バイスタンダーだって活躍したい! はい、水難事故現場でできること、あります
水難事故現場では溺者が主役です。陸にいる人たち、すなわちバイスタンダーが「ういてまて」と声掛けし、119番等に通報してもらえれば十分です。でも8月21日に公開したニュースを受けて、「いやいや、もっと活躍したい」という熱い声が寄せられています。はい、その希望、叶えるためのプログラムがきちんと準備されています。
ペットボトルに水を入れないように
8月21日に公開した筆者ニュース「溺者からのお願い ペットボトルに水入れないでください クーラーボックス投げないでください」には、多くの方々が閲覧し、たくさんの感想をいただきました。
今や多くの小学校等でういてまて教室が開かれ、今どきの子供は浮いて救助を待てるようになっています。そして、安定して浮いて救助を待つ人にとって、ペットボトルなどの浮き具を持つことは「なおよい」程度であります。ニュースでは「ペットボトルに水を入れてまで、溺者に渡す必要はない」と解説しました。
世の中、筆者を含めて、熱いバイスタンダーはいるものです。陸にいて、届きもしない空のペットボトルをひたすら投げるよりは、水を少し入れてでも溺者に届けたいと。絶対にやってはいけないですが、その気持ちはよくわかります。「もっと活躍したい」という声、その希望、叶えます。
よりそい(釣り具)
警察庁の水難の概況によれば、死者・行方不明者の行為別数でもっとも多いのが、「魚とり・釣り」で、全体の31.4%でした。そして、海とか川で泳ぐ気がなくても、持ち物に釣り具があったり、近くにいる人たちが釣り具を持っていたり、釣り具は現場に必ずあるものです。
この釣り具を活用することで、溺者に簡単にペットボトルを渡すことができ、補助浮力が溺者につくばかりでなく、流されないようにして救助隊の到着を待つことができます。
図1をご覧ください。釣りをしている親子がいて(a)、(b)間違って女の子が落水しました、(c)陸のお母さんが近くの人に119番通報をお願いして釣り具の先端の仕掛けを全部ペットボトルの中に入れてペットボトルの提灯を作りました、(d)ペットボトルを投げ入れて女の子に渡しました。女の子は流されずに救助隊の到着を待つことができます。
一連の流れを動画1に示します。この動画は、10年ほど前に行われた水難学会の実験の様子で、下流において複数の現役水難救助隊員が救助体制をしくなどの徹底した安全管理のもとで行われています。
動画1 河川における釣り具救助の実験の様子(水難学会提供)
ペットボトルはなんでも使えます。陸から溺者までの距離が10 m以上離れていれば500 mLの小さなペットボトルがいいです。腕がよければ30 mくらい離れた溺者に届けることができます。一方、距離が10 mよりも近ければ、2 Lくらいの大型のペットボトルの方が安定した補助浮力となります。
投げる時には、浮いている溺者よりも遠くに投げます。そして、リールを使って巻きながら、溺者の付近にペットボトルを移動させます。そして溺者にペットボトルを確保してもらいます。確保が確認できたら、ゆっくりと時間をかけてリールを巻いて、岸に溺者を近づけます。川など流れがある場合は、何もしなくても溺者が岸に自然と近づきます。
もし目標を外したら、すぐにリールを巻いて、投げなおします。また、近くに釣り具を持っている人にも協力してもらって、大人数でペットボトルを投げ続けます。
なお、水難救助とは溺者を陸に上げて完遂です。従って、以上の行為は「救助」ではなく、「よりそい」と言います。水難学会のういてまて教室やよりそい教室で習うことができます。
入水救助(認定を得ること)
もっと熱いバイスタンダーは、「入水して救助したい」と思います。溺者が不安定な浮き方で、もう少しで沈むかもという緊急事態であれば、入水救助というやり方が選択できます。筆者は普通にこの手段を取りますし、取って救助してきました。
入水救助をしたいのであれば、日本赤十字社が展開する、赤十字水上安全法救助員養成講習会を受講し、最終試験に合格して救助員の認定を受けてください。(注)実はそれでも不安があり、できれば研さんを積んで、水上安全法指導員の認定を受けるところまで進んでほしいと思います。
図2をご覧ください。水上安全法講習会の様子を示します。溺者の状態がいよいよ危ないという時、(a)順下という方法で顔を水に没することなく、入水します。そして(b)顔をあげながら溺者を確認しつつ、接近します。(c)溺者に近づいたら一定の距離をとり観察し、その後(d)チンプルという手法で溺者を確保します。岸に向かいつつ、(e)溺者を運搬法にて確保しなおし、陸に運びます。岸に到達したら、陸にあがることができなければ、自分も要救助者として溺者とともに救助隊に救助されます。
バイスタンダーの命を守るのに、この一連の実技が重要ではありません。もっとも重要なのは、図3に示す立泳ぎの技能です。立泳ぎによって半永久的に浮いて呼吸ができる能力、そして自分と溺者の2人分を浮かすことのできる能力を備えていなければなりません。このような立泳ぎの技能を習得していなければ、入水救助は絶対に試みてはなりません。ちなみに、図3の様子は立泳ぎ開始3分後です。現役バリバリの水泳部員でさえ、2人ほど沈水寸前になっています。深さは1.4 mですが。
動画2のように、衣服を着用したまま入水救助を行うと、現役の水泳部員で強靭な体力と泳力をもってしても、途中脱落となります。搬送できてせいぜい10 mです。いくら熱い志をもっても、それだけではダメです。現実に合わせた厳しい訓練を行い技術を磨いていないと、こんなこと、できません。
動画2 着衣状態で溺者を陸に搬送する訓練の様子。現役水泳部員で、しかも4日間の専門的講習会を受講しても、10 mも搬送できません。溺れている人を見て、着衣状態で泳いでいって、助けようなど、妄想中の妄想です。溺者がライフジャケットを着ていても結果は同じです。こうやって救助者が命を落とします。(筆者撮影、8月24日追加)
結論
熱い気持ちはわかります。それなりのものを水難学会や日本赤十字社では準備しています。冷静になって、ういてまて教室で浮いて救助を待てるように練習するか、釣り具を使うような安全確実なよりそい方法を学ぶか、厳しい訓練を経て熱いバイスタンダーとして入水救助を敢行するか、いずれにしても選択判断するのはあなたです。
追伸 ライフジャケットを着用すべきと盛り上がっています。その通りです。ただ、ライフジャケットを使う場面は、水難救助対象案件です。ライフジャケットを着ていれば安心ではありません。動画2のように、へたすると周囲を巻き込み死亡事故が起きます。「使ったら緊急事態」という認識で合意形成ができない限り、ライフジャケット云々の前に、川で泳がないという原則を徹底すべきです。どうしてもというなら、膝下まで足を水に浸ける程度、不用意に歩き回らないこと。
【参考】安全に遊べる川はほぼない、思わぬ惨事に巻き込まれたケースも 川遊びの「怖さ」を解説
注 平成30年度では全国で水上安全法講習会(短期・指導員養成)を受講した人は70,151人、平成31年3月31日現在の救助員資格保持者は8,931人です。今年度は新型コロナウイルス感染拡大防止のために、全国的に救助員養成講習会が行われていません。早い収束を願うばかりです。