桂文珍&野村太一郎、落語と狂言“話芸”の未来を語る「効率主義とは相反する豊かさ」
室町時代から伝わる日本最古の伝統芸能「狂言」と日本の伝統文化のひとつ「落語」。そんなふたつの日本伝統の笑いをつなぐ話芸が、東京・銀座の二十五世観世左近記念観世能楽堂で『狂宴御芸~狂言お笑い共宴~』としてぶつかりあった。登壇したのは、野村萬斎に師事し、次世代の狂言界を担う若手狂言師・野村太一郎と落語界のレジェンドであり巨匠・桂文珍。観客を圧倒する共演のあと、エンタテインメントとしての狂言と落語の未来や振興について語り合った。
■落語と狂言の“立ち会い”が観客に伝えた伝統芸能の豊かさ
ーー初めての狂言と落語の共演イベントでした。
【野村太一郎】文珍師匠の落語を大変おもしろく聞かせていただき、そのあとの出番でしたので、不安と期待を覚えながら舞台を務めました。狂言は形をある程度のものから変えられませんので、昔から続いている伝統そのままをお見せしましたが、やはり普遍的かつ現代的なものをタイムリーに取り入れて観客に寄り添う落語との違いを感じました。
今回のイベントの特徴は、“話芸”でつながっていたこと。芸能が同じ舞台で競い合っていくことを“立ち会い”といいますが、話芸の立ち会いだと思って務めました。
【桂文珍】こういう場所(能楽堂)で、異なる分野の方とお仕事をできることの緊張感と、どうなるんだろうという期待感がないまぜになっていましたが、やはり化学反応が起きておもしろい色合いが出せたと思います。
コロナ禍のなか、人と会えない、話せない寂しい世の中ですけど、演目の会話や掛け合いから、本当の心の豊かさを共有できた場であったのではないでしょうか。
ーー野村太一郎さんは狂言『佐渡狐』と『蝸牛』。桂文珍さんは狂言を意識した新演目『商社殺油地獄』を演じられました。狂言には“勘違い”や“取り違い”から話が成り立っていく、日本の喜劇の原型のようなものが脈々と流れているのを改めて感じました。
【桂文珍】能や狂言は、いまの時代のテンポとはずいぶん違います。しかしながら、本来の日本人の肌に合う豊かさを感じられる音や表現だったりするということを感じました。効率主義とは相反する世界。それは、観客が豊かさを実感できる芸能なんだと思います。狂言には笑いの基本となるものがたくさん入っていて、参考にさせていただいています。
■先進的な時代に逆に遡っていくことで新しいものを再構築する
ーー野村太一郎さんの2004年に他界された父・故五世野村万之丞(八世野村万蔵)さんは、劇と音楽と美術の融合を夢として語っていました。ご自身がその夢を実現したいという気持ちもありますか?
【野村太一郎】和楽の世界は、豊かな日本人の和の精神を探究していくもの。いまは演劇もどんどん先進的になっていく時代ですが、逆に遡っていくことで、昔のものを新しく再構築した劇を作っていくことができると思っています。どこまでできるかまだまだわかりませんが、やってみたいという心持ちです。
ーー古典と新作を両輪にしていくのでしょうか。
【野村太一郎】新作能『白雪姫』(DVD発売中)は、狂言師でありながら能を演出した極めて異例の演目でした。おそらく初めてのことだと思います。もちろん能、狂言だけではなく、新しい演出という意味では、これからも新作を作ることも視野に入れて活動をしていきます。
狂言という古典を軸にして、逸脱しない範囲でいろいろなことをやって、最終的には能、狂言に帰着することを目的にさまざまな取り組みをしていきたい。「歳を重ねるごとにだんだんと狂言に戻っていきたい」と父も申しておりました。自分もそれを実現できたらうれしいです。個人としてはさまざまなジャンルの活動をしていきたい。狂言の既存のファン、新しい観客も楽しめる“エンタテインメントの演劇”として、いまよりもさらに確立させていくことを目的に精進していきます。
【桂文珍】古典はよくできたものだから残っています。しかし、古典だけでよいのか。いまの時代を生きる人に新しい観客になってもらうために、おもしろいと思っていただく入り口を設けるための新作も大切です。新しいものを作りながらも、古典を大事にしていくというスタンスが必要になってくると思います。たくさんの方々に応援してもらえる、いい狂言が生まれることを祈ります。
ーー吉本興業が野村太一郎さんの活動をサポートしていくことも発表されました。
【野村太一郎】能楽、狂言1本で修行を積んできた身であり、なかなか外の世界と関わることがなかったので、楽しみである一方、未知の部分がたくさんあるので不安もあります。エンタテインメントへの着手に、狂言を含めた個人的な芸能活動をいかにマッチしていけるか。個人としては新たな世界に旅立つイメージです。やることは変わらなくても、能や狂言が新しい客層と出会えたり、海外を含めたいろいろな分野に発信していくことができると思います。吉本興業とともに日本の伝統文化をさらなるエンタテインメントとして展開していくことを望んでいます。
野村太一郎
能楽師狂言方和泉流(もしくは和泉流狂言師)。1990年東京生まれ。
加賀藩前田家のお抱えだった名門・野村万蔵家に生まれる。父は故五世野村万之丞(八世野村万蔵)。1993年、3歳で「靭猿」子猿役で初舞台を踏む。2004年、14歳のときに父・万之丞を亡くし、現在は野村萬斎に師事する。2005年、急逝した父・万蔵の跡を受けて「三番叟」を披く。2007年に「奈須与市語」、2013年には大曲「釣狐」を披き、狂言方のホープとして注目されている。