米軍関与の情報工作をMeta、Twitterが消滅させた、そのわけとは?
米軍が関与した情報工作のネットワークを、メタ、ツイッターが消滅させていた――。
メタは11月22日に公開した「敵対的脅威レポート」で、中東・中央アジアなどを標的とした影響工作(IO)に、米軍関係者が関与していたことを公式に明らかにした。
この影響工作をめぐっては、米調査会社「グラフィカ」と米スタンフォード大学が8月、ツイッターとメタから提供されたデータをもとに、米国を発信元とした親欧米の影響工作が行われていた実態を公表していた。
その報告書では、「ディープフェイクス」の顔画像を使ったフェイクアカウントが、米中央軍が支援するウェブサイトや、実体のないフェイクニュースサイトの情報を投稿していたことなどを指摘したが、影響工作の発信元については明確にしていなかった。
情報戦のツールとしてのフェイクニュースは、2016年の米大統領選への介入でロシアが使った手法として知られる。
今回の公表によって、米軍も同様の手法に関与し、しかもほとんど効果を上げぬまま、メタ、ツイッターによって消滅させられていたことになる。
情報戦のあり方をめぐり、米国に波紋が広がっている。
●「米軍に関連する人物とのつながり」
フェイスブック、インスタグラムを運営するメタは11月22日、「敵対的脅威レポート」最新版のリリースで、そう指摘している。
同レポートは、フェイスブック、インスタグラムを舞台とした内外の発信元による影響工作などの組織的不正行為(CIB)の検出について、四半期ごとに公表している。
今回のレポートでは、中国、ロシアを発信元とする不正ネットワークに加えて、米国を発信元とする不正ネットワークについても取り上げた。
しかも、そのネットワークが米軍につながっている、と公式に名指しをしたのだ。
米国の不正ネットワークをめぐっては、フェイスブックの39アカウント、16 のページ、2つのグループと、インスタグラムの26アカウントを、「組織的な不正行為に対する利用規約」違反で削除したという。
このネットワークはフェイスブック、インスタグラムに加えて、ツイッター、ユーチューブ、さらにロシア発祥のソーシャルメディアであるテレグラム、フコンタクテ、オドノクラスニキなどにまたがって展開されていた、という。
米国防総省は英BBCに対して、「メタが公開したレポートについては認識している」とコメントしている。
この不正ネットワークの実態は、今回のレポートに先立って、米調査会社「グラフィカ」と米スタンフォード大学インターネット観測所が8月24日に公表した共同報告書で明らかにしていた。
●5年にわたる親欧米キャンペーン
グラフィカとスタンフォード大の共同報告書は、親欧米キャンペーンの実態について、そう指摘する。
調査のもとになったのは、ツイッターが提供した2012年3月から2022年2月までの146アカウントによる29万9,566件のツイートと、メタが今回のレポートで削除を発表したフェイスブックの39アカウントなどだ。
共同報告書が指摘するキャンペーンの特徴は、「ディープフェイクス」を使った架空の顔画像によるフェイクアカウントの作成や、メディアを偽装したフェイクサイトの立ち上げといった、ロシアなどによる影響工作の手法として知られているものと「非常に似ている」点だ。
「ディープフェイクス」によるフェイクアカウントの中には、過去に「米中央軍所属」を名乗っていたものも含まれるという。
加えて調査からは、この戦術の「限界」も明らかになったという。
調査した投稿の大半は、「いいね」やリツイートをほとんど獲得できておらず、ツイッターに限ると1投稿あたりの平均の「いいね」数は0.49件、リツイート数は0.02件だった。また、1,000人以上のフォロワーがいたのはフェイクアカウント全体の19%にすぎなかった。
ツイッターのデータの中で最もフォロワー数が多かったのは、非公然ではなく、米軍とのつながりを公言していた2つのアカウントだったという。
●国防総省が監査を命じる
米ワシントン・ポストの安全保障担当、エレン・ナカシマ氏は9月19日、グラフィカとスタンフォード大の共同報告書公開を受けた、米政府のそんな動きを報じている。
共同報告書は、米軍の直接の関与について言及していない。だが、ナカシマ氏の報道によれば、バイデン政権内で軍の情報戦に対する懸念の声が沸き上がったという。国防総省が指示した監査の対象には、中東、中央アジアを管轄する米中央軍が含まれる、としている。
軍は2019年に成立した国防授権法(1631項)によって、非公然の情報戦を認められている。だがナカシマ氏によれば、その情報戦展開についての、運用ルールと監督機能が十分ではなかったようだ。
フェイスブックとツイッターは2020年、米軍関係とおぼしきフェイクアカウントを検知し、削除しなければならないことについて、国防総省に懸念を表明したという。2016年の米大統領選でのフェイクニュース氾濫で批判の矢面に立った両社は、フェイク排除の体制を強化しており、容易に検知できたのだという。
フェイスブック(現メタ)の脅威担当の責任者で、トランプ政権の国家安全保障会議で情報ディレクターも務めたデビッド・アグラノビッチ氏は2020年夏、特殊作戦・低強度紛争担当国防次官補(のちに国防長官代行)だったクリストファー・ミラー氏に対し、フェイクブックが情報戦を検知できるなら、敵対勢力も検知できるだろう、と警告したという。
アグラノビッチ氏はさらに2021年、バイデン政権の国家安全保障担当副補佐官(サイバー・先端技術担当)、アン・ニューバーガー氏にも、軍関係とおぼしきアカウントの削除について、改めて通告していたという。
●プラットフォームが「米政府」の情報戦を公表する
米軍につながる情報戦ネットワークを、メタとツイッターが利用規約違反を理由に消滅させ、メタはさらにその実態を公表した――今回の一連の経緯は、そういうことになる。
では、そもそも米国企業であるプラットフォームは、米政府の展開する情報戦を暴露するべきなのか――。
ワシントン・ポストはナカシマ氏の記事の公開前、100人のサイバーセキュリティ専門家のパネルに対して、「米国の組織・企業は政府の関与が疑われるハッキングや偽情報工作を暴露すべきか」というアンケート調査を実施し、9月20日付で公開している。
それによると、専門家の73%は暴露に賛成だという。その理由は何か。
ハーバード大学講師兼フェローのブルース・シュアイアー氏は、「いかなる種類の、誰によるハッキングであっても、それを報告することで私たちはより安全になる」と述べる。
アスペン研究所のベッツィー・クーパー氏は、企業が米政府の行為を隠蔽すれば、「敵対勢力が偽旗作戦を行い、その責任を米国に押し付けるインセンティブを与えることになる」と指摘する。
隠し立ては、セキュリティにいい影響を与えない、ということのようだ。
●非公然の情報戦展開のハードル
非公然情報戦を展開するのなら、敵対勢力よりもまず、フェイスブックやツイッターの検知フィルターやファクトチェックを潜り抜ける必要がある。
しかも、軍とのつながりを公言していたアカウントの方が、非公然のフェイクアカウントよりもはるかにフォロワーを獲得し、影響力を持っていた。
米軍関連の不正ネットワーク消滅は、情報戦のそんな現実を明らかにしている。
(※2022年11月25日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)