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9月入学騒動はいまどうなっているのか―2020年の政治災害を振り返る

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
消火活動は終わっていない(写真:アフロ)

1.9月入学騒動ここまでの経緯

―教育再生実行会議と全国知事会は議論継続

―政治災害は「まだ消火作業中」

 2020年も残すところあと4日となりました。

 Yahoo!オーサーとしてこの1年を振り返って、忘れられないのはやはり9月入学問題です。

 9月入学騒動については全国知事会と安倍前総理の責任に言及せざるを得ません。

 4月28日全国知事会の提言に端を発し、一斉休校やコロナ対応の失策で政治的求心力回復を意図した安倍総理および官邸が政治的レガシー(遺産)づくりのために、9月入学の検討を関係省庁に指示したことから、世論を二分する大騒動となりました。

図1・Yahoo!みんなの意見・「9月入学」について、どう思う?より
図1・Yahoo!みんなの意見・「9月入学」について、どう思う?より

 Yahoo!オーサーの田中良昭さん妹尾昌俊さんおおたとしまささんも、9月入学には4月末から5月初頭の早い段階から冷静に反論を展開されていました。

 6月までの9月入学の見送りの経緯はNHK・「9月入学」なぜ見送りに、にて簡潔にまとめられています。

 私自身も下記の記事を公表したり、日本教育学会「9月入学・始業制」問題検討特別委員会の委員として、当初賛成派が多かった世論に対し、6兆を越えるコストや子どもたちへの負の影響を考えれば、およそ現実的とはいえない政策案であることを示し訴えてきました。

※末冨芳・火事場の9月入学論は危険だ/先進国で最も遅く義務教育を始める「コロナ入学世代」への懸念―コロナ危機の今、進めるのか?、1次効果も薄く2次被害の大きい政策オプション(Web論座・5月2日記事)

※末冨芳・【9月入学は政治災害になりかねない】新1年激増?、学びの空白、超少子化加速【子ども若者の混乱と犠牲】(Yahoo!個人・5月11日記事)

※日本教育学会・「9月入学・始業制」に関する提言書の提出と記者会見について(5月22日)

 5月20日オックスフォード大学の苅谷剛彦教授らのチームも、5月20日に「理想論・感情論ではなく、しっかりとした議論を行うための材料を提示する意図で」、「9月入学導入に対する教育保育における社会的影響に関する報告書」を公表されました。

 くわえて#9月入学本当に今ですか?、という署名キャンペーンを子ども若者支援団体や教育関係者、研究者中心とする慎重派のみなさんとともに立ち上げました。

図2 9月入学本当に今ですか?Change.orgホームページより
図2 9月入学本当に今ですか?Change.orgホームページより

 署名キャンペーンは、教育保育関係者や保護者を中心に強い不安を感じるみなさまの声を官邸・自由民主党・公明党にお届けする手段とするために、有効に機能いたしました。

 賛同人のみなさま、ご協力いただいたみなさまにこの場を借りて御礼申し上げます。

 5月25日・自由民主党の小林史明青年局長(当時)を中心に自民民党議員有志60人以上が拙速な議論に反対すると共に、慎重な検討を求める提言をとりまとめて、岸田文雄政調会長と稲田朋美幹事長代行に申し入れもしてくださいました。

※小林史明衆議院議員ホームページ・「9月入学制度」の課題と子供たちの学びの保障に関する提言(5月25日)

 6月1日には当初から9月入学には慎重であった公明党が、学びの保障を重視する「Withコロナからポストコロナを見据えた子どもの学びの確保支援について―子どもたちの学びと生活を支えるために―」を総理に提出してくださいました。

 翌日、6月2日自由民主党秋季入学制度検討ワーキングチームの座長である柴山昌彦前文部科学大臣が、安倍総理に「今年度・来年度のような直近の導入は困難だ」として、事実上の見送り提言を提出いただき、直近の9月入学はなくなりました。

 しかしながら、5月の一か月を9月入学騒動でロスしたことのダメージは、とくに受験生にとって甚大なものでした。

 文科省と大学・高校団体が例年5月に行う協議により、6月初頭には公開されるはずの推薦入試を含めた日程を定める「大学入学者選抜要綱」の協議が、9月入学の検討を理由にできなくなってしまったのです。

