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ネットいじめ・ネットトラブル対策の現状と課題

竹内和雄兵庫県立大学環境人間学部教授
(写真:アフロ)

 昨今、子どもたちのインターネット利用の若年化と長時間化がすすみ、オンライン上のトラブルも年々増加傾向にあります(注1)。本稿では、時の流れを追って、日本のいじめ/ネット問題を概観したうえで、今後の方向性のヒントを模索したいと思います。様々な立場の方々と対応策を検討していくため、ご意見等をお寄せください。

問題の小史

【2010年頃まで】

 振り返ると、2010年頃までは、子ども達のネット上のトラブルは、いわゆるガラケーによるものがほとんどでした。保護者が買い与えたものなので、対応は家庭主導で、学校は支援する程度の役割との認識であることが多かったです。さらにネット上のトラブルの多くは、「バイトテロ」「バカッター」等の言葉で代表されるように、多くは高校生や大学生が当事者の中心でした。そして、Twitter・ミクシー等のSNSや、モバゲー・グリー等のゲームサイト等、不特定多数が交流する場所で起きることが多かったです。こういう背景もあって、2010年頃にできた対策の多くは高校生以上を想定したもので、高校の生徒指導担当等が、都道府県教委や都道府県警察と連携・協力して対応する場合も多かったです。当時、日本各地の都道府県にそのための組織ができ、今も存続しています。

 一方、その時期は、小中学生がネット上のトラブルに巻き込まれる場合は、「学校裏サイト」等と称される、個人が勝手に作った「ホムペ」等での学校単位でのトラブルが主でした。そうした事情から、対応は学校単位で生徒指導主事等の教員が中心となって担う場合が多かったです。仮に複数の学校の児童生徒が関わるような大きなトラブルがあっても、せいぜい市町村等の行政区内だったため、対応は市町村教委等と、その地域の警察署が協力することが多かったです。また、この時期は、学校は基本的には子どものネット利用を推奨していない場合が多く、対策はフィルタリング等、子どものネット利用を制限するものが主でした。

【2015年頃】

 2015年頃から事情が変わってきます。ネット利用の低年齢化が進み、中学生くらいからTwitterやInstagram等を利用するようになってきました。ネットを介したいじめなどのトラブルは、校区を超えた通信のなかで生じることが増えてきました。そのため、市町村教委等が地域の警察と協働して対応することが一般的になってきました。「学校警察連絡協議会」等の組織を活用して、学校と警察が情報交換しながら対応することも増えてきました。

【2020年頃以降】

 2020年頃から、さらに事情が変わります。内閣府による調査では、2歳児のネット利用が過半数を超え、GIGAスクール構想により、小学校1年生が学校で文房具として情報端末を使うようになりました。「ネットは家庭の問題」と言っていられなくなり、学校としてのネット問題への主体的な関与が求められるようになってきました。同時に、基礎自治体の範囲を超えてのトラブルも数多く生じるようになり、基礎自治体単位の対応では追い付かない状況から、従来の枠組みを超えた対策・対応が急務になってきています。

【対策、対応の方向性】

 そうした従来の対応枠組みを超えた対策・対応の実装にむけての難しい課題の一つは、トラブル発生時の対応の主体と責任の所在です。校区や基礎自治体の範囲を超えてのトラブルということであれば、学校や教育委員会が主体となった対応は難しく、家庭や警察が主体になるべき問題であると考えることも可能です(注2)。

 その反面、GIGAスクール構想の本格実施以降、学校配布・指定の端末によるトラブルも生じていることから、家庭や警察が対応すべきとは言えない状況になり、学校での情報モラル教育や情報リテラシー教育等による予防や、事後の対応を求める声も強くなってきています。そのような状況にあって、学校や教育委員会は、予防においても対応においても、「どこまで前に出ていいのか」「前に出るべきなのか」戸惑う状況も見受けられます。

