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たとえ市民活動でも第一に「政府」に目が行ってしまう政治的社会空間:中国を見つめ直す(4)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

「日中市民交流対話プロジェクト」は日本のNPO「AsiaCommons」による市民交流促進の取り組みで、2回目の今回は農村・環境保護をテーマに4人を招へいした。

4人のうち3人はNGO「北京緑十字」の関係者。残る1人、周鴻陵はNGO「北京新時代致公教育研究院」を主宰する。ともに内陸部の農村や都市郊外の町で、上意下達式でなく村民自身が主役の村作りを促進する。

中国の農村を歩き、村民が村のことに関心を持たないことに何度驚いたか知れない。家のすぐ前を通る道路がゴミ山になっていたとしても気に留めることは稀だ。村政府の能力には限界があり、さまざまな問題を解決する上では村民の力が欠かせず、最も大切なのが村民の社会参加意識の覚醒であることは間違いない。今回招へいした2団体は、ともに村民との会合を繰り返しながら公共事業への意欲を引き出す取り組みを長年続け、一定の成果を挙げてきた同士だ。

北京緑十字は四川の地震被災地の復興支援でも村民との会合を重ねる方法を重視した。
北京緑十字は四川の地震被災地の復興支援でも村民との会合を重ねる方法を重視した。

ところが、両者は全くと言っていいほど噛み合わなかった。同じ分野で活躍する者同士が対立することはよくあることだが、そういう次元の話ではない。ともに中国で著名な団体だが、互いの存在を知らず、東京で一堂に会しても会話はなかった。

「北京致公新教育研究院」の周鴻陵は、活動するに際して地方政府と対立する農民のインタビューを多く用い、発言内容も中国の体制に批判的に触れることが多い。一方、「北京緑十字」は一民間人の孫君が全国の村政府を訪ね歩き、村長と協力して村民を動かすやり方を取ってきた。要は前者が「政府と対立的」で、後者は「政府寄り」と分類することができる。日本の参加者から寄せられたアンケートでも「政府寄りの北京緑十字」を批判的に書く感想がいくつか寄せられた。

「北京新時代致公教育研究院」は住民参加型の地域作りのために住民向け講演会を開く。
「北京新時代致公教育研究院」は住民参加型の地域作りのために住民向け講演会を開く。

筆者は中国に多数ある「政府系NGO」ではなく、民間のNGOに注目してきたが、それは一党独裁体制の国で民間が一定の役割を果たし始めたことに注目するからだ。だが、民間のNGOと言っても、農村の隅々まで政府の力が浸透している中国にあって政府との協力関係が必要になる場合は多々あるし、日本など外国でもNGOが政府や自治体と協力し合うことは珍しくない。肝心なのは活動内容であり、その際に行政機関と協力し合うかどうかは二の次であるのが本来の姿のはずだ。

しかし、中国では、まず第一に政府との距離が民間NGO同士を大きく隔たせてしまう。特に親政府的なNGOがそうでないNGOを警戒し、遠ざけてしまう傾向があるように思う。団体の存続のために慎重になる面もあるのだろう。だが、目標、活動内容とも酷似した者同士が互いを知ることは、活動内容を充実させる上で不可欠なことに違いない。それができずに、各々がバラバラに点在するしかなく、市民社会という大きなまとまりになりえないのが現状だ。

「親政府的」か「反政府的」かに目が行きがちなのは、市民社会の育成という共通の価値観よりも政府との関係が重視されるからにほかならず、それだけ社会空間の中で政府が壟断する比重が大きいことを示している。「非政府組織」を意味し市民の社会参加の手段であるはずのNGOの世界で「政府系NGO」が幅を利かせていることが異常なのだが、一党独裁の力はそんな次元の話にとどまらず、市民活動の価値基準にまで政府が浸透しきってしまうのだ。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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