そのため共通テスト・総合選抜型(いわゆるAO)入試、学校推薦型入試、一般入試の日程や対応に大きな混乱を来したのです。

 私自身もその状況を問題視し、以下のような指摘をしました。

「9月入学の議論に時間を割いてしまったことで、大学入試をどうするのかという差し迫った問題が先送りにされてしまいました。安倍総理が9月入学を検討すると言った以上、文部科学省も対応せざるを得なくなりました」

「夢物語のような9月入学論への対応に文部科学省や大学・高校関係団体のリソースが割かれてしまいました。本来すべき入試などへの現実的な対応を急ぐことが、政治的に許されなかったことに、選抜要綱が遅れている根本的な原因があると思います」

※横山耕太郎・大学入試いつになる?翻弄され続ける受験生。9月入学議論で対応の遅れ指摘も(BUSINESS INSIDER・6月9日記事)

 9月入学騒動は受験生だけでなく、教育保育関係者や乳幼児の保護者など、子ども若者に関わり、子どもたちを大切にしているみなさんに大きな不安を与えてしまうことになったのです。

 教育保育関係者や子育て世代の保護者のみなさんの中には、まだ政府等での9月入学の議論が継続されていることをご心配の方もおられるでしょう。

 実は、9月入学問題は、官邸・教育再生実行会議と全国知事会での議論が継続されており「まだ消火活動中」の状況です。

 6月以降に9月入学(秋季入学)について、いまどのような議論が行われているのかについて、整理していきましょう。

2.教育再生実行会議

―大学は入学時期の多様化へ

―幼稚園・義務教育段階の9月入学は難しい

 教育再生実行会議は、初等中等教育ワーキング・グループ(WG)と高等教育WGのそれぞれで、秋季入学についての議論が進められてきました。

 12月16日にはじめて、初等中等教育WGと高等教育WGの合同会議が開催されました。

 教育再生実行会議担当官僚からの状況説明が次のようにまとめられています。

秋季入学について、大学の入学時期の多様化は望ましいという意見が多かった一方、幼稚園や義務教育課程は、性急な変更は難しいという意見が多かった。特に幼稚園は、幼児期の半年の差は教育内容に大幅な差が出てしまうとの指摘が出た。

※日本教育新聞「大学の入学時期、多様化が望ましい 教育再生実行会議」(12月21日)

 実際に、初等中等教育ワーキンググループでは、9月入学(秋季入学)に関する議論自体がほとんどされていません。

 文部科学省も問題整理をしていますが、100万人の未就学児、移行学年の小1が1.4倍にふくれあがり教室不足・教員不足を引き起こす、保護者の教育費負担、医師・看護師等の人材供給遅れなど課題はあげればキリがないのです。 

 教育再生実行会議の提言は来年5月の予定ですが、幼児教育と義務教育については、断念かそれに近い判断が行われる可能性が高いと、考えています。

図3・教育再生実行会議・合同ワーキング・2020年12月16日資料
図3・教育再生実行会議・合同ワーキング・2020年12月16日資料

 いっぽうで高等教育ワーキンググループでの議論も9月入学への一律移行ではなく、4月・9月など通年入学を前提とした議論が主流となっているように見えます。

 主な意見は次のようなものです。

○ 9月入学を推進することが9月にしか入学できないという制度にしてはならない。大学の入学と卒業の時期を柔軟化することで大学の国際化を実現することが重要。

○ 今の受験の時期は、日本で一番気候が悪い。一斉に春入学、秋入学と決めるのではなく、5年程度の移行期間を設けてどちらでも選べるようにすることで、自然に秋入学へ誘導していくことが好ましい。年に2回入試を実施するのは手間もかかるため

○ クォーター制を導入している大学は5.5%しかないということだが、課題より意義・メリットの方が多いように見受けられる。オンライン授業が増える中で、カリキュラムの見直しなど校務さえやれば導入できるのではないか。クォーター制の導入が進めば、4月入学を維持したままで学事歴を多様化することができる。これが現実的な選択ではないか。

○ 秋季入学の学生について、インターシップや就職をどうするか頭を悩ませている。マッチングの問題も併せて議論することが必要。

○ 初等中等教育段階にある子供たちにとって秋入学のメリットが弱いように感じる。先を見据えた取組であるということがもう少し下に浸透していくのには時間がかかる。

※「教育再生実行会議高等教育ワーキング・グループにおけるこれまでの主な意見の概要」pp.13-15(2020年12月16日)

