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高速道路で「重大事故」が増加する? 「2024年問題」でトラックの速度規制を緩和

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:アフロ)

60年ぶりの規制緩和へ急転換か

 運送業界において、2024年4月からドライバーの時間外労働の規制が始まる。2017年の働き方改革関連の労働基準法改正によって、一般業種においては時間外労働の上限として、年間720時間などの規制が導入されてきた。運送業界は適用までに「猶予」を与えられてきたが、ようやく年間960時間の上限が実施されるのだ。一方で、この規制によってドライバーが足りなくなる、輸送量が減少するなど、物流が大きな影響を受ける「2024年問題」が予測されている。

 その「解決策」として焦点化されているのが、大型トラックの高速道路の速度上限の規制緩和である。高速道路では現在、ほとんどの車両が最高速度を時速100キロまで認められるようになっているのだが、1963年の高速道路開通から現在に至るまで、重大事故防止のため大型貨物自動車は時速80キロに制限されてきた(現在は車両総重量8t以上の中型貨物車も対象)。

 しかし、政府が2024年問題に対応するために今年5月に発表した「物流革新に向けた政策パッケージ」では、「物流の効率化」の方法として、ついに「高速道路のトラック速度(80km/h)の引き上げ」が挙げられた。早速、7月28日には警察庁において「高速道路における車種別の最高速度の在り方に関する有識者検討会」が開催され、トラックの速度規制緩和に向けた動きが、本格的に進行しつつある。警察庁長官によれば、年内には提言を取りまとめるスケジュールだという。

 しかし、安易に「安全のための規制」を緩和して良いのだろうか。ドライバーの労働条件改善に取り組む労働組合の調査やインタビューも交え、考えてみたい。

高速道路における大型トラックの死亡・重傷事故は近年増加

 高速道路における大型トラックの速度規制緩和によって最も懸念されるのが、重大な交通事故の増加だ。大型トラックは積み荷を含めたその重量のために、ブレーキを踏んでも実際に停車するまでの制動距離が非常に長くなる。国土交通省の試算によれば、大型トラックは時速80キロの場合は約55メートル、時速100キロの場合は、約90メートルも止まらないで走り続ける。時速120キロで走行した場合には、じつに約120メートルにもなる。荷物を積みすぎている場合や、タイヤや路面の状況、ドライバーの体調などによっては、停車までの距離はさらに伸びることになる。

 懸念されるのは追突事故だけではない。トラックが止まったとしても、荷崩れによる積み荷の道路への落下や、トラックの横転などによって、周辺のドライバーを巻き込んだ深刻な事故が発生するリスクもある。

 現状はどうなっているのだろうか。大型トラックによる高速道路上での重大事故件数を見てみよう。全日本トラック協会の発表によると、高速道路における大型トラックの死亡事故は2012年に50件だったところ2022年には23件と、減少傾向にある。しかし、被害の深刻さを考えれば、決して少ないとは言えないだろう。

参考:全日本トラック協会「2022年の交通事故統計分析結果」

 また、死亡・重傷事故を見ると、2022年で81件、2021年で74件、2020年で69件と、過去3年で見るとむしろ増加している。しかも、いずれの年も大型トラックの死亡・重傷事故件数は中型トラックの2倍以上となっており、高速道路において大型トラックが重大な交通事故を引き起こす危険性は高いと言って良いだろう。

参考:全日本トラック協会「2022年の交通事故統計分析結果」

警察庁も危険を把握 たった6年間で安全性は改善されたのか?

 じつは大型トラックの速度上限引き上げの危険性については、警察庁も把握している。2016年に発表された「高規格の高速道路における速度規制の見直しに関する提言」を参照してみよう。この提言は、警察庁が2017年に高速道路の一部区間の最高速度を日本で初めて時速100キロを超えて規制緩和するための前提となったものである。

 規制緩和を念頭に作成された資料であるにもかかわらず、「大型貨物自動車の速度見直しについては、貨物の積載状況によっては走行が不安定になる場合があること、積載量に応じて制動距離が長くなること、他の車両より重量が大きいため同一速度でも運動エネルギーが大きくなり、事故発生時に被害が重大化しやすいこと……(中略)……から、慎重な検討が必要である」と大型トラックの規制緩和については懸念が表明されている。

 わずか6年前にこのような提言があったばかりにもかかわらず、今回の有識者検討会においては、安全性の確保を前提として、速度上限引き上げに向けた議論がなされている。

 安全性が確保されているとされる根拠としては、前方の自動車との距離を監視して自動的にブレーキを作動させる「衝突被害軽減ブレーキ(AEBS)」等、運転支援装置の順次義務化によって車両安全性が向上していることなどが挙げられている。

