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文藝春秋、マガジンハウス、光文社、主婦と生活社など中堅出版社のマンガ部門の取り組み

篠田博之月刊『創』編集長
文藝春秋の『竜馬がゆく』とマガジンハウスの『そうです、私が美容バカです。』

 デジタル化や海外を含む配信拡大によって日本のマンガが大きく市場を拡大し、大手3社の場合は経営を支えている。それを見て、マンガに新たに参入する出版社が増えている。もともと文藝春秋やマガジンハウスは、かつてマンガ雑誌を創刊しながら撤退した経緯がある。当時は紙のマンガ雑誌を定着させるのが難しかったためだが、いまや紙の雑誌がなくてもデジタルで連載し、紙のコミックスにまとめるというやり方が可能になっている。それを受けてこの10年ほど、次々と中堅出版社がマンガに参入している。その現状を探った(表紙写真などはいずれも筆者撮影)。

文藝春秋コミック編集局の新たな展開

 2019年7月にコミック編集部を立ち上げ、2020年9月にそれをコミック編集局に昇格させてマンガ部門への取り組みの意思を示したのが文藝春秋だ。

 この何年か新たにコミックに参入した出版社の中では順調な推移を見せていると言えるかもしれない。最近は異世界ものなどのラインナップも拡大し、注目されている。執行役員を兼務する島田真コミック編集局長と菅原明子編集部長に話を聞いた。

 菅原さんは秋田書店から一昨年、中途入社し、昨年、編集部長に就いた。こんなふうに、文藝春秋はコミック編集経験者を積極的にキャリア採用して、作品数を増やしてきた。異世界ものを手掛けている編集者も、銀杏社から転職してきた男性だ。各社からキャリア採用した多士済々の編集部員に、文藝春秋の他部署から異動してきた若手の編集者が加わり、3人で立ち上がった編集部は、いま11人に増えているという。

 作品の連載は、主に「文春オンライン」上にある「BUNCOMI」というサイトで行っているのだが、ここへきてジャンルも拡充している。まず最近のヒット作品について聞いた。

「週刊文春での連載が再開した『竜馬がゆく』と、マンガ賞を多数受賞している『やまとは恋のまほろば』は、安定して巻を重ね、紙のコミックスも電子もよく売れています。

 最近ではそれに加え、異世界ものの『俺、勇者じゃないですから。』『勇者様、昨夜もお楽しみでしたね。』などが、電子を中心に読者の支持を得ています。3月から5月にかけては、ピッコマに先行配信する形で、異世界もの8点をまとめて刊行します。『ラピスの心臓』のような力のこもったハイファンタジーもあるので、読者の支持を楽しみにしています」(菅原部長)

    『やまとは恋のまほろば』(筆者撮影)
    『やまとは恋のまほろば』(筆者撮影)

 さらに2024年は、異世界ものに加え、女性向けコミックにも力を入れていくという。

「菅原さんが昨年部長に就いてから、準備してきた女性向けコミックの連載が、今年から続々始まります。すでに『佐々田は友達』、『旅は愛いもの甘いもの』は1巻が発売されていますが、作品がそろうタイミングで、今年の秋、主に女性向けのコミックを集めたポータルサイトを立ち上げる予定です。BUNCOMIに来てくれる文春オンラインの読者とはまた違った読者の集まる場所を作って、文春の作るコミックをさらに楽しんでもらいたい」(島田編集局長)

 文藝春秋は第三文藝部を昨年創設するなど、新たなエンタメ作品の展開に意欲的だが、このところ顕著な動きとして、文藝、文庫の部署とコミック部の連携が進んでいるという。

「例えば、『わたしの幸せな結婚』の作者の顎木あくみさんによる新刊『人魚のあわ恋』が、文春文庫から刊行されました。こちらの作品は、文春文庫が出た時点でコミカライズについても帯でうたっていただきました。文春文庫とコミックの連携の意識は強くなっていますし、文藝の担当部署の方に、コミック編集部からもいろいろご提案させていただければと思っています」(菅原部長)