 つまり大学についても、全大学一斉に9月入学という議論ではなく、クオータ制(4学期制)や4月と9月の年複数回入学・卒業など、入学卒業時期の多様化が議論されている状況です

3.全国知事会

―大学は4月プラス秋季入学を検討

―高校は「4 月を 9 月にする」という一斉・一律ではなく高校3.5年案を提示の意見も

 さて、9月入学を最初に提言した全国知事会の検討状況は今どのようなものになっているのでしょうか。

 全国知事会は「これからの高等学校教育のあり方研究会」(座長・鈴木寛慶応義塾大学教授)なる組織を9月2日たちあげ、10月26日に第2回会議、12月18日に第3回会議を開催しています。

 第3回会議では「これからの高等学校教育のあり方に関する提言骨子(案)」が示されていますが、そこには不思議なことに9月入学(秋季入学)の記載がありません。

 かわりに以下のような記述があるのみです。

〇 生徒の希望や能力により修業年限の延長が可能となるよう、学校教育法56 条を改正し、高等学校の修業年限を、すべての課程について「三年以上」とすること

※全国知事会・「これからの高等学校教育のあり方に関する提言骨子(案)」より

 これが具体的に何を意味しているのかは、同研究会の「これまでの主な意見の概要」を確認するとあきらかになります。

 以下、9月入学(秋季入学)に関連する意見を抜粋しました

≪3月卒業に加え、卒業時期を柔軟化≫

○高校生の中で早く卒業する人が出てくると、高校の経営に大きな影響を及ぼすことになる。特に、進学校ほど早期に授業が全部終わってしまい、2.5 年で卒業ということになりかねない。

○飛び級については既に現行制度でできる。あえてここで蒸し返す必要はない。

○「4 月を 9 月にする」という一斉・一律の考え方ではなく、柔軟化という方針に賛成。学習の方法や内容に関しては個別最適化という方向性があるが、そうなると学ぶ時期についても個別最適化という方向になるのは自然。究極は、好きな時に入学して、好きな時に卒業するということになるだろうが、ある程度は区切りがないと社会的に対応しにくい面はある。

≪生徒の希望により修業年限(学ぶ期間)を柔軟化≫

○修得主義については、修得した内容を単位にしていくということだと、修得できない生徒はいつまでも残るということになる。学力が低い状況にある生徒たちが、自分の力を伸ばしていける個別最適化された学びがしっかり担保された上での修得主義ということであればいい。学力の低い人は切り捨てられていくということがないようにする必要がある。

○「学びの基礎診断」導入とともに、2022 年から始まる新学習指導要領の中で、中学校までの学び直しを高校で実施する時間をしっかり確保することになった。学び直しが必要な生徒に対してしっかりと修得・定着させようとなると 2 年ぐらいかかる。そうなると、結局 3 年間で収まるのかという話になってくる。

 つまり、学校教育法56条改正というのは、高校を3年だけでは学力が不足する生徒たち、あるいは学びが不十分だと自分で判断した生徒にもう半年学ばせて、3.5年かけて卒業させようとする政策であることがわかります。

 9月入学というよりは、卒業時期の柔軟化という案になっています。

 教育再生実行会議での議論と同様に「4 月を 9 月にする」という一斉・一律の考え方ではなく、柔軟化という方針に賛成という意見もあります。

 高校3.5年は実現可能性は今の時点ではよくわかりませんが、9月入学賛成派の中には、学校で十分に学べないことへの不安を訴える生徒・保護者がおられたはずです。

 高校3.5年案は、そうした学びの不安を感じる生徒が、自身の選択でさらに半年学べる仕組みを作るという意味では、9月入学騒動の中での高校生の声にも着眼した可能性のあるユニークな案であるとも言うことができます。

 大学入試ではやはり、教育再生実行会議と同様に4月に加えて9月入学、もしくは入学時期の多様化についての意見が主流となっています。

≪4月入学に加え・秋季入学の拡大≫

○大学の秋季入学を実現していくために高校以下の学事歴を全て変えるということではなくて、大学の入り口を柔軟化するということで対応していければよい。始業時期が 9 月でない国でも対応できるよう入り口を柔軟化し、4 月も 9 月も入学できる状況にすることが望ましい。