 とはいえ、装備義務化といっても新車を対象としているものであり、2022年6月に実施された全日本運輸産業労働組合連合会(運輸労連)のドライバーに対する調査によれば、衝突被害軽減ブレーキを装備しているトラックは依然としてまだ半分にも満たず、総重量11t未満のトラックでは3割にも達していないのが現状だ。このような状況で、安全性が確保できていると言えるのだろうか。

規制緩和論は運送会社の実態をわかっていない? 積み下ろし、待機時間

 「2024年問題」対策としての大型トラックの高速道路の速度上限引き上げについては、政府の決定に先立って、今年4月4日、国民民主党の玉木雄一郎代表がSNSで問題提起して話題になった。この投稿を受けて、組合員にドライバーが多い個人加盟労働組合「プレカリアートユニオン」では、撤回を求める意見書動画を公表している。

 同ユニオンの清水直子執行委員長に話を聞いたところ、事故の懸念に加え、速度上限引き上げによる「効果」じたいに疑問があるという。

「積み下ろし、待機の時間を改善しなければ、無理して多少速く移動したところで、時間はそんなに変わらないんじゃないでしょうか。移動した先でドライバーが待たされている時間で、労働時間が長くなっているんですよ」(清水氏)

 ドライバーが荷物の積み下ろしの場所に到着しても、荷主や物流会社の都合で待機を強いられる「荷待ち時間」問題が深刻だという指摘だ。実際に、2021年に国土交通省がトラックドライバー3993人を対象に実施した調査では、1運行あたりの平均の荷待ち時間は1時間34分であり、1時間超えは50.1%、2時間超は17.7%、3時間超も約1割の9.8%に上っている。

 前述の2022年実施の運輸労連のドライバー調査でも、荷待ち時間の平均は1時間を超えており、8時間を超えるという回答も数%存在する。また、待ち時間が長いほど、荷待ちしている場所が「荷主の構内」以外の路上などになる傾向がある。道路上での荷待ち駐車は事故の発生原因ともされ問題視されている。

 速度上限引き上げによって高速道路の移動時間が短縮されたとしても、荷待ち時間対策が進まなければ、全体の時間短縮効果が削減されてしまうことは想像に難くない。それどころか、駐車問題が悪化してしまう可能性もある。

「中小零細運送業者が乱立して過当競争が進み、荷主や倉庫会社の立場が強くなって、運送会社やドライバーが細かい注文を受け入れざるを得なくなって、ますます労働時間が長くなっているのが現状です。コストの押し付けをやめさせるべきです」(清水氏)。

 今年、国土交通省が行った調査では、ドライバーの荷待ち時間や荷役時間を把握している荷主業者は2割に満たない。運送の現場に負担を丸投げしている実態がうかがえよう。

 政府も手をこまねいているわけではない。2024年に法改正によって、荷主に対して待機時間や荷物の積み下ろしなどにかかる時間削減の取り組みを義務付ける方向で動いていると報道されている。改善状況の国への定期的な報告を求め、不十分な場合は勧告や措置命令を出せるようになるというのだ。

 しかし、荷待ち時間が改善されるまえに規制緩和を実施するのであれば、「2024年問題」の対策になるどころか、危険性が高まるばかりなのではないだろうか。

労働時間の改竄と、安全性の規制緩和という最悪の予想

 労働者の健康のための長時間労働規制への対策として、安全性を犠牲にした規制緩和を導入するのであれば、本末転倒だ。一方で、いまだに運送業界の長時間労働規制に後ろ向きな議論も残念ながら少なくない。その中には、労働時間規制によってドライバーが働けなくなることで、物流が滞るだけでなく、出来高制や残業代で生活を成り立たせているドライバーの収入が下がって悪影響があるという主張もある。

 しかし、労働問題の歴史を紐解けば、「出来高」を理由に規制緩和を進めれば、必ず「出来高単価」が切り下げられてしまう結果となる。この法則にはほぼ、例外が存在しない。最近ではアマゾンなど宅配業者の単価切り下げが問題となっているが、これも規制のない中で求められる配達量が増やされてきた結果なのである。

 結局、長時間残業をしなくてもドライバーたちが生きていけるように賃金を上げていくことが先決だろう。賃上げが実現できるのであれば、ドライバーたちの生活が保障され、ドライバーの人手不足解消にも大きく寄与するはずだ。

 世界的なインフレ情勢もあり、海外の運輸業界では労使の活発な交渉が見られる。日本においても、国の規制をただ待つのではなく、荷主や物流会社、運送会社に対して、ドライバーの賃上げと安全性の両立をめぐって、ドライバーたちが労使交渉をつうじて自らの立場を主張していくことが必要だろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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