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なぜ井上尚弥は挑戦者にタイ人を選んだのか? 米国人2人が対戦を拒否した事情

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
世界が注目する井上尚弥の動向(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

2年1か月ぶりの日本リング

 パウンド・フォー・パウンド最強ボクサーの階段を駆け上がるWBAスーパー・IBF統一バンタム級王者井上尚弥(大橋)の次回防衛戦が12月14日、東京で行われることになりそうだ。相手はIBF6位アラン・ディパエン(タイ)。先週末IBFの公式サイトが発表した。会場は両国国技館が有力だという。井上にとってはWBSS(ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ)決勝で激闘を演じたノニト・ドネア(フィリピン=現WBC王者)戦以来2年1ヵ月ぶりの日本リング登場となる。

 バンタム級の全ベルト統一を目標に掲げる井上は、WBO王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)、ドネアとのリマッチあるいはドネアvsカシメロの勝者との大一番が待望されている。しかしカシメロ、ドネアに対し相次いで指名試合が通達されたため、彼らとの対決はお預けになってしまった。両者が義務(指名試合)を果たして井上戦が早期に実現することを期待しつつ、まずは12月の試合のパフォーマンスに注目したい。

 対戦者のアラン・ディパエンはケンナコーン・GPPルアカイムックのリングネームを持つ30歳。これまでの戦績は12勝11KO2敗。2019年6月、後楽園ホールで荒川竜平(JBS)にスーパーフライ級6回戦で2回TKO勝ち。2敗はプロ3戦目でロシアに遠征したときの判定負けと19年9月、英国シェフィールドでWBCインターナショナル・シルバー・スーパーフライ級王座決定戦を行い、トミー・フランク(英)に2-1判定負けしたもの。デビューした19年だけで10試合戦っていることが目立つ。今年3月タイで、IBFパン・パシフィック・バンタム級王者に就いたことがランキング入りの理由となった。

 いずれにしても井上の盤石ぶりからディパエンが何ラウンドまで持ちこたえるかが着眼点となる。井上がベルトを失う要素はアクシデント以外、全くないと断言できるだろう。だが久々に日本のファンに勇姿を披露することは歓迎したい。

なぜ米国人2人は対戦を拒否したのか?

 一部報道によると井上陣営はWBAランキング上位の2人に米国開催のオファーを送ったという。一人は1位のルーシー・ウォーレン(米)。もう一人は2位ゲーリー・アントニオ・ラッセル(米)。両者は8月14日、カシメロvsギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)のWBOバンタム級戦のリングに上がった。

 ウォーレン(34歳)は現在井上が君臨するWBAバンタム級スーパー王座の元チャンピオンという肩書があるが、むしろ3大会連続米国オリンピック代表選手の方が通りがいい。井上が初回KOで轟沈したフアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)と1勝1敗で、いずれもクロスファイト。ドネアが5月、WBC王座を強奪したノルディーヌ・ウバーリ(フランス)に判定負けと「井上に挑戦しても…」と前途が危ぶまれる。唯一の光明は8月の試合で中堅どころのダミアン・バスケス(米)に電光石火の2回KO勝利を飾ったこと。非力なテクニシャンからの脱却を印象づけた。

 一方ラッセル(28歳)は、これもWBSS準決勝で井上に2回TKO負けで散ったエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)と何と初回開始16秒で無効試合に終わった。偶然のヘッドバットが発生し、ロドリゲスが昏倒、続行不可能になったもの。WBCフェザー級王者ゲーリー・ラッセル・ジュニアの実弟のラッセルは最近3試合が失格勝ち、負傷判定勝ち、そして今回の無効試合と荒れ模様で不本意な結末が続いている。

頭がクラッシュ。開始早々、無効試合となったラッセルvsロドリゲス戦(写真:Sean Michael Ham/PBC)
頭がクラッシュ。開始早々、無効試合となったラッセルvsロドリゲス戦(写真:Sean Michael Ham/PBC)

 それでも、わずか16秒の一戦を現場で観た感想はアクシデントが発生していなければラッセルが押し切った展開に見えた。返す返すも残念な結果になってしまった。WBAは試合直前に「バンタム級挑戦者決定戦」と認定していただけに、もし勝敗がついていれば、勝者が井上の指名挑戦者に名乗り出る可能性が高かったと推測できる。

 ただラッセル、ウォーレンとも井上を米国でプロモートするトップランク社のライバル、PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)のイベントでリングに上がる。井上挑戦が実現しない背景にはプロモーションの壁が存在する。仮にWBAが指名試合をリクエストしても、すんなりトップランク社が承諾する動きにはならないのである。

 とはいえ実のところ2人とも井上とグローブを交えても勝ち目がないと怯んでいるのがオファーを受けなかった最大の理由に思える。長年ボクシングを取材していると、ランキングのポジションと実力は一致しないと信じるようになる。それでも1位と2位の選手に畏怖される王者はそう多くない。やはりバンタム級で対井上の観戦意欲を刺激される相手はカシメロ、ドネアそして賛否両論があるもののリゴンドウに落ち着いてしまう。

スーパーバンタム級最強が井上と一騎打ち?

 彼らに続く選手としては以前紹介した欧州チャンピオンのリー・マクレガー(英=IBF3位)、まだ荒削りながら序盤の連続KO勝ちで台頭中の強心臓サウル・サンチェス(米)、やりにくさが売り物のアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)といった面々か。このうちサンティアゴがラッセルと11月27日ラスベガスで対戦する。どちらかが印象的な勝利を収めれば、プロモーションの壁があるが、井上戦に前進する可能性が出てくるだろう。

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 さて当日のメインはWBC王者ブランドン・フィゲロア(米)vsWBO王者スティーブン・フルトン(米)のスーパーバンタム級2団体統一戦。5月、悪童ルイス・ネリにフルカウントを聞かせてWBC王者に就いたフィゲロアと1月、WBO王座を獲得したスムーズボクサー、フルトン。勝者がWBAスーパー・IBF統一王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン=11月19日、WBA2位ロニー・リオス(米)と防衛戦)と比類なき王者を争うレールが敷かれている。

11月、統一戦を行うフィゲロアとフルトン(写真:PBC)
11月、統一戦を行うフィゲロアとフルトン(写真:PBC)

 今後も井上が主戦場にするであろうアメリカのファンはモンスターに刺激の強い相手を求めている。カシメロあるいはドネアを撃退した井上が晴れてスーパーバンタム級へ転向。フィゲロア対フルトンの勝者vsアフマダリエフ対リオスの勝者と対決というストーリーになれば最高だろう。もしくはカシメロ、ドネアとの対戦交渉が長引くなら、一気にスーパーバンタム級へ進攻するのもオプションになるはずだ。現在同級のベルトを保持する3人プラス、前2団体王者ダニエル・ローマン(米)、前WBA暫定王者ライース・アリーム(米)らの上位陣も井上の転向を待ち焦がれている。井上をめぐる2022年の展望がますます興味深くなってきた。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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