい処分も辞さない覚悟が必要だと言います。
高校の先生がよく言われる、ゼロトレです。アメリカで流行した「ゼロ・トレランス」の略で規則の運用時に必要な心構えで、文部科学省は「基準の明確化とその公正な運用」(文部科学省生徒指導メールマガジン16)と記載しています。つまり他の校則と同じで、基準を明確にして、公正に運用していくとスマホのルールもうまくいきます。決してスマホが特別なわけではありません。
ただ、ここからが重要ですが、これから解禁するのは小中学校です。小中学校にはもちろん、停学も退学もありません。このあたりをしっかりと区別して考えておかないとたいへんなことになります。最も注意を要するところです。この国の中学校には「校内暴力が吹き荒れ、校内で喫煙する番長グループを全教師で指導しても制圧することができなかった」歴史があります。「盗んだバイクで走り出す」グループが人気者だった時代があります。それほど昔の話ではありません。中学校の校長先生や生徒指導担当の先生方がルール違反等を過度に警戒するのもわからないでもありません。
さらに、中学校の先生は、保護者返却に強い危惧を持っておられます。ある先生は「私のクラスは三分の一が『一人親家庭』です。保護者が取りに来てくれない場合、生徒が暴れそうです」と深刻そうに話されました。先日の同窓会で昔の教え子が「息子が来年から中学生」と言っていたので電話して聞いていました。「私のお店は日曜日が休みだから、取りに行くのは日曜日かな」と言っていました。「先生の働き方改革で日曜日は学校が閉まっているかも」と伝えると、「じゃあ無理。取り上げられないように息子にしっかり言い聞かせなきゃ」と笑っていました。平日に取りにいくつもりは全くなさそうでした。元担任としてもちろん、厳しく指導しましたが、小中学校にはこういう現実があります。
ポイント4 解禁時期
以上のようなポイントについてしっかり議論した上で解禁時期について考える必要があります。これらのポイントを十分に吟味してはじめて、「時期尚早」なのか、「機が熟している」のか判断が可能です。大阪府教育庁が提示しているように1年くらいかけた丁寧な議論が必要です。大阪府の判断は極めて的確です。
携帯電話の解禁は、間違いなく学校教育に大きな影響を与えます。首長、議員、自治会長、PTA会長、校長等、一部の声の大きい人の意見で決めるのは危険です。それぞれの学校、地域の事情に合わせた指導が必要です。スマホの所持率、教員と生徒の力関係、教員の指導力等、すべてを鑑みて総合的に判断しなければなりません。
実は、各地の教育委員会事務局の方々はいろいろなことが最も見えておられますが、自分の意見を発言するのが難しいようです。大阪の方はなおさらです。飲み屋で懸念を表明される方に「自分の地域のためにここは主張するべきです」と言うと、「竹内先生はいいですね」と苦笑いされます。「子どもたちのためです」と言うと「私たちの代わりに主張してください」と託されてしまいました。中学校の校長先生は、携帯電話持ち込みにはほぼ全員が反対ですが、「保護者や地域には賛成派も多いので反対の意思表明さえ難しい」「PTA集会で、来年度は解禁しない方針を伝えたら『府の方針に学校が従わないおかしい』と猛抗議されてしまった」等、頭を抱えている方が多いです。地方議員も当初は持論を強く展開される方が多数おられました。私に公開質問したり、ブログで名指しで私の意見を批判したり、議論をふっかけてきたりと勇ましい方が多かったのですが、最近は目立った発言がめっきり減りました。どちらかに偏った意見を言うと、どちらかの支持を失うからでしょうか。
子どもたちの未来を決める、重要な選択です。民主主義社会を生きる私たち大人が、子どもたちの問題に対してこのままで良いわけありません。子どもたちのための冷静な議論のために、多方面からの冷静な意見表明をお願いします。意見に理由と根拠を添えていただけると建設的な議論になります。
ポイント5 授業での利用
賛成派の一部がスマホの授業での活用を主張しています。この部分について私見を書きます。
私立学校では先行事例が多くありますが、公立ではまだこの分野はあまり進んでいません。東京都教育委員会が2億円以上かけてBYOD(Bring Your Own Device)研究※1を、都立校7校で実施しています。この例を賛成派の方々は引用しますので、研究校の都立白鴎高校及び付属中学校に聞いてみました。高校生は登校すると鍵付きロッカーに保管し、必要な授業だけ取り出します。授業中の使用等、トラブルが増えたそうですが、想定内とのことで、2019年度も引き続き研究していくそうです。一方、同時に指定されている附属中学校は、携帯電話の持ち込み自体を禁止しています。象徴的な事例です。理由は聞かせてもらえませんでしたが、この種の研究についても「まずは高校からで、中学は時期尚早」という風潮があるのかもしれません。
東京都は2018年度と2019年度、2年間かけて研究し、今後の方向を決めていくことになるそうです。まだ研究は始まったばかりです。そもそも授業での情報端末利用はほとんどの場合、タブレットやパソコンが想定されています。スマホのような小さい画面では簡単な検索くらいしかできません。できることが限られていることにわざわざトライする必要性は低いと考えます。(※1「Wi-Fi環境を普通教室に整備し、生徒の所有するICT機器を活用した学習支援等を実施することの有効性を検証し、導入時及び運用における課題の解決の方向性を検討する」東京都教育委員会)
私が知っていて、学校での個人のスマホ活用が成功しているのは、公立では奈良市立一条高校くらいです。ここでも市が多額の予算措置をして校内Wi-Fi環境を整備しました。さらに、スマホごとに設定が必要なので、企業の専門家に定期的な支援を受けたそうです。こういう準備と支援が必要なのです。一条高校は、民間人校長の藤原氏(元リクルート)が校長時代に導入しました。当時の記録を見ると藤原氏は「高校生くらいになると授業中に活発に発言しなくなる。スマホで意見を書き込めば高校生でも自分の意見を主張し、活発な議論ができる」としています。藤原氏の狙いは的確で、時代にマッチしていたと思いますが、新しい学習指導要領は「主体的で対話的な深い学び」を推奨しています。そう考えるとスマホを使って、テキストでの議論を求めるのは前時代的なのかもしれません。そもそもスマホのような小さな画面で学習が進むとは考えにくいです。情報端末として想定されるのは、タブレットやパソコンでしょう。
ここまで書いて学生に見てもらったら、「先生、僕たちは、テキストでのやりとりでも十分に『主体的で対話的』になりえます」と鼻で笑われました。急に不安になって、若手研究者の野口聡氏(京都外国語大学、情報教育専門)に聞いてみると、「中高生はスマホの小さい画面に慣れているので、意外と使いこなせるだろう」「教師が情報提供するときにはとても便利。生徒同士で情報共有するには、確かに画面が小さすぎて難しいかもしれないが」と話します。
個人の経験だけで考えてはいけないということです。反省。