Yahoo!ニュース

ロシアに釈放された受刑者が帰国。フェアでない殺人者との交換をバイデン政権の大きな功績と言えるのか?

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ウィラン氏を出迎えるバイデン大統領。(写真:ロイター/アフロ)

1日、アメリカなど西側諸国とロシアなど計7ヵ国は24人の受刑者を交換した。これにより長らくロシア国内に収監されていたアメリカ人も釈放され、無事に帰国を果たした。

アメリカ、ドイツ、スロベニア、ノルウェー、ポーランドの西側諸国とロシアおよびベラルーシの受刑者の身柄の交換はトルコで行われた。

ロシアから釈放された15人の中には、拘留が5年以上に及んだ元米海兵隊員のポール・ウィラン(Paul Whelan)氏をはじめ、ウォール・ストリート・ジャーナルのエヴァン・ガーシュコヴィッチ(Evan Gershkovich)記者、ロシア系アメリカ人のアルス・クルマシェバ(Alsu Kurmasheva)記者など、4人のアメリカ市民および永住者が含まれた。

西側諸国から釈放されたロシア人は8人だった。

1日にアメリカに帰国した3人

ポール・ウィラン氏(元米海兵隊員)
拘留日:2018年12月
友人の結婚式のためにモスクワを訪れていた際にスパイ容疑で逮捕、起訴され、2020年6月に懲役16年の判決を受けた。

エヴァン・ガーシュコヴィッチ氏(ウォール・ストリート・ジャーナル記者)
拘留日:2023年3月
ロシアの血が流れる同氏は2017年までにロシアで記者として働いていた。取材で訪れた際にスパイ容疑で逮捕、起訴され、2024年7月に懲役16年の判決を受けた。

アルス・クルマシェバ氏(記者)
拘留日:2023年6月と10月
ロシアに住む母親の介護などのため複数回渡航中、外国人として無登録、およびロシア軍に関する虚偽の情報を流布した容疑で有罪判決を受け、2024年7月に懲役6年半の判決を受けた。

参照:NBCABCなど

3人は1日夜、バイデン大統領とハリス副大統領が出迎えたメリーランド州アンドリュース統合基地に降り立った。ここは筆者にとって、今年3月に別の米軍基地の取材に行くために利用したことがある基地で馴染みがある。ワシントンD.C.から車で45分ほどの場所に位置し、主に米空軍の任務に使われる基地だ。ここで3人は久しぶりにアメリカの土地に降り立ち、家族との再会を喜び合った。皆、航空機からにこやかに現れ、健康状態も悪くはなさそうだ。

家族との再会を喜ぶガーシュコヴィッチ氏(手前)、ウィラン氏(奥)ら。
家族との再会を喜ぶガーシュコヴィッチ氏(手前)、ウィラン氏(奥)ら。写真:ロイター/アフロ

ドイツやポーランドなども巻き込んだこの大規模な身柄交換は、冷戦後最大規模のものだとアメリカで報じられている。バイデン大統領にとっては、残り短い任期中に残すことができた大きな成果になったことだろう。

だがこの身柄交換は西側諸国にとって、決して容易なことではなかった。筆者が取材で関係者より独自に入手したバイデン大統領のコメントによると、特にドイツとスロベニアにとっては「非常に困難な決断だった」という。アメリカのみならず、この交渉がほかの西側の国々にとっても苦渋の決断だったことがわかる。

一方、身柄が交換されたロシア人受刑者を確認すると、ドイツが釈放したロシアの工作員、ワジム・クラシコフ(Vadim Krasikov)受刑者など「殺人犯」が含まれている。クラシコフ受刑者は2019年、ドイツのベルリンでチェチェン紛争の元戦闘員を殺害した罪で終身刑を宣告され、収監されていた。プーチン大統領への忠誠心が強い人物とされ、プーチン氏にとって必要な人材として帰国が望まれていたようだ。

ロシアのプーチン大統領は1日、モスクワのヴヌーコヴォ国際空港でクラシコフ元受刑者らを出迎えた。
ロシアのプーチン大統領は1日、モスクワのヴヌーコヴォ国際空港でクラシコフ元受刑者らを出迎えた。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

この交換(取引)には、一体どのくらいの大金が支払われたのかは明かされていない。

次期大統領候補のトランプ氏は米メディアなどを通じて、バイデン氏が先導して行ったロシアの重罪人との身柄交換について「プーチン氏の勝利」と非難した。

このようなアメリカとロシアのアンフェアな取引で思い出されるのが、ロシアに拘留されていた米女子プロバスケットボールリーグのスター、ブリトニー・グライナー(Brittney Griner)選手だ。アメリカはこの時(2022年12月)も、ロシアとのフェアではない取引に応じている。

グライナー氏がなぜロシアで逮捕、拘留されたのかと言えば、医師に処方してもらったという医療(アスリートの痛み止め)用カンナビスオイルがわずかに(0.2グラムと0.5グラム)残ったカートリッジ(ベイプペン)2つを所持していたからだ。これによりロシアでは違法ドラッグの密輸と所持の罪に問われた。同氏はそれらがラゲージ内にあったのは無意識で、ロシアの法律に反する意図はなかったと、今年5月に発売した回顧録『Coming Home(カミングホーム)』に書かれている。同書によるとカンナビスオイルの所持や使用は同氏の米在住州では合法だが、ロシアでは微量でも違法だ。同年8月、ロシアの裁判所で有罪判決となり、懲役9年と罰金100万ルーブル(約170万円相当)を言い渡された。

そして12月にグライナー氏と交換されたのが、国際テロ組織への武器密輸罪および殺人罪でアメリカの刑務所に収監されていたロシア人、ヴィクトル・ブート(Viktor Bout)だった。

今回の釈放も、不当な理由でロシアに拘束後、捕虜のような待遇で6年または16年という気が遠くなるような刑期を言い渡されていた人々や家族にとって、釈放および帰国は喜ばしいことだろう。そのような歓喜の裏に西側諸国が納得しづらいタフな交渉がロシアとの間にあり、アメリカは再びこれに応じてしまったというわけだ。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事