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李明博元大統領の逮捕を「またか」で片付けてはならない

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
今月14日、検察に出頭する李明博元大統領。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

23日に逮捕、収監された李明博元大統領(76)。朴槿恵前大統領に続き、わずか1年のあいだに二人の大統領が逮捕される異例の事態となった。他方、こうした負の歴史の克服に向けた取り組みも始まっている。

容疑は収賄、横領、脱税など10以上

22日23時過ぎ、ソウル中央地方検察庁は「犯罪の多くの部分が明らかになり、被疑者の地位、犯罪の重大性および、この事件の捜査過程で起きた状況から、証拠隠滅のおそれがある」との理由で、李明博元大統領の逮捕状を発布し、24時頃、李元大統領を自宅で逮捕した。

李元大統領の逮捕状に記載された容疑は10以上にのぼる。横領、脱税、収賄、国庫損失、職権濫用、大統領記録物法違反など、犯罪のオンパレードだ。

容疑は大きく2つに分けられる。まず、110億ウォン(約10億7000万円)の収賄だ。この中には、工事受注などの便宜を図る対価として受け取った賄賂の他に、情報機関・国家情報院の特殊活動費7億ウォン(約6800万円)を受け取った「国庫損失」容疑が含まれる。

次に、350億ウォン(約34億円)の横領容疑だ。1987年に設立された自動車部品製造会社「DAS(ダース)」を李元大統領が実際に所有し(書類上の社主は兄)、1994年以降から2006年3月にかけて、下請けに仕事を発注する形で339億ウォン(約33億円)の秘密資金を捻出し、ポケットに入れていた疑惑だ。

他にも「DAS」が投資会社「BBK」に投資した140億ウォン(約13億6000万円)を回収する過程で、米国のロサンゼルス領事館を動員するなど、自身の利益のために大統領としての権力を「フルに」活用した容疑がかけられている。

なぜ今、逮捕なのか?

李明博元大統領の在任期間は2008年2月25日から2013年2月24日までだ。退任後、5年が経つ今、なぜ逮捕されたのか。

これはひとえに、韓国の政治状況の変化にある。李元大統領の後任・朴槿恵前大統領は同じ党(ハンナラ党→セヌリ党→自由韓国党と名称を変更)の所属でもある上に、同じ保守派に所属していた。

李元大統領が在任中の2012年12月に行われた第18代大統領選挙では、朴槿恵候補が当選するように、李元大統領が軍のサイバー部隊に「ネット世論への介入」を命令していた容疑もあるなど、朴前大統領の当選を支えていた。

実は、朴前大統領と李元大統領は、2007年の大統領選挙の際、ハンナラ党の党内選挙を熾烈に争っていた。その際に、「BBK疑惑」を朴前大統領が強く指摘したのだが、当選後には政治的な「共生関係」から、李元大統領の容疑に触れることはなかった。

この状況が、2017年3月の朴前大統領の「弾劾罷免」を経て、5月に進歩派の文在寅(ムン・ジェイン)政権が誕生したことにより一変した。

朴槿恵時代に不遇をかこった権力と距離を置く検察官が捜査のトップに任命され、「積弊清算」を掲げる世論の強い支持も受けて「国を私有化した」とされる、李元大統領への捜査が本格化したのであった。

検察の「忖度」

前出した「DAS」を通じ形成された30億円以上の秘密資金は、李元大統領の政治資金として使われたと検察は説明する。

これが事実であり、2007年12月19日に行われた第17代大統領の選挙以前にこの容疑が判明していた場合、当然、李明博候補は立候補できない。当選直後に明らかになっていても「当選無効」となる重大な容疑である。

当時から、李元大統領の疑惑は大きく取り上げられていた。当時、盧武鉉政権下で大統領秘書室長を務めていた文在寅(ムン・ジェイン)現大統領も疑惑を追及してきた一人だ。

結局、「BBK特別検事(検察官)」が任命され捜査が進められたが、第17代大統領選挙後の2008年2月21日、「李明博当選者にはBBKの株価操作に関する嫌疑が全く無い」とされ、その4日後、李明博「当選者」は就任した。

韓国では「生きている権力」という言葉がよく使われる。時の権勢に勝てるものはいない、ということだ。検察も例外ではない。

2008年当時の状況は、2期続いた進歩派政権への疲弊をうまく演出し、歴史上初めてのサラリーマン出身から大企業社長、ソウル市長という「経済に強い」印象の下、飛ぶ鳥を落とす勢いだった李明博氏に、検察が屈した以外のなにものでもない。

これが今回の逮捕劇の中、「検察は反省すべき」という世論の矛先が検察に向かう理由でもある。「死んだ権力」にしか勝てない検察はいらない、ということだ。

「また韓国か」を越えて

李元大統領は逮捕される大統領経験者としては4人目だ。こうした現実を前に、日本のネット空間を見ると「また韓国か」という言説をたくさん目にする。筆者も同感だ。

だが、こうした事態を最も悔やんでいるのは誰か、もう一度考えてみたい。それは韓国の有権者である。朴、李両大統領の逮捕は「ろうそく革命」と呼ばれる、輝かしい「民主主義の回復」の裏面でもある。

韓国の大統領は「帝王的」と表現されるほど絶大な権力を持つ。黙っていても利権が周囲から寄ってくる。非常に道徳的であったとされる盧武鉉大統領が、親族の収賄容疑への調査という重圧にさらされ続けることを重荷に感じ、ついに自ら命を絶った事件は、今も支持者のあいだに深い傷を残している。

このような大統領制の「弊害」を最小化するため、文在寅政権は憲法改定を通じ、大統領の権力を分散させる方向に舵を切ろうとしている。先日発表された政府の改憲案からは特に、大統領が司法人事に及ぼす影響力を減らす努力が見て取れる。

また、大統領をはじめ、高官の身辺を調査する専門機関「高位公職者犯罪捜査処」を設置する法案も国会に係留中だ。検察も苦い経験を基に改革のための準備を進めるなど、今後、「大統領の悲劇」が繰り返されないような制度の整備が進んでいる。

今回の李元大統領の逮捕は、見方によっては「膿を出し切る」ことになるのかもしれない。とはいえ、その膿が社会に広く溜まっているのもまた事実で、本当に出し切れるのかは、まだ分からない。

だが繰り返すように、韓国の市民たちは公正な社会に向け、一歩一歩進んでいる。「権力への監視」、「権力の制限」は今後法制化されるだろうし、市民意識も非常に高まっている。李元大統領の逮捕は「またか」で片付けていい問題ではない。その先を見るべきだろう。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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