「コミック編集の経験がある編集者はこれからも増やしていきたいと思っていますし、マンガ家の方にもどんどん作品を持ち込んでほしい。作品数が増えていることもあって電子の売り上げは順調に伸びていますので、これからは紙の売り上げも意識していきたい。新参者の悲しさで書店店頭の場所はなかなかいただけないのですが、書店のご理解を得られるように、作品を充実させていければと思います」(島田編集局長)

紙のコミックスの発売に至ったマガジンハウス

 マガジンハウスが新たにマンガに取り組み始めたのは2021年秋からだ。リイド社から編集者をヘッドハンティングしてマンガ準備室を立ち上げた。そうやって中途入社した関谷武裕編集長が当初は一人で準備にあたったが、2023年4月に部署名は漫画編集部と変わり、現在は社員4人。関谷さんは編集部長という肩書になり、採用も引き続き行っている。

 作品の連載を当初、『アンアン』や『ポパイ』などのウェブサイトで行ってきたのがマガジンハウスの特徴だ。それは今も続いているが、2023年6月に『SHURO』というマンガのポータルサイトをローンチした。

 その『SHURO』公開の作品から、2024年1月より紙の本と電子書籍で書籍化を行っている。その後の経緯を関谷編集部長に聞いた。

「1月から出版が正式に始まって、1月末に2冊、2月末にまた2冊刊行して、3月4日から電子書店向きの単話売り配信もスタートしました。もともとコミックで電子書店との付き合いは少なかったんですが、今回、異世界転生もの、いわゆる『なろう系』の作品を3本立ち上げ、新規取引を開始した書店さんを含む幾つかの書店さんと組んで独占先行配信も行いました。その取り組みの流れで、既に単行本化している作品の単話売り配信も4月から始まっていきます」

 1月から刊行している単行本の売れ行きはどうなのだろうか。

「1月31日に刊行したまんきつさんの『そうです、私が美容バカです。』という美容マンガは、『anan web』にも掲載してきたものですが、発売即日重版がかかり、3週目に3刷、最近また4刷が決まりました。電子も非常に好調です。順調な滑りだしと言ってよいと思います。もう1冊の堀道広『金継ぎおじさん』は『&Premium web』に掲載してきた作品です。

 2月29日に刊行した世良田波波さんの『恋とか夢とかてんてんてん』は、『Z世代が選ぶ2024年注目マンガ』に選ばれています。もう1冊は南Q太さんの『ボールアンドチェイン』で、これは『GINZA web』にも掲載しています。

 1月に出た2冊は巻数表記のない単巻作品ですが、2月に出た2冊は、いわゆるストーリーマンガで、連載も続いており、単行本にも巻数を表示しています。

 それから昨年11月16日に発売した、漫画編集部が企画したガタロー☆マンさんの『おだんごとん』という絵本があるのですが、これも売れ行き好調で3月6日に重版が決定しました。今後も売り伸ばしが期待できます」(関谷編集部長)

 単話売りなどのデジタル配信の反響や、今後のラインナップなどについても聞いてみた。

「3月4日からスタートした単話売りは3つの作品でしたが、単行本を出版した作品も、ウェブでの掲載は続けており、次の巻が待てない読者に向けて単話売りでいつでも読み返せる環境が整います。女性向けコミックも増やしたいです。

『SHURO』のラインナップに異世界転生ものも混ざって、今後どんなふうに読者に読まれていくのか、全て同じ『マンガ』としてジャンルや読者を絞らずに載せていくという私たちなりのチャレンジになります。紙と電子の書店さんの動向を注視しつつ、まずは収支を追求しながらマガジンハウスとしてのマンガ作りに取り組んでいこうと思っています。

 異世界ものは5月にも2作品ほど増える予定です。異世界ものに主に取り組んでいる編集者が1人いるので、今後も続けていきます」(同)

