韓国の「統一への強い意志」から今後の朝鮮半島情勢を読み解く
韓国を参考にすることの意味
梅雨入りしたソウルの道を激しい雨が濡らしている。息つく暇も無く朝鮮半島情勢が動いた2018年の半分が、今日で終わる。
11年ぶりの南北首脳会談に、史上初となる米朝首脳会談。「朝鮮半島は今後、どこに向かうのか」。今年、世界で最も多くの人が心に抱いた質問のうちの一つだろう。
行き先はまだまだ不透明だ。「朝鮮半島の持続的で強力な平和体制構築」や「朝鮮半島の完全な非核化」を目指す時間表は漠然としているし、互いを試すような米朝両国の動きも続いている。
そんな中、筆者は韓国政府の立場そして韓国内の議論に注目している。
韓国は南北関係の発展と朝鮮半島の平和について、互いに当事者である朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)をもしのぐ、世界のどこよりも高い理想と強い意志を持っているというのがその根拠だ。
実際に昨年5月、文在寅政権が発足し「朝鮮半島の運転手」を目指しはじめて以降、韓国政府が、その理想とする朝鮮半島の有り様を実現させるため、積極的なアプローチを強めていることが様々な形で証明されてきた。
そして少なくともこれまでのところ、理論と現実が、そう離れた場所にある訳ではなさそうだ。韓国は今後も勢いよく理想に向けて動くものと筆者は判断している。
ではその理想とは何か。
ソウルでは今年に入って以降、朝鮮半島情勢をめぐるシンポジウムが数多く開かれている。特に6月の米朝会談後にはその動きが顕著だ。人権、開城(ケソン)工業団地、北朝鮮へのビジネス投資、南北経済協力などテーマも様々だ。
筆者もあちこちに顔を出すようにしているが、特に昨日あった韓国最大の通信社・聯合ニュースが開催したシンポジウムでは、韓国政府に近い学者たちの口から、韓国政府の「本音の一端」を知ることができた。
南北関係がすべてを「推動(促進)」する
結論から先に言うと、「南北関係の有り様こそが、朝鮮半島の完全な非核化や朝鮮半島の平和構築を引っ張っていく」という考えであり、そのために韓国はどんどんできることをやっていくべきだという積極性だ。
「推動」という単語がある。何かの物事を促進させるという意味だが、この言葉こそが韓国の立場を如実に示している。
29日、ソウル市内のホテルで開催された「平和、その門を開ける」と銘打たれたシンポジウムの冒頭演説で、林東源(イム・ドンウォン)元統一部長官は「米朝首脳会談は不信に基づく強圧的な方法ではなく『相互の信頼構築が非核化を促進することができる』という確信に基づく新しいアプローチに合意した」と述べ、「私たちは今、歴史の流れを元に戻し、朝鮮半島平和プロセスをもう一度すすめる千載一遇の機会に臨んでいる」とした。
少し解説する。まず米朝首脳会談の解釈についてだが、米国が一方的に北朝鮮に対し非核化を約束させるのではなく、米朝首脳間の信頼に基づき、朝鮮半島の非核化と平和体制の構築(米朝関係改善を含む)を並行して進めていくプロセスの始まりと見るものだ。この解釈は今、韓国で広範に支持を得ている。
林元長官はさらに「非核化が実現し、米朝関係が改善されるからといって、朝鮮半島の平和が保障されるわけではない。それと共に朝鮮半島の冷戦構造を解体し平和体制を構築しなければならない」とした。
「朝鮮半島平和プロセス」の要
そしてその中身について「積極的な平和」と「統一を志向する平和体制」であるとした。
林元長官によると、「積極的な平和 positive peace」とは「安全保障の脅威を根源的に解消し、戦争の構造的な原因自体を無くすもの」で、これは「軍事力の増強と安保度運命の維持など、安保体制を強化しながら戦争の勃発を抑制させる『消極的な平和 negative peace』」と区別される。
もちろん、「積極的な平和」は突然に実現するものではなく、「消極的な平和」を守りながら実現していかなければならないものだというのが林元長官の主張だ。
一方、「統一を志向する平和体制」とは「分断を固着化させる平和体制」と明確に区別される。
林元長官はこれを「分断状態では、(南北が)正統性を独占したい競争と勝敗ゲームの誘惑から逃れることが難しい。反目と葛藤、緊張と軍備競争、軍事的な衝突と戦争の危険がまん延し、民族のエネルギーを浪費せざるを得ない」と捉え、「分断を克服し、統一を作っていく平和体制 peace buildingを構築していくべき」と説いた。
南北関係の「大御所」と「自主派」
長々と引用してきたのは、これこそが今の韓国政府を動かしている行動原理であるからだ。