○9 月入学一本に絞るのではなくて大学の入学と卒業の時期を柔軟化することこそ重要。

 ここまでの全国知事会の議論をまとめると、9月入学はもはやメインの検討課題ではなくなっていることがわかります。

 高校生が自身の状況に照らし合わせ3.5年かけた卒業を可能にするなど、一斉一律の9月入学といった考え方ではなく、個々人の知識スキルの習得に焦点を置いた議論が展開されている点に、全国知事会の議論の進歩を感じます

 大学のみ9月入学移行のメリットについては赤林英夫慶応義塾大学教授が、大変興味深い試算を公表しておられます。

 専門家の知見や推計、政策のフィージビリティ(実現可能性)を勘案しながら、高校教育のあり方について考えることはとても重要なことであると思います。

 提言にむけて全国知事会にも、そうした姿勢を期待したいと思います。

※赤林英夫・「大学のみ9月入学移行政策」の費用便益分析――大学9月開始の最大のメリットは教育の国際化ではなく高校教育の充実だ(SYNODOS・9月25日記事)

4.高校入試・大学入試は通常実施+救済措置の確認で対応を

 高校入試・大学入試については、通常通り実施を前提に、各学校は動いています。

 受験生のみなさんは感染症リスクを下げることが例年通り求められます。

 受験志望校のHPなどでの情報の確認をしておくことも重要です。

多くの高校・大学が、万が一新型コロナウイルスに感染してしまった受験生のために追加試験や、試験日程振替などの救済措置を設けています。

 私の勤務する日本大学でも、一部試験の追加試験、試験日程の振り替えや受験料の払い戻しなど、例年以上に柔軟な対応を行っています。

 心配な場合には、直接受験志望校に問い合わせしてみることも重要です。

 今の私の、受験生のみなさんにむけての思いは、5月28日記事と変わりません。

 不安の中で頑張るみなさんを応援しています。

 高校3年生、中学3年生世代のみなさんは、休校期間中もコツコツと学びつづけていた人も多いと思います。少しだらだらしてしまった人もいるかもしれません。

 でも今から集中すれば、きっと入試の瞬間に十分に力を出せると思います。

 入試のスケジュールが見通せない現在ですが、例年通りのスケジュールを前提に、計画をたてて、コツコツ頑張ることが大切です。

 進路に関して不安なことは学校の信頼できる先生や、友達に相談しましょう。

 人にいいづらいモヤモヤはオンラインでの相談もあります。

 私は大学教員ですが、来年の春と、そして政府方針次第で場合によってはその後にも新入生のみなさんを迎え入れるために、入試や入学後のサポートを含め最善の努力をつくしたいと思います。

 3年生のみなさん、応援しています!

最後に:9月入学を「オワコン化」させたことがレガシー(遺産)

―入学・卒業時期の柔軟化、学びの多様化こそ今の日本に必要な政策

 最後に、もしもこの9月入学騒動という政治災害に何か意味があったとするのならば、それは、教育再生実行会議や全国知事会でも指摘されたように、「4 月を 9 月にする」という一斉・一律の考え方ではなく、柔軟化という方針のほうが、いまの日本には適した方略だという到達点に官邸・知事会といった主要政治アクターが到達したことでしょう。

 言い方を変えれば、9月入学をオワコン化させたことが、レガシー(遺産)だとも指摘できるのかもしれません。

 とはいえ私自身は9月入学騒動については、悲しい思いとともに振り返るしかないのです。

 この政治災害は一部知事や官邸官僚の突発的な思いつきにより、コストに見合わない政策を推進しようとし、世論を分断し、受験生への対応などもっとも重要なことを置き去りにしました。

 またその愚かな思いつきを必死で止めるために、日本の誇る多くの教育学者の時間も浪費しました。

 私自身も9月入学の政治災害を必死で止めるために、子どもの貧困対策での政府や支援団体との協働、オンライン学習を提供したい学校・教育委員会の支援、私自身が教える大学生との大切な時間の多くを犠牲にしました。

 もう二度とこのような政治災害を起こさない良い政治、良い民主主義の日本であってほしい。

 思いつきで、子ども若者、保護者や国民を振り回すのではなく、子ども若者や社会的弱者に寄り添う優しい社会であってほしい。

 9月入学騒動を経て、一年の最後に私が願うことはこのようなことであることを明記して、記事を終わりたいと思います。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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