 経験者を中途採用で増やしていくことは今後も考えていくという。

「紙の出版は落ち続けてはいますが、そのなかでも紙の本とデジタルそれぞれを別々に狙っていくというか、紙向けの作品と電子に向いている作品を、企画の段階である程度絞りながら出していこうと思っています。作品数は、今後も新連載が始まるので順調に増えていくと思います。マガジンハウスはマンガに関しては後発ですが、今後はマンガに絞ったフェアを電子で企画したり、いろいろな取り組みをしていこうと考えています」(同)

BL作品からヒットも。光文社のマンガ部門

 光文社がマンガへの新たな取り組みを開始したのは2019年のコミック編集室新設からだ。2022年6月にコミック事業室に名前を変えたが、2023年11月に、体制や人員を変更し、コミック編集室へと再編成された。吉村淳室長は中途入社だが、その前はリイド社で月刊マンガ誌の編集やWEBマンガサイトの運営を行っていた。

 再編成と同時に、それまで一般読者向けとして2つあったコミックサイトを『COMIC熱帯』に統合、もうひとつのBLサイトを『光文社BL COMICS』にリニューアルした。一般読者向け部門を集約化し、次のステップに進んだことに加え、BLに積極的に取り組んでいるのが光文社のマンガ部門の特徴だ。

 現在、コミック編集室は兼任も含めて社員5人で構成されているという。

 最近の売れ行きなどを吉村室長に聞いた。

「単行本は今、一般向けの熱帯COMICSと光文社BL COMICSとがありますが、合わせて月に2点くらいのペースで刊行しています。

 一般向けでよく売れているのは林史也さんの『煙たい話』ですね。単行本で今3巻まで出ていますが、全巻、順調に増刷がかかっています。

 BLだと昨年11月に刊行された『ヒズ・リトル・アンバー』が、紙と電子合わせて20万部を突破しています。その後、12月に出た『新装版 キューピッドに落雷』『新装版 キューピッドに落雷 追撃』も紙と電子でかなり売れています。ビッグタイトルを2つ出せたことで、業界でも注目されるようになっていますね」

 今後の出版などの方針はどう考えているのだろうか。

「光文社の時代小説をコミカライズするという取り組みも続けていますし、今後はミステリー原作にも取り組んでいきたいです。また、ジャンルをはっきりと絞ったオリジナル作品も増やしていく予定です。光文社らしいと言われるような個性の強い新人作家さんの作品も継続して発表します。ウェブで連載している作品は、今、『COMIC熱帯』が20本くらい、『光文社BL COMICS』も15本近くあります。BL作品は単刊作品が主流ですが、続刊作品も可能なら出していきたいです。こちらも新人作家さんの発掘を積極的に行っていきたいと考えています」(吉村室長)

 月刊『創』(つくる)2月号の「出版社の徹底研究」では書籍部門を統括している折敷出慎治取締役にコミック部門についても話を聞いたが、ヒットが出始めたこともあって「マンガ部門はようやく黒字になる見通しです」と語っていた。マンガの世界はある意味激戦でもあるから楽観は許されないだろうが、今後の行方に注目したい。

光文社『ヒズ・リトル・アンバー』と主婦と生活社『妃教育から逃げたい私』
光文社『ヒズ・リトル・アンバー』と主婦と生活社『妃教育から逃げたい私』

異世界ものを中心に主婦と生活社の取り組み

 このところライトノベルでヒットを飛ばし、マンガも次々と出版しているのが主婦と生活社だ。「異世界もの」を中心に、男女向けどちらも一つの編集部で展開しているのが特徴だ。昨年のこの特集で、同社がどういう経緯でこのジャンルに関わるようになったか、文芸・コミック編集部の山口純平編集長に聞いたが、まずはそれを再度紹介しよう。

