品川駅の広告炎上騒動で考える、ネットのバナー的な広告メッセージが抱えるリスク
品川駅のコンコースに表示された「今日の仕事は楽しみですか」という広告が物議を醸し、広告を出稿していた広告主が謝罪し広告を停止するという騒動がありました。
参考:「今日の仕事は、楽しみですか」品川駅の大量広告、「出勤時に見ると傷つく」と批判→1日で取り下げ NewsPicks関連企業
この広告を出稿したアルファドライブ社が、経済メディアのNewsPicks社の関連企業であり、過去にNewsPicks社が「さよなら、おっさん」という過激な新聞広告で物議を醸した歴史があることから、今回の広告も過去と同様の話題を集めるためのいわゆる「炎上マーケティング」ではないかという見方も少なくないようです。
参考:NewsPicksの広告「さよなら、おっさん」はいけない。
ただ、詳細を調べてみると、どうも今回の騒動は様子が違い、どんな企業でもありえるSNS時代における広告のリスクが可視化された事例のようにも見えてきます。
今後、自分の会社が同様の炎上騒動をおこさないために、どうすれば良いのか。
今回のケースを振り返ってみましょう。
広告展開を開始してから1日半で広告掲載を停止
まず時系列で今回の騒動を振り返ると下記のようになります。
■10月4日朝 「今日の仕事は楽しみですか」の広告展開が開始
参考:AlphaDrive、NewsPicksとの法人向け事業を強化・リブランディング
■10月4日11時台 アルファドライブ社CEOが広告展開についてツイート
■10月4日21時頃 上記のツイートがディストピア文脈でリツイートされはじめる
■10月4日深夜〜10月5日 いくつかのネットメディアで記事化される
■10月5日午後 「#品川駅前で一番心傷付けた奴が優勝」がトレンドいりするなど大喜利大会に展開
■10月5日夜 アルファドライブの親会社であるユーザーベースグループのウェブサイトにて、広告についての謝罪が掲載。広告を停止したことも発表。
参考:AlphaDrive/NewsPicksの広告掲載について
広告開始からたった1日半、広告が物議を醸してから1日足らずで広告掲載を停止することを判断したことになります。
しかも奇妙なことに、Yahoo!リアルタイム検索でツイート数を分析してみると、実は最初に広告が人々の目に触れたはずの10月4日午前の段階では、「今日の仕事は楽しみですか」や「品川駅」に言及したツイート数はたいして増えていません。
あくまでツイート数が急増するのは10月4日夜の時点です。
本来、大勢の人の間で物議を醸すような広告であれば、広告が一番多くの人の目に触れたはずの4日朝に話題になっていても良さそうなものですが、今回の広告は違いました。
詳しく調べてみると、今回の炎上騒動は複数の要因が重なり合って発生したもののようです。
■実は広告単体では話題になっていなかった
まず、前述したように少なくともツイッターの発言数を見る限り、今回の広告は広告単体ではほとんど話題になっていません。
Yahoo!リアルタイム検索で見る限り「今日の仕事は楽しみですか」という広告のキャッチコピーに関するツイートがされ始めたのは10月4日の夜20時頃からで、広告が最も露出していたはずの午前中から19時までのツイート数はなんと0件です。
広告としては全く話題になっていなかったというのが実態のようです。
そして、この最初の山になっている22時頃のツイートはほぼ全てが、広告に対する批判的な内容で、ツイッター上の写真を見た人による問題提起が起点になっているのです。
それもそのはず、この品川駅のコンコースの広告は、実は天気予報やニュースも表示されるディスプレイに流れる動画広告だったようです。
(参考動画はこちら)
動画には新聞広告同様のメッセージが流れているようで、実は「今日の仕事は楽しみですか」という文字だけが表示されるわけではありません。
しかも、数分間に一度流れる程度の頻度だったようで、冒頭の写真の状態を見た人は通行人のうち一部でしかなく、おそらくは目に入ったとしてもツイッターに写真や動画でアップするほどの印象には残らなかったということでしょう。
■動画の写真による切り取りが印象を悪化させた
では、なぜこの広告がこんなに話題になったのかというと、やはりこの写真の印象でしょう。
この状態は動画を見る限り、本当に数分間の中で数秒のシーンのようですが、この文字だけが大量に静止して並んでいる状態は、新聞広告単体とは全く印象が異なります。
さらに状況が月曜日の朝という少なくない人が仕事に対して憂鬱感を感じやすいタイミングということもあり、新聞広告でアルファドライブ社が伝えようとしていたメッセージではなく、出勤する会社員への皮肉として多くの人に捉えられてしまったようです。
■広告主自身による強い投稿が火種に
しかも、この写真の投稿をしたのが広告主であるAlphaDrive CEO 麻生氏本人というのが、可燃性を増してしまいました。
既に当該のツイートは削除されていますが、おそらくは、企業のリブランディングのタイミングで、大きな広告キャンペーンを組んだため、それをできるだけ多くの人に見てもらいたいという想いがツイートに出たのでしょう。
ただ、詳細の背景を知らない人が「品川駅コンコースを全面ジャック」という強い言葉とともに、この写真を見ると、印象が全く変わる結果を生みます。
