ラテアートの技術が凄すぎて、アメリカの人気NFL番組に大抜擢された日本人女優
半年前まではNFLの存在自体を知らなかったのに、今週末に全米で放送されるスーパーボウルの特別番組でアート作品を披露する日本人がいる。
東京出身で舞台と映画を中心に活動している女優の加藤瑠菜さん(27歳)だ。
アメリカから届いた一通のメール
2年半ほど前からラテアートを始めた加藤さんは、作品をSNSに上げ、何度もバズっているラテアーティスト。彼女の作品は日本国内だけでなく、海外にもファンが多く、昨年夏には、アメリカの4大ネットワークのプロデューサーから彼女の元にメッセージが届いた。
アメリカで最も人気があるプロスポーツであるNFL(アメリカンフットボールのリーグ)。そのNFLの番組で加藤さんが作った作品を使いたいと言うのがメッセージの内容だった。
「NFLってなんだろう?」とアメフトの知識はゼロに近かった加藤さん。周りの友達に「NFLって知ってる?」と聞いても、ほとんど反応がなかったので、インターネットで「NFL」を検索。「なんか、すごいもの?」と思い、海の向こうから届いたオファーにチャレンジすることを決意した。
「知らずに描くのは失礼」と言う加藤さんはNFLの基礎知識を勉強。NFLチームのロゴを描いたラテアートをアメリカの人気テレビ番組に提供するようになった。
加藤さんに仕事をオファーしたアメリカ人プロデューサーは、彼女の作品に非常に満足しており、ラテアートが番組に欠かせない一部になったと口にする。
「ルナの作品は本当に素晴らしい。彼女はステンシルを使わずにすべてを手で描いている。シーズンを通して新しい作品を送ってきてくれるのですが、いつも前回を上回る作品を送ってくる。
コーヒーを飲みながら軽い感じでアメフト談議をするこのコーナーでは、コーヒーが大切なアイテムになっている。ラテアートでNFLのチームロゴを描ければとずっと考えていたんだけど、チームロゴはラテアートの題材にするには複雑すぎると思って諦めていた。そんなとき、ルナが『アベンジャーズ』や『ポケモン』のキャラクターをラテアートとして描いているのをSNSで見つけたんだ。この子ならば、NFLのチームロゴをラテアートにできるかもと思い、すぐに連絡をした。ルナに頼んで本当に良かった」
加藤さんは東京に住んでいるために、ラテアートを作成している動画と作品の写真をアメリカに送っている。
アメリカで最も愛されているテレビ番組はNFL
アメリカではNFLは絶大なる人気を誇り、毎年のテレビ番組視聴者数トップ100の8割近くがNFLの番組が占める。
テレビ局はNFLの試合を中継するために、年間約10億ドル(約1000億円)の放映権料をNFLに支払っている。
基本的にNFLの試合は9月から12月末までの17週間の日曜日に開催されるが、放映権を購入したテレビ局は朝から夕方までNFLに関連した番組を流して、試合を盛り上げる。
例えば、加藤さんがラテアートを提供するCBS(アメリカ4大ネットワークの1つ)の場合、NFLシーズン中の毎週日曜日にはアメリカ東海岸時間の午後1時開始の試合を生中継するのに、試合の開始5時間前に当たる朝8時から「プレゲームショー」を放送する。
意外にも難しいパッカーズのロゴ
番組のためにNFL全32チームのロゴを描いた加藤さんに、描くのが最も難しいロゴを尋ねたら、「グリーンベイ・パッカーズ」という意外な答えが返ってきた。
グリーンベイの頭文字であるGをあしらっただけの一見単純なロゴのどこが難しいのだろうか?