「もともと主婦と生活社では『月刊PASH!』というアニメ情報誌を出しており、そこから派生してラノベ・コミック分野に進出したものです。2010年代中頃から『小説家になろう』というサイトに投稿されている小説がライトノベルとして書籍化される流れが活発になってきたのですが、弊社も2015年にそのジャンルに参入し、2作目の『くまクマ熊ベアー』という小説が大きくヒットしました。

 その後、異世界もの…いわゆる“なろう系”とも呼ばれる小説のコミカライズも市場として拡大し、2018年に『コミックPASH!』というウェブコミックサイトを立ち上げました。最初は5作品ほどで始めたのですが、今では約30作品を連載しています。

『くまクマ熊ベアー』は2020年にTVアニメ化されていますが、2023年4月からのアニメ2期の放送に合わせて、四六判のほかに文庫版も順次刊行しています。このレーベルからは同書のほかにも『婚約破棄された令嬢を拾った俺が、イケナイことを教え込む』が23年10月放送でアニメ化となりました。

 ライトノベルをコミカライズし、メディアミックスで展開するという流れが整ってきたところで、ジャンルとしてはSFやラブコメなど幅広く展開しており、いまラノベとコミックを合わせると年間100冊ほど刊行予定という状況です」

 その後、この1年間の経緯を山口編集長に改めて聞いた。

「昨年11月に原作小説・コミックともに弊社から刊行されている『妃教育から逃げたい私』のTVアニメ化が発表されました。23年11月にコミック単行本第5巻が発売されたのですが、既にその時点で累計120万部を超えているという大ヒットです。

 最近大きく伸びているのは『え、社内システム全てワンオペしている私を解雇ですか?』という作品で、SNSでたびたびバズりまして、昨年の『ネット流行語100』にもノミネートされました。もともと『小説家になろう』に掲載されていた小説としては、異世界もの以外でここまで注目されるのはかなりレアといえます。

 ラノべについては、四六判のノベルスも文庫もあり、そしてコミックもあり、それぞれが男性向け女性向けとあって実質的に6レーベルになっています。また、小説をマンガにするだけじゃなくて一般のオリジナルマンガも手掛けています。

 ウェブでのマンガ連載も増えていて、連載中のもので40本近くになります。あと、これまでとは違うジャンルとしてアプリゲームやラジオドラマのコミカライズといったコラボ企画も手掛けました」(山口編集長)

 1年前の取材の際には、ラノベ・マンガ事業は当初2名ほどでスタートし、マンガについては外部の編集プロダクションと組むことも多いが、現在は内製化も進め、この何年か人を増やしてPASH!編集部から独立し、9名が所属しているという話だった。また、その際に、

「弊社は基本的には『小説家になろう』のサイトに投稿された小説を刊行することが多いのですが、そこで繋がりができた作家にオリジナル作品を書いてもらったりと、ウェブ発以外にもいろいろなケースが出てきています。

 またアニメ化など映像化案件や海外展開を強化するためにIP事業室という部署を立ち上げたり、販売部の中にコミック・ノベル課という専門チームを置いたりと、編集部以外でも体制が整ってきています」(山口編集長)

 と話していたが、IP事業室で扱う海外案件はこの間、増えているという。

「この1~2年で海外からの翻訳版のオファーが非常に増えており、弊社の海外版権ビジネスはこれからも伸びていくのではと思います。翻訳オファーが、欧米からや、アジアでは韓国や台湾といった以前から盛んだった国はもちろん、タイやベトナムなど東南アジアからというケースも増え、日本のラノベ・マンガが世界中に進出しているのを日々実感します」(同)

 主婦と生活社がラノベやマンガに再び取り組み始めて約10年を迎えるが、最近では同社を志望するマスコミ志望の学生でも、マンガやラノベを志望する者が増えてきたという。

 さて上記のほかにも新潮社などマンガに取り組んでいる中堅出版社は少なくないのだが、新潮社はマンガについては取り組んでもう20年を超えており、この何年かに参入している出版社とは一線を画している。頭ひとつ抜け出ているというのが実情だ。同社の取り組みについては、別にレポートすることにしよう。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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