結果的に実際の動画広告ではなく、このツイートの写真だけが一人歩きした結果、品川駅コンコースが全面ジャックされ、この文字の広告がずっと表示され続けている、という印象を多くの人が受ける結果となってしまったわけです。
■個人の問題提起の鋭さが大きな話題につながった。
さらに、今回の広告がここまで批判の対象になったのは、問題提起をしたツイートの切り口の鋭さが大きく影響しています。
おそらく一番話題になったツイートは「品川駅の社畜回廊、まさにディストピアな赴きがある。凹んでいるとき、こんなの見せられたら一歩も動けなくなるんじゃないか。」という問題提起をしたものでした。
現在は反響の大きさからツイートを非公開にされていますが、確認できただけでも2万5千以上のリツイートを集めていました。
ツイッターでは話題になったツイートが、さらにオススメに表示されてリツイートが一気に増えたり、その流れによって関連キーワードがツイッタートレンドいりすることで、多くの人がその出来事を知ることになります。
単純に品川駅で広告に遭遇したり、ツイッターで画像を眺めただけでは、違和感を感じる程度で終わるかも知れない出来事も、ツイッター上の問題提起の角度が鋭いと、その角度でその投稿を見ることになるため、次々と同じ問題意識を持つ人が増えていくことになります。
さらに今回の広告では、ディストピアという文脈から、「1984」や「ゼイリブ」などとからめた大喜利大会に展開。
「#品川駅前で一番心傷付けた奴が優勝」というコラージュ合戦になり、心を傷つける広告としての認知が高まる結果となってしまいました。
過去にも、アサヒ飲料の三ツ矢サイダーのテレビCMで、トランペットを吹いている女性を後ろから押すという表現に対する問題提起がツイッター上でなされ、アサヒ飲料がテレビCMの放映を中止するという出来事がありました。
参考:三ツ矢サイダーの新CM中止から考える、「テレビCM」の社会的責任
アルファドライブ社も、自らの広告がそういう角度で受け止められるとは考えていなかったために、1日で広告を停止するという判断に至ったのでしょう。
■同様の騒動を避けるために
今回のアルファドライブ社の事例は、あくまでCEO本人が動画を写真で切り取ったことが火種になっているため、特殊なケースということはできます。
ただ、同じように問題意識を持った1ユーザーが、問題意識を持ったポイントを切り取って写真を投稿していれば、同じような炎上がおきる可能性があるという話でもあるのです。
今後、広告主や広告関係の方々が気になるのは、同様の広告を起点とした騒動をどうやって避ければ良いのかということでしょう。
当然、簡単な正解がある話ではありませんが、1つ、今回の騒動と対称的な事例としてご紹介しておきたいのが、サイボウズが昨年展開した「がんばるな、ニッポン」というキャンペーンです。
この広告も、品川駅における通勤シーンを素材としており、コロナ禍において社員に通勤をもとめる経営者に対する問題提起を行って、議論を呼んだキャンペーンでした。
ただでもコロナ禍で様々な議論がある中で、こうした尖った広告を実施することは、当然批判が集中する事態も想像されます。
そこで、サイボウズ社内では様々な議論が行われ、実際に広告を社内のメンバーに見てもらい、違和感を感じる部分を修正するという作業が繰り返されたそうです。
さらには、それでもかかってきてしまうクレームの電話はプロジェクトのリーダーである大槻さん自らが対応し、キャンペーンの趣旨を説明して理解を求めたとのことでした。
実は、日清食品やKINCHOなど、面白い広告で有名な企業はかならず、広告を打つことによるある程度のクレームは織り込み済みと話をされています。
もちろん、日清食品も本当に炎上した際には謝罪をして広告を止めたことがありますが、通常は評判のいいCMほどクレームも多くなる傾向にあるそうです。
だからこそ、事前に深刻なクレームをさけるための議論を真剣に行っていると聞きます。
参考:長澤まさみの関西弁、驚きの新聞広告…「KINCHOの広告」バズっても炎上はしない極意
■ネットのバナー的な気軽な広告が生むリスク
広告業界のトップのクリエイティブの方々と議論していると、よく「そもそも広告は暴力的だから気をつけて使わないといけない」や「広告はそもそも構造的に嫌われ者なんだから、それを嫌われないようにするためにクリエイティブがあるのに、それを最近はさぼっている」という発言を耳にすることがあります。
実は、ネット広告の普及により広告の裾野が広がり、そうした工夫や配慮がない広告が増えてしまっているのが現状のようです。
なにしろ、ネットのバナー広告やネイティブ広告は、まだまだクリエイティブ以前に、誇大広告や差別的広告などの不適切な広告が多数存在していること自体が改善されていない状況です。
参考:日本のネット広告業界で、本気の健全化の取り組みがはじまるか
そういう意味で、ネットのバナー広告が、キャプチャを取られて炎上することは今のところほとんどありませんが、テレビCMや今回の品川駅の全面ジャックのように、ネット以外の広告に出てくると広告の影響力が違う関係もあり、今回のように批判が大きくなるリスクがあるということでしょう。
今回の品川駅広告騒動は、「広告」という行為自体が、力があるからこそ、その力を使う際にはよくよく議論して使わなければいけないし、覚悟を持って使わなければいけない時代に突入しているということが、明確になった騒動と考えるべきなのかも知れません。