「大きな楕円を描くのが難しいので、パッカーズやニューヨーク・ジェッツのロゴは大変でした。ロゴは左右のバランスが大切なので、左右対称なインディアナポリス・コルツも難しかったですね」
どんなロゴでも描いていると「楽しい」と言う加藤さんは「複雑なロゴは挑戦しがいがあり、意欲が燃えますね。フィラデルフィア・イーグルスとかクリーブランド・ブラウンズ、そしてロゴの中に盗賊がいるラスベガス・レイダースと海賊のタンパベイ・バッカニアーズなどがそうですね」と笑顔で教えてくれた。
制作時間は4、5分のラテアート
「ラテアートは一発勝負なので、やり直しができない」ために、制作中はハイレベルな集中力が要求されるが、制作時間は4、5分と驚くほどに早業だ。
ラテアートは高度なアートであると同時に、美味しいドリンクでもある。「美味しく飲んでほしいので、温かい間に作って、お出しするのが基本」なので、制作に時間をかけてはいられない。
紙に下書きをすることもなく、「1、2分ほど脳内でイメージトレーニングをしたら、すぐに制作に取り掛かります」とその工程を教えてくれた。
「ラテアートの可能性は無限大なので、どういう工夫を凝らせば再現が可能なのかを考えています」
3Dラテアートを生み出した巨匠との出会い
高校卒業後にはコーヒー・ショップでアルバイトするくらいコーヒーが好きだった加藤さんは、友人の紹介で「3Dラテアート」を生み出した原宿のカフェ「Reissue」のじょーじさんと出会い、彼の勧めでラテアートを始めた。
2018年の夏に初めてラテアートに挑戦したが、すぐにのめり込んでグングンと腕を上げていった。
「絵は苦手だったのですが、ラテアートは地道な努力を続けることで上達していきました。ラテアートは円形のカップの中に収めないといけないのが難しい部分ですね。毎日、何杯も練習するので、お腹はいつもいっぱいです(笑)」
じょーじさんの一番弟子的な存在となった加藤さんは「じょーじさんのアドバイスを参考に試行錯誤を繰り返します。ストイックな性格なので、自分を追い詰めて練習をするんですよ。1年間、毎日やればうまくなりますね」と継続性こそが成功への道だと説く。
3Dラテアートでは、コーヒーカップの中と上だけでなく、外側やソーサーもキャンバスとして使う。
アメリカだけで1億人が観るスーパーボウル
アメリカで最も多くの視聴者数を誇るスーパーボウル。
アメリカンフットボールの頂点を決めるスーパーボウルは、アメリカ国内だけで1億人が観る、スポーツの枠を超えた国民的なお祭りである。
今年のスーパーボウルは2月7日の日曜日(日本時間8日、月曜日の朝)に行われ、アメリカ国内ではCBSが、日本ではNHK BS1が試合を生中継する。
試合は現地18時半にキックオフするが、試合を中継するCBSでは午前11時半からスーパーボウル特番を組んで盛り上げる。その特番でも、加藤さんが作るラテアートが披露される。
ラテアートとアメフトの意外な共通点
今回、記事を書くために加藤さんにラテアートの話を聞いてみて、全く無関係だと思ったラテアートとアメフトの共通点の多さに驚かされた。
「このコロナ禍で頑張って踏ん張ってる人や我慢してる人、辛い思いや心を締め付けられてる人がたくさんいると思う。その人達が少しでも一瞬でも嫌なことを忘れられたらいいなと思って私は、ラテアートをしてます」と加藤さんはラテアーティストとして活動を続ける理由を口にするが、見た人に勇気や元気を与えるのはNFLの選手たちと一緒。
自らをストイックで負けず嫌いという性格も、多くのNFL選手が持っている素質である。
どんなに素晴らしい作品を作っても、ラテアートは永遠には残らず、人々のお腹の中に消えてしまう。それでも、次に更に良いものを求めて頑張る加藤さんの姿は、スーパーボウルに勝って頂点に立っても、次のシーズンにはまた全チームが同じスタートラインに立って、優勝を目指して頑張るNFL選手の姿に重なって見えた。
「そのときの100点をずっと出し続けていけば、ずっと成長を続けていける」
加藤さんが3Dラテアートを作成する姿は、まるで魔術師がマジックを披露しているようでもある。
今年のスーパーボウルは「マジシャン」の異名を持つ若きスーパースターのパトリック・マホームズ率いるチーフスが、「生きた伝説」としてこれまで6度もスーパーボウルを制したベテランのトム・ブレイディ率いるバッカニアーズと対戦する。
「師匠であるじょーじさんを抜かそうと思って活動してきて、今はお互いを認める良きライバルで切磋琢磨しています(笑)」と言う加藤さんは、『ラテアート界のマホームズ』だと言える。
「ラテアートは完成度と進化に終わりがない感じで、アイデアが無限に湧き出てくる」と言う彼女の言葉も、マホームズの独創的なプレーに通じるものがある。
「カンザスシティ・チーフスは私が初めて描いたNFLチームロゴなので印象深いですね」という加藤さんは、生まれて初めて観戦するスーパーボウルを楽しみにしている。
加藤瑠菜:女優。ラテアーティスト。1993年生まれ、東京都出身。数々の舞台、映画、ドラマ、CMに出演。2018年から始めたラテアートでも才能を発揮して、アメリカの人気NFL番組「That Other Pregame Show」(CBS)に作品を提供。2022年にはスイスで開催される「ジャパンフェスティバル」から招待を受け、参加予定。公式ツイッターは、@RunaPocket