 では、国レベルの主導が今まで以上に必要であり、可能なのでしょうか。これまでの日本におけるいじめ/ネットいじめの防止対策については、文部科学省や総務省等の政府が中心となって法整備等に取り組み、対策・対応の基本的な方針等を定め、学校の設置者や学校が防止対策を実施してきました。それをさらにどう変えていくのか、難しい課題です。

【韓国での取り組み】

 こうした状況への対処について、韓国では一歩進んだ取り組みが行われており参考になります。例えば、韓国では教育省(Ministry of Education / MOE)が学校暴力の予防と介入に関する政策及び対策を担当し、青少年関連政策に特化した国立青少年政策研究院(National Youth Policy Institute / NYPI)が児童生徒間のいじめを含む様々な学校暴力防止プログラム(例えば、校内暴力防止教育調和プログラム)の開発や、学校暴力に対応する教師の能力を強化するための研修を担当しています。

 またネットいじめやオンライン上のトラブルへの対策・対応は、幼児教育から高等教育まで様々な教育・発達段階におけるデジタル教育の取り組みを推進することを目的に設立された韓国教育研究情報サービス(Korea Education and Research Information Service / KERIS)が中心となって担っています。韓国の研究者との議論のなかで印象的だったのは、これらの組織につき、何度も改組や改編を行い、現実の問題にもっとも効果的に対処できるよう、対応体制も進化させていることです。さらに2005年以降は、関連省庁が5年ごとに「学校暴力防止及び対策基本計画」を共同で発表し、変化する学校暴力の傾向に効果的に対応しています。

【日本の今後の対応】

 日本においても、国が示す理念や基本方針を具体的な対処方略やプログラムへと具現化して普及させ、基礎自治体を超えた協働を可能にする、いじめ防止対策推進の中心となるセンターが今まで以上に必要になってくると思われます(注3)。各国の国レベルのセンターが連携するなかで、対処方略に関する情報交換や予防プログラムの共同開発も行われていくことが望まれます。

注1:文部科学省による令和4年度の統計では高校におけるいじめの認知件数15,568件のうち16.5%にあたる2,564件がいわゆるネットいじめ被害であった(文部科学省,2023)。また警察庁による令和5年度の統計によれば、SNSに起因する事犯の被害児童数として、青少年保護育成条例違反被害534件、児童買春被害290件、児童ポルノ被害592件、さらに不同意わいせつ33件、不同意性交等96件等と、深刻な状況が報告されている。またこれらの被害の97%がスマートフォンによるアクセスの結果であり、74%は被害児童自身が投稿した内容がそのきっかけであったことも、合わせて報告されている(警察庁生活安全局人身安全・少年課, 2024)。

注2:現行のいじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)では、いじめを「児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているもの」と定義している。ところが、近年は、基礎自治体を跨いだ児童生徒同士がオンライン上でソーシャルグループを作ることは珍しくなく、そこでのトラブルも増えている。お互いに顔も名前も知らないけれども一定の人的関係をもっているのである。このような事態に至っては法第22条に基づく校内のいじめ防止対策チームだけでは対策・対応は難しく、責任の所在も曖昧になってしまうのである。

注3:すでに、鳴門教育大学などが構成する「鳴門教育大学 いじめ防止支援機構BP-CORE」がある。ここを拡充することが、もっとも効果的ではないかと考える。

注4:本稿は、日本学術振興会の二国間交流事業(「JPJSBP 120238809 課題名:日本のいじめと韓国のワンタという従来型及びネットいじめの比較研究」(日本側研究代表者 戸田有一(大阪教育大学) 2023~2024年度)による日韓共同研究の議論の一端をまとめたものである。研究代表者や、共同研究者である金綱知征教授(香川大学)の支援も得て本稿を執筆した。

兵庫県立大学環境人間学部教授

生徒指導提要(改訂版)執筆。教育学博士。公立中学校で20年生徒指導主事等を担当(途中、小学校兼務)。市教委指導主事を経て2012年より大学教員。生徒指導を専門とし、ネット問題、いじめ、不登校等、「困っている子ども」への対応方法について研究している。文部科学省、総務省等で、子どもとネット問題等についての委員を歴任している。2013年ウィーン大学客員研究員。

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