軍人出身の林東源元長官(84)は、外交官生活の後、南北高官級会議の代表を務め91年の「南北基本合意書」署名に貢献、その後は金大中政権(98年〜03年)の間、外交安保主席秘書官、統一部長官、国家情報院長など要職を歴任し、対立・吸収ではない統一政策「太陽政策」を立案、実行してきた南北関係の「大御所」だ。
南北対話を重要視し、南北関係の改善こそが米朝関係改善や平和体制構築の要であると見る、林元長官をはじめとする「自主派」は、金大中・盧武鉉と10年続いた進歩政権において北朝鮮政策・統一政策の主流であった。金剛山観光、開城工業団地などを実現させてきた。
そして今も、統一部、国防部、外交部、青瓦台などの要職を占め、両政権を受け継ぐ文在寅政権の北朝鮮政策に強い影響を及ぼしている。
冒頭で述べたように、北朝鮮への国連制裁があろうとも、韓国側が独自にできる北朝鮮との平和体制につながる信頼構築は行っていこうというのが、その姿勢の最たるものだ。そしてこれが原動力となり、非核化も進んでいくと見るものだ。
この日のシンポジウムで韓国の国策研究機関・統一研究院の金錬鉄(キム・ヨンチョル)院長は「不可逆的な平和の水準が、不可逆的な非核化の水準を決める」とまで述べている。
韓国側が平和体制構築に向け、過去の南北合意に基づく実効措置を先に実現させることが大切だという姿勢を、よく示している。
一方、現政権下で青瓦台、統一部、外交部などで諮問委員を務める金峻亨(キム・ジュニョン)韓東大教授は「非核化は朝鮮半島平和プロセスの一部」とし、大きな枠組みで見ることを求めた。
平和協定に至る道に「終戦協約」
米国のポンペオ国務長官は、米朝首脳会談終了後の6月13日、文在寅大統領と会談するために訪韓した際、記者団に「(トランプ大統領の残る任期の)2年半の間に『重大な非核化』のようなものが達成されることを望む」と明かした。
林東源元長官はこの日、そして今後のタイムラインとして、「年内の終戦宣言後、平和協定に至る間に4者(南北米中)による『終戦協約(仮称)』を結ぶことが望ましい」とした。
法的な効力をもつ「終戦協約」は「分断状況の中で、平和を実現するために、やるべき内容を込めた協約」であり、「南北、米朝の関係正常化措置、核兵器や大量破壊兵器の廃棄、軍事的な信頼構築措置、在韓米軍の役割変更、東北アジアの安保協力の増進策など」が含まれるとする。
これを経て、2020年には平和協定を実現するとする。林元長官はこれについて「平和協定は南北が主体となり、停戦協定の当事者である米国と中国が保証し、国連安全保障理事会が追認する『2+2+UNSC方式』が望ましい」とした。
南は「南北連合」に、北側の態度は未だ不透明
これまで見てきたのは、あくまで韓国側の朝鮮半島政策だ。もちろん、今年4月27日の南北首脳会談で発表された「板門店宣言」の正式名が「朝鮮半島の平和と繁栄、統一のための板門店宣言」であることからも分かるように、南北は統一を志向している。
いくら韓国が吸収統一をしないと明言しているにしても、経済力で約40倍の差があるとされる中、非核化が進み、南北の経済協力が本格化する場合、韓国の影響力は圧倒的となる。その場合、北側が韓国にストップをかける可能性もある。
だが、この日のシンポジウムに参加した、いずれも政府に影響力を持つ専門家たちは「耐え忍ぶ今後40年よりも核のない開発途上国に」(キム・ヨンヒョン東国大教授)、「米国の圧迫により核が必要で、だから貧しいという国家モデルからの脱却」(イ・ジョンソク元統一部長官)と、北朝鮮の変化への期待を見せた。
林元長官もまた、「今後2年が、わが民族の未来を左右する」と強調した上で、「平和協定」の主体が「南北連合」になる必要性を訴えた。
今も有効な韓国政府の統一方案は、1994年に採択された「韓(朝鮮)民族共同体建設のための三段階統一方案」というものだ。「自主・平和・民主」を原則とし、「和解協力」→「南北連合」→「統一国家」という三段階を経て「自由・福祉・人間尊厳性が実現された先進民主国家」を達成する。
これまでの南北関係は「和解協力」にとどまっていたが、文在寅政権は次の「南北連合」、すなわち南北の首脳・閣僚・議会の協議体の設立に進みたいとするものだ。これは韓国政府から発表されていないが、いわゆる自主派の専門家たちは公然と表明している。
2020年末までの間に、これが実現するかはまだ分からない。だが、2017年以降、文在寅政権が見せてきた粘り強さと過去の南北関係の原則に忠実な姿からは、今後この目標を追い求めていくことは明らかだ。一見、ピンポン玉のようにも見える朝鮮半島情勢だが、韓国を中心に読み解くことで見えるものがある。