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処理水の放出に反対しているのは誰か

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
(提供:イメージマート)

東京電力福島第一原発にたまる処理水を8月24日放出し始めることを決めたというニュースが流れました.

処理水(汚染水)をどうするかについては様々な意見がネット上でもあり,放出が決定する前から大きな話題となっていました.一方で,この問題は政治イシューとなっており,国内外で党派性の強い議論になっていました.

基本的に今回放出する処理水は,ALPS(多核種除去設備)され,

放射線による人や環境への影響について、東京電力は国際的なガイドラインに沿って評価してもいずれも極めて軽微だと説明し、原子力規制委員会やIAEA=国際原子力機関もこの評価を妥当だとしてい

るようです(参考).

科学的な観点からいえば,処理水を放出することには問題はないようですが,風評被害が生じることが懸念されています.

なお,処理水の放出関連の情報については,日本ファクトチェックセンターがファクトチェックを行っていますので,こちらをごらんください.

福島第一原発の処理水と汚染水の違いは何?海洋放出は危険?ファクトチェックまとめ

処理水放出をめぐる投稿の分析

そこで,日本のソーシャルメディアにおいて処理水の放出に反対していたのはどのようなアカウントだったのかを分析してみたいと思います.

X(旧Twitter)のデータ収集が困難になった関係から,直近のデータは使えませんでしたが,2023年7月の一か月間に「汚染水」「処理水」を含む投稿1,010,349を収集できたので,これを使って分析を行います.投稿を行ったアカウントは159,885でした.

これらの投稿をクラスタリング手法を使って分類した結果が以下の図です.

処理水関係ツイートのクラスタ(筆者作成)
処理水関係ツイートのクラスタ(筆者作成)

大きく3つのクラスタに分割されました.

・クラスタA:放出反対クラスタ(236,535RT)

・クラスタB:処理水に問題がなく放出すべきであるというクラスタ(142,811RT)

・クラスタC:処理水の放出に反対するアカウントを批判するクラスタ(262,976RT)

となりました.

ざっくり反対はクラスタA,賛成がクラスタB,Cといったところでしょうか.

クラスタAに所属するアカウントは42,021あり,クラスタB,Cに所属するアカウントはそれぞれ30,842,48,854アカウントです.これだけみるとクラスタB,Cに所属する放出賛成派のほうが多いようです.

党派性の分析

処理水放水の問題は政治的なイシューであり,特定の政党の支持者が多く投稿しているという話もあります.

そこで,過去特定の政党を支持するような投稿を拡散したことのあるアカウントがどのくらい含まれているのかを分析しました.具体的には2023年1~7月までの間に5回以上特定の政党を支持するような投稿を拡散したアカウントをベストエフォートで抽出し,クラスタAの処理水放水反対に関する投稿を拡散していたのかを確認しました.その結果がこちら.

党派性と処理水放水反対・アカウントベース(筆者作成)
党派性と処理水放水反対・アカウントベース(筆者作成)

この結果,立憲民主党,共産党,れいわ新選組を支持する投稿を拡散したアカウントが多く処理水放水反対クラスタにいることがわかります.特に,れいわ新選組は多く,全体の52.5%を占めています.なお,「党派性」とあるところは,いずれかの政党の投稿を5回以上拡散したことのあるアカウントの割合を示しており,60.6%が党派性を持ったアカウントによる拡散であることがわかります.

ちなみに,全政党のアカウントを合計しても党派性の合計にならないのは,重複して複数の政党を支持するような投稿を拡散しているアカウントが多数あるからです.立憲民主党支持投稿を5回以上拡散したアカウントの80%以上が共産党とれいわ新選組の投稿も5回以上拡散するなど,この3つの政党間の相互関係はかなり強いようです.

次に,拡散数ベースで党派性を見てみます.先ほどはアカウントの割合でしたが,1つのアカウントが複数の投稿を拡散することを考慮し,拡散全体における党派性の影響を見てみます.

その結果がこちら.

党派性と処理水放水反対・拡散数ベース(筆者作成)
党派性と処理水放水反対・拡散数ベース(筆者作成)

この結果,処理水放出反対クラスタにある投稿の拡散の83.3%が,れいわ新選組を支持するような投稿を5回以上拡散したことのあるアカウントによって行われていることがわかりました.

もともとれいわ新選組代表の山本太郎議員が処理水放出に反対しているようですので,納得感のある結果ではありますが,れいわ新選組と関連するアカウント拡散の80%以上ということで少なくともかなり党派性が強いということは間違いなさそうです.

ちなみに,処理水放出反対ツイートの多くが山本太郎議員によるものだからではないかという可能性もありましたが,データを見る限りそうではなさそうです.

ちなみに,じゃあ処理水放出賛成派はどうかというと,クラスタBの党派性を見るとこんな感じ.

党派性と処理水放水賛成・拡散数ベース(筆者作成)
党派性と処理水放水賛成・拡散数ベース(筆者作成)

こちらも拡散数ベースで65.6%が自民党を支持する投稿を5回以上拡散していたアカウントによるものでした.

論点は風評被害か

最後に,反対派の論点が風評被害にあるのか,処理水の安全性を信じないところにあるのかを調べるために,拡散した投稿の中で「風評」を含むものの割合を算出しました.その結果がこちら.

投稿の中に風評が含まれる割合・拡散数ベース(筆者作成)
投稿の中に風評が含まれる割合・拡散数ベース(筆者作成)

この結果,処理水放出賛成派は30%弱が風評被害に関する投稿を拡散しているのに対し,処理水放出反対派が拡散した投稿の中には4.6%しか風評被害に関する言及はありませんでした.

このことから,X(旧Twitter)上での反対派は,風評被害を気にしているからではなさそうであるということが明らかになりました.

どうやらイデオロギーは科学的根拠より強そうです.

まとめ

処理水放出が決まったことを受けて,X(旧Twitter)上での処理水に関する議論と党派性の関係について分析してみました.

その結果,X(旧Twitter)上では党派性の強いやり取りが非常に多く,賛成反対ともに特定の政党を支持するアカウントによる拡散が大部分を占めている可能性が高いことが示されました.

また,反対派の反対理由は風評被害ではなさそうである,ということも明らかになりました.

なお,こちらはあくまでもデータからわかったことを紹介しているだけであり,処理水の放出への賛成反対を示すものではありませんのでご注意ください.特定の政党が政策に賛成・反対するのは当然のことでありますし,すでに中国・香港、日本産食品の禁輸拡大が発表されているなど影響は小さくありません.また,福島の漁業組合からも反対の声上がっており,解決した問題とは言えず,慎重な議論が必要でしょう.

個人的には,安全性については一定の科学的根拠が示されているので,反対派の論点は風評被害に関することが中心かと思っていたので,その点は割と意外でした.科学コミュニケーションは難しい.

8月24日の処理水放出はすでに決定しているようですが,今後風評被害等の問題が生じないことを願うところです.

風評被害が分析できるだけのデータが今後も収集できるとよいのですが.

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会前編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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