自民党総裁選、こども・若者・教育政策が迫力不足―無償化・所得制限撤廃・年少扶養控除・保育教育の質
少子化の深刻化・人口減少が国民の不安をかきたて、国家的課題となる中で、立憲民主党代表選で野田佳彦新代表が選出されました。決戦投票の演説で「教育の無償化に大賛成」、「子どもの育ちは社会が支える」、「親ガチャを死語にする」と野田代表は力強く明言されました。野田代表だけでなく全ての候補が、高等教育の無償化・学校給食の無償化を掲げ、子どもの貧困・若者の貧困や格差改善策についても、具体的で迫力のある議論が交わされました。
国民民主党も、衆議院議員選挙に向けて、国民民主党2024年重点政策を公表しました。
子育て当事者の要望の強い年少扶養控除復活、子育て・教育、奨学金に関わる所得制限撤廃(当事者が苦しむ障害児支援の所得制限撤廃を含む)など、若者や子育て当事者のニーズを反映した、迫力ある政策方針が示されています。
いっぽうで自民党総裁選では9人もの候補が乱立しており、こども・若者・教育政策について、議論が深まらないままです。
現役世代の社会保険料負担軽減などの、若者や子育て世帯にとっても重要な政策は提言されていますが、当事者が真剣に求める保育・教育の無償化と所得制限撤廃、年少扶養控除の復活(こども減税)、子どもたちが安全安心に育つ保育教育の質の改善などに関する議論は、質量ともに不足しています。
このままでは自民党の総裁選出後の衆議院議員選挙の公約でも、こども・若者・教育政策については、党としての方針が集約されないまま、岸田政権よりかえって取り組みが後退する懸念すらあります。
この記事では、こども・若者・教育政策に関して、自民党総裁選で、なぜ迫力不足なのか、これまでの主要ポイントを振り返ります。
そのうえで、自民党が迫力不足を克服するために、こども・若者・教育政策について明確化しなければならない論点の整理をしていきます。
1.自民党総裁選、こども・若者・教育政策が迫力不足
(1)奨学金問題、若者の不安に向き合いきれない9候補
私自身が、自民党総裁選の迫力不足を感じたのは、2024年9月16日に金沢市で開催された自民党女性局・青年局主催の公開討論会でした(1:44~1:52のやりとり)。
「友人と話していると40歳まで奨学金返済が続く中で、結婚や子育てができるのか」という不安を学生部の若者が質問していました。
この質問に対して、限られた時間の回答ではありましたが、9人の候補のいずれもが若者の不安に向き合いきれていなかった、と判断せざるを得ないのです。
簡単に言うと、今の若者の奨学金返済に際してたとえば所得・住民税控除ができるなどの負担軽減策や、若者たちが親になって子どもを産み育てても大学まで無償化を目指す、などの安心材料が示されなかったのです。
石破候補は「親ガチャという言葉が嫌い」、「(大学を)可能な限り無償化したい」と明言されていましたが、同時に「国民の税金で学校を出たならそれにふさわしい勉強・仕事をしてほしい、国民のお金で教育を受けるなら活かす仕事をしましょう」とも発言されていました。
どのような大学の無償化策なのか、この発言だけでは具体策が見えません
加藤勝信候補は、地方の大学進学者の返済免除、地方の大学の授業料免除など、地方創生と絡めた学生支援策を述べておられました。
茂木敏充候補・河野太郎候補は所得連動返済型奨学金(J-HECS)の導入を提言されていました。上川陽子候補も返せる時期が来たら返せる仕組み、障害にならないような返済の在り方を提言されており、似たお考えを持たれていると判断しています。
林芳正候補・高市早苗候補は、返済を減らすこと、卒業後に事情が変わった場合に、返済不用の奨学金に切り替えられる仕組みなどを提言されていましたが、やはり今、奨学金返済をしている若者に届く政策であるのかが言及されていません。
小林鷹之候補・高市候補は、民間企業による(奨学金の代理)返済に対する税控除の拡充を提言しておられましたが、実際にその恩恵を受けている若者は少数派であり、民間企業による奨学金返済支援をどの程度拡大すれば良いのかなどの具体策にはまだ踏み込めていません。
小林候補・小泉進次郎候補は、国費による日本から海外の留学生拡大を提言されており、重要な政策ではあるものの、大多数の若者は日本国内の進学で奨学金負担に苦しんでいる実態とはずれた回答となっていました。
(2)給食・こども医療費・出産無償化を掲げる加藤勝信候補、上川陽子候補、石破茂候補
迫力不足の自民党総裁選の中で、注目されるのは、給食・こども医療費・出産無償化を掲げる加藤勝信候補、上川陽子候補です。
お二人とも少子化担当大臣を経験され、こども政策、子育て支援政策に理解が深く、特に加藤勝信候補は、自民党こども若者輝く未来実現会議座長として、こども政策に深くかかわってこられただけに、自民党がすぐに取り組むべきであり、実現性も高いと判断される無償化策を掲げられていることは、子育て当事者や妊娠・出産を考えている若者にとっても安心材料の一つとなるでしょう。
上川陽子候補・石破茂候補は、私が理事をつとめる子どもの貧困対策団体を含む子ども子育て3団体が全総裁選候補に要望した、妊娠・出産・子育てをつなぐ支援を重視されていると報道されています。
※時事通信「現役世代の負担減争点 社会保障、財源論は深まらず 自民総裁選」(2024年9月23日)
(3)保育・教育の質については具体策を掲げる候補はいない
自民党総裁選では、子育て世帯の負担軽減の無償化の議論が迫力不足であり、現役世代の手取りを増やす社会保険料負担など、「お金の話」に議論が偏っています。
