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『ワンパンマン』のアトミック侍の「アトミック斬」の威力を考察したら、わが目を疑うほどすごかった!

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『ワンパンマン』の主人公はサイタマだが、だからといってこの人が最強というわけではない。

作品世界のヒーローランキングは、A~C級と、その上にS級があるのだが、現時点で、サイタマはいまA級39位。

初めはC級388位だったから、着実に上昇してきているのだが、それでも2番手グループの39位なのだ。

A級の1位はアマイマスク。

以下、イアイアン、オカマイタチ、ブシドリル……と続くのだが、この2~4位はいずれも日本刀を振るって活躍するヒーローたちで、3人ともアトミック侍の弟子!

つまり、イアイアンたちは今のところ主人公のサイタマより強いと評価されており、そのイアイアンたちよりも強いのがアトミック侍だ!

そこで本稿では、アトミック侍の強さを考えてみたい。

本名はカミカゼ。S級の4位! 必殺技は「アトミック斬」。

この必殺技について、ファンブック『ワンパンマン ヒーロー大全』は、こう述べている。

「1秒間に100太刀以上も浴びせる、アトミック侍最大の奥義!! 一分の隙もなく、敵は瞬く間に切り刻まれバラバラの死骸と化す!!」。

◆なぜ「アトミック侍」なのか?

そもそもこのヒト、いかにも和風の侍なのに、なぜ「アトミック」なのか?

前掲『ヒーロー大全』の「ヒーローネームの由来」には「核の威力を彷彿とさせる強さと、原子レベルまで切り裂く太刀筋という二重の意味を持つ」とある。

核の威力の強さ! 原子レベルで切る太刀筋! オソロシイ話である。

その「アトミック」を冠する「アトミック斬」とはどんな技なのか?

前述したように「1秒間に100太刀以上も浴びせる」という。アトミック侍が剣を振るうとき、一太刀で切っ先を3m動かすと仮定すれば、100太刀だと計300m。1秒のうちに、刀を300m動かすとしたら、剣のスピードは秒速300m=時速1080km=マッハ0.88。ピストルの弾丸のようなスピードである。

しかし戦いの様子を見ると、アトミック侍の強さは、そんなレベルではないように思われる。

筆者がそう感じるのは、ハラギリという剣士との一戦で彼が見せたアトミック斬が、あまりにもすごかったからだ。

ハラギリは、かつてアトミック侍といっしょに修行を積んだ仲間だったが、強さを求めるあまり「怪人細胞」を食べてしまった。そして強くはなったが、怪人になった……!

その抜刀術は、人間のときから音速を超えていたが、いまはもっと速くなったという。

そのハラギリが、いきなり切りつけてきた。

刀がアトミック侍に迫る。

首筋まであと5cm!

が、その直後、ハラギリの周囲に無数の光が走った。

アトミック斬!

ハラギリは跡形もないほどバラバラにされ、飛び散ったのだった……。

これはちょっともう、信じられない反撃だ。

首筋まであと5cmのところまで刀が迫っちゃったら、普通はどうにもならない。しかもハラギリの剣速は、人間のときでさえ音速を超え、怪人細胞を食べてさらに速くなったというのだから、音速の2倍ほど出ていたと考えよう。

だとすれば、気温15度のとき秒速680m。この速度で「首筋まであと5cm」のところにあるハラギリの刀がアトミック侍の首に達するまでの時間は、たったの0.000074秒!

アトミック侍は、ここからアトミック斬を出し、ハラギリをバラバラにしたのだ。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

このときも100太刀で刀を計300m動かしたとして、0.000074秒でそれを実践したなら、剣を振るったスピードは、なんとマッハ1万2千!

エネルギーは20億kcalが必要であり、TNT爆薬に換算すると2千t=2kt(キロトン)。

これ、小さな戦術核ミサイルくらいのエネルギーだ。

さっき紹介した「核の威力を彷彿とさせる強さ」というのは、誇張でもなく、事実だった……!

◆鉄の刀をアルミニウムに!?

「アトミック」というのが、本当に核レベルだったとは驚いた。

こうなると『ヒーロー大全』のもう一つの記述「原子レベルまで切り裂く太刀筋」というのも気になってくる。それはいったいどういうことか?

物質は原子でできていて、物を切るとは、原子と原子の結合を切るということだ。

でもそれは普通の侍にもできるから、アトミック侍の「原子レベルまで切り裂く」はさらに上のレベルだろう。

原子は真ん中に「原子核」があり、そのまわりを電子が回るという構造だから、「原子レベルまで切る」とは「原子核を切る」を意味すると思われる。

これを本当にやったら驚くような現象が起こる。

原子核は陽子と中性子でできていて、「原子の種類」は「陽子の個数」で決まるので、その数を「原子番号」と呼んでいる。鉄の原子番号は26。つまり、鉄の原子核には26個の陽子が含まれている。

では、これを切ると?

真っ二つに切ったら、原子番号13のアルミニウムが2つできるだろう(13+13=26)。

ちょっとズレたら、原子番号12のマグネシウムと、原子番号14のケイ素になる(12+14=26)。

さらにズレたら、原子番号11のナトリウムと、原子番号15のリンに……という具合に、原子核を切って陽子の数を変えたら、他の物質に変わってしまうのだ!

もしもアトミック侍が相手の鉄の刀を叩き切り、断面の原子核をすべて真っ二つに切ったとしたら、刀は切断面だけがアルミニウムに変わっているという、科学的にビックリ仰天の展開になる!

そんなことを実現した人類は皆無であり、その功績でアトミック侍はノーベル化学賞とか物理学賞を授与されるに違いない。

侍として強すぎるがゆえにノーベル賞をもらう、恐るべきアトミック侍。すごい! そして、これほど強い人がS級4位とは、あまりに深い『ワンパンマン』ワールドである。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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