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ノーバン始球式の功罪

鳥海不二夫東京大学大学院工学系研究科教授
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

先日,雪平莉左“美しすぎる”ノーバン始球式にエスコン沸いた!という記事がスポニチアネックスに掲載されました.「美しすぎるラウンドガール」として話題のタレント・雪平莉左さんが見事ノーバウンドで始球式を行ったというニュースです.ノーバウンドでボールを投げることはニュースバリューがあるようで,ノーバン始球式という言葉は時々スポーツ紙の記事などで使われています.

・・・なんて訳はなく,ノーバンという文字が別の文字に見えて思わず記事を見に行ってしまうという人間(主に中年男性を意識していると思われる)の悲しい習性を狙った記事タイトルであると考えられます.一応中身は野球の始球式に関してなので,何も嘘は書いていないのですが,立派な釣りタイトルの代表作と言えるでしょう.

ノーバン記事の歴史

このような釣りタイトルの効果は一定数あるようで,それなりの数の記事に「ノーバン」という言葉が使われています.そこで,実際にどの程度ノーバン記事が存在するのか,過去のネットニュース記事から調べてみました.調べた期間は2004年~2024年6月までのニュース記事です.

その結果がこちら.

年間ノーバンニュース数(筆者作成)
年間ノーバンニュース数(筆者作成)

これを見ると,もっとも古くは2004年から存在しており,2015年ごろからその数を増やしていることが分かります.もっとも,今回調べたデータがすべてのニュース記事を網羅しているわけではないので,必ずしも昔は少なかったのかといわれるとよく分からないところではありますが,少なくとも2004年から存在していたことだけはわかります.

ちなみに,調べられた限りの最古のノーバン記事は「松田聖子 興奮のノーバン始球式」というタイトルでした.さすがに時代を感じますね.

2015年以降は年間100を超える数のノーバン記事が存在しているようで,新型コロナ禍で野球の試合が少なかった2020年こそ100件を下回っていますが,それでもノーバン記事は存在していたようで,ネット記事の筆者たちの情熱を感じます.なお,2024年は6月までのデータでこれだけ存在しているので,今後ペナントレースが終わるまでに例年と同じくらいの数のノーパン記事が掲載されると期待できます.

ノーバン記事に積極的なメディア

では,どこのニュースサイトが最もノーバン記事を書いているのでしょうか.メディアごとにその数を調べてみました.ノーバン記事掲載トップ10のメディアがこちら.

メディアごとのノーバン記事掲載数(筆者作成)
メディアごとのノーバン記事掲載数(筆者作成)

こう見ると,スポニチがダントツの452件.そのほかスポーツ新聞各紙が上位に入ってきていることが分かります.野球関連の話題ですので,ある意味当たり前の結果ともいえるかと思います.

さすがに一般紙ではあまり使われることは無いようです.

ノーバン始球式に登場した有名人

最後に,どのような人がノーバン記事のターゲットとなっているのかを調べてみました.そのトップ10がこちら.

ノーバン記事トップ10(筆者作成)
ノーバン記事トップ10(筆者作成)

始球式で投げたボールがノーバンかどうか最も話題にされていたのは石原さとみさんでした.石原さん以外のトップ10のほとんどに女性のタレントさんが並んでおり,やはり特定の意図があって記事のタイトルがつけられているんだろうなということをイメージさせられます.そんな中なぜか入ってきているのが,大谷翔平選手.基本的には大谷翔平選手が始球式を行ったという話ではなく,大谷翔平選手が関係する試合での始球式に関する話題がほとんどでした.

ちなみに,「履いてますよ」で有名なとにかく明るい安村さんは3件でした.安村さんが「本当に履いている」かどうかに興味は持たれていないと各紙は判断しているのでしょう.

終わりに

というわけで,釣りタイトルの代名詞ともいえる「ノーバン記法」についてニュース記事を調べてみました.

間違えてノーバン記事を読んでしまったところで大きく損をするわけでもなく,単に引っかかってしまったなと思う程度ですし,すでにパターン化しているということから読む側も「分かって読んでいる」面も少なくないと思われ,罪は少ない記事なのかもしれません.しかし,同様の釣りタイトルというのは他にも存在しています.

現在はアテンションエコノミーの時代と呼ばれており,記事を閲覧されることがメディアにとって収入に直結するため,あの手この手で記事が閲覧されるように工夫がされています.釣りタイトルはその一環であり,読者をだます行為ともいえるためあまり推奨される方法ではありません.

このようなアテンションエコノミー下で,適切な見出しと適切な記事を期待するのは難しいかもしれませんが,このような記事タイトルを使ってしまうことによって,メディアの信頼が損なわれている可能性があります.

現在日本のメディアへの信頼度は国際的にも高いと言われています.しかし,このような釣りタイトルの記事を見た読者はその後ちゃんと同じメディアを信頼し続けることができるんでしょうか?短期的な広告収入を目指すのか,長期的な読者の信頼を得るのか,メディアの経営判断が問われるところでしょう.

メディア信頼度(令和3年度情報通信白書より)
メディア信頼度(令和3年度情報通信白書より)

なお,ノーバン記事については,スポーツ新聞だけの特権ではなく,大手新聞社もノーバン投法を使った記事を少ないながらも配信しています.例えば,読売新聞で4件,朝日新聞で2件,毎日新聞で18件ノーバン記事がありました.大手新聞社もアテンションエコノミーに巻き込まれていることは知られています.実際どの程度のクリック率が見込まれるものなのかはわかりませんが,タイトル詐欺と言われるようなフォーマットは避けたほうが良いのではないでしょうか.

ちなみに,読売新聞の最新ノーバン記事のタイトルは以下の通り.

「デーモン閣下、広島Vへ気合のノーバン投球」

おお,なるほど,10万55歳(当時)の閣下がノーバウンドで始球式を行ったことはニュースバリューがありそうです.ノーバン記事だからとすべてニュースバリューが無いわけではないのかもしれません.

東京大学大学院工学系研究科教授

2004年東京工業大学大学院理工学研究科機械制御システム工学専攻博士課程修了(博士(工学)),2012年より東京大学大学院工学系研究科准教授,2021年より現職.計算社会科学,人工知能技術の社会応用などの研究に従事.計算社会科学会副会長,情報法制研究所理事,人工知能学会前編集委員長.人工知能学会,電子情報通信学会,情報処理学会,日本社会情報学会,AAAI各会員.「科学技術への顕著な貢献2018(ナイスステップな研究者)」

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