実際に子育てをしていると、都市部ではまだ待機児童・隠れ待機児童も解消されていない上に、保育士不足や教員不足が全国的に慢性化しています。
子どもを産んでも育てるのに不安も強い日本なのです。
とくに保育・教育の質については具体性のある公約を掲げる候補は、公開討論会等を確認してきましたが、小林鷹之候補が9月16日公開討論会で教員の待遇改善や学校施設への投資を強調されたのを確認できた程度で、子どもたちの成長により効果がありOECDも重視する保育の質保障については、自民党総裁選の論点にすらなっていません。
子どもは国の宝、と強調する議員も多い自民党なら、保育の質保障、保育士待遇改善に取り組むことを重視しないことのほうが不思議です。
(4)所得制限撤廃、年少扶養控除復活、若者や子育て当事者の声に向き合っていない
自民党総裁選が、こども・若者・教育政策について迫力不足なのは、若者や子育て当事者の声に向き合っていないからです。
私自身が、今年2月29日の衆議院予算委員会中央公聴会で、調査にもとづき指摘したように、子どもを産み育てる可能性のある20-30代前半の女性の5割弱が所得制限のない保育・教育・経済的支援に賛成しているのです。
子育て当時者を対象とした「異次元の子育て王座決定戦」というオンライン政策投票でも、「全ての所得制限を撤廃」「小中高大全員無償化」が最終的に勝ち残った政策となりました。
また民主党政権時代に廃止された年少扶養控除について、親が安心して子育てをするために家族重視の政党でもある自民党こそが復活しなければならないのに、9候補のうち誰一人として明言していません。
多くの若者や子育て当事者たちは、このような自民党総裁選に、日本の明るい未来どころか「刷新感」すら見いだせていないのではないでしょうか。
2.衆議院議員選挙に向けて、自民党が迫力不足を改善するために
自民党は政権与党でもあり、野党のように大胆な公約を掲げづらい状況もあります。
いっぽうで、このままの状態で衆議院議員選挙に臨んでも、少なくともこども・若者・教育政策を通じて支持が大きく拡大することはないと思われます。
むしろ、国の衰亡の未来から、子どもが生まれ育つ日本へと「刷新」をするために、踏み込んだ公約を掲げる野党に支持が集まる可能性もあります。
衆議院議員選挙に向けて、自民党が迫力不足を改善するために、少なくとも以下の点を意識しておく必要があるでしょう。
(1)高校無償化は所得制限撤廃が地方自治体のニーズ、大学無償化や奨学金返済負担の軽減策について時期と制度を明らかにした具体案を
教育の無償化については、学校給食費の無償化のほかに、東京・大阪が先行する高校無償化の所得制限撤廃が地方自治体の切迫したニーズです。
このニーズを取り込むことなしに、特に大都市圏以外での自民党への失望感は避けられないでしょう。
大学無償化や奨学金返済負担の軽減策については、総裁選でもいくつかの案が提示されています。
さらに時期と制度を明らかにした具体案を示すことで、自民党の本気を示すことができると判断します。
私自身も教育費政策の研究者として、日本での実装が遅れる所得連動返済型奨学金制度(J-HECS)の導入は、財源不足の中で有力な選択肢だと考えています。
(2)保育の質、教育の質への政府投資戦略を
保育士・幼稚園教諭の待遇改善、教員の働き方改革の具体策、多くの専門家や団体、私自身も自民党に提言してきた政府投資戦略も多くあります。
出産や保育・教育の無償化だけでなく、安心して子育てができる保育・教育環境も同時に実現することが、子どもが生まれ育つ日本の前提条件となります。
特に今回の総裁選の議論では、保育・就学前教育は自民党の弱点と言っても良いくらい、議論が薄かった論点です。
衆議院議員選挙にむけて、公約の充実が急がれます。
(3)子どもの貧困、ヤングケアラー、不登校、障害を持つ子ども、医療的ケア児童など「困難と共に生きる子ども・若者」は置き去りか?
総裁選を通じて、子どもの貧困、ヤングケアラー、不登校、障害を持つ子ども、医療的ケア児童など「困難と共に生きる子ども・若者」たちへの支援をいっそう手厚くするという方向の議論は、私自身が把握できた範囲では、上川陽子候補のヤングケアラーに関するご発言を確認した程度です。
自民党は、「困難と共に生きる子ども・若者」たちが視野に入っていないのでしょうか。
たとえば障害を持つ子どもたちの支援制度に所得制限を設けていることで家族も子どもも苦しんでいますが、それを放置することは「刷新感」ある自民党政権がすべきことではありません。
岸田政権で見送られた、困窮ひとり親世帯への児童扶養手当の第1子からの拡充も同様です。
(4)年少扶養控除の早期復活、高校生・大学生の扶養控除拡大―こども若者減税は与党自民党の責任
最後に、自民党の責任政党としての役割は、与党にしかできないこども若者減税を進めることです。
0-15歳の子どもたちは働けないにも関わらず、民主党政権によって年少扶養控除が奪われ、増税状態がもう10年以上継続しています。
税制の世代間不公平から自民党が逃げ続けるならば、特に子育て世帯が自民党への信頼を回復することは難しいと言わざるをえません。
逆に、物価高の中で少子化改善をしていくためにも、年少扶養控除復活や高校生・大学生の扶養控除拡大などのこども若者減税に取り組む姿勢こそが、国民に自民党のこども・若者政策への本気を伝え、信頼回復への道筋ともなると判断しています。
自民党総裁選、そして新政権での衆議院議員選挙、私も自民党はじめ主要政党のこども・若者・教育政策に注目しつづけます。