今「給特法廃止」で起きる最悪のシナリオ:中教審まとめの読み解き方と教員の働き方改革法定化の重要性
中教審案0点、 “定額働かせ放題”維持と、センセーショナルな報道が多かった教員不足改善のための文部科学省中央教育審議会まとめ(中教審まとめ)ですが、なぜ「給特法廃止」の方針は実現しなかったのでしょうか。この記事ではその理由を読み解いて行きます。
また、中教審まとめについては、給特法改正以外にも実現されるべき、教員の働き方改革に関する重要な提言の数々があり、その実効性を上げることが極めて重要な局面なのですが、一面的な報道が多く、教育関係者にすら理解されない実態があります。
この記事では、中教審まとめの中で、特に重要な教員の働き方改革の具体策について、まとめていきます。
1.今「給特法廃止」で起きる最悪のシナリオ
中教審中間まとめ、では教員に残業手当を支給しない現在の法律(給特法)を維持する代わりに、教職調整額という一律に教員給与に上乗せされる額を現在の4%から、10%以上に引き上げる、という方針が示されました。
なぜ給特法の廃止ではなく、継続という方針になったのか、という点は何通りかの説明が可能です。
この記事では、今「給特法廃止」をすると起きてしまう、最悪のシナリオを文科省が強く懸念したからであろう、という指摘をしておきます。
具体的には、教員の働き方改革が進まないまま、今、給特法を廃止し、教員の雇用主体である都道府県や政令市が、教員にも残業代を支給する仕組みに移行した場合、「教員の長時間勤務が改善されず、教員給与が下がるか、残業代が支払われない」という事態が起きる可能性です。
教員の残業代は総額2兆円程度に上る可能性は、NHK時論公論でも研究者の意見として指摘されていました。
※NHK時論公論,教員の働き方改革 労働環境と処遇改善の行方は,2024年5月22日
いま、2兆円もの残業代を支出することは、特に財政状況の厳しい地方自治体には無理でしょう。
楽観的に考えれば、2兆円残業代を支出するのが嫌だからこそ、地方自治体は必死に教員の残業を減らすための努力をするだろう、という仮説が成り立ちます。
しかし、2019年の中教審働き方改革答申以降、教員の残業時間は減少してきたものの、地方自治体は教員の残業の抜本的な解消を実現できていない、という実態もあきらかになっています。
また給特法が廃止されると教員の場合には、給与・残業代を支出するのは都道府県・政令市です。
いっぽうで学校の働き方改革の実行主体は市町村であり、また市町村が頑張っても各学校の校長が働き方改革を頑張らないと意味がないために働き方改革が進まない、という二層制地方自治と学校運営の課題もあります。
市町村の現場も、正規公務員減らし、非正規公務員依存となっており、戦略的に教員の働き方改革に取り組むどころではない自治体も少なくありません。
この状況で給特法を廃止すると、どうなるでしょうか。
都道府県・政令市は、今までの予算枠内で、残業代を含めた教員の給与・手当を支給する選択をせざるを得ない自治体が多くなるでしょう。
すなわち、教員給与を引き下げ、その削減分で残業代を支出することが、都道府県・政令市にとって合理的な選択となってしまうのです。
給特法が廃止され、一般職公務員と同じように残業代支給をするためには、そうするしかなくなるからです。
総務省の人件費抑制方針も、都道府県・政令市が教員給与を下げ、残業代を支給する方向に作用するでしょう。
給特法を廃止することで、いま教員給与に上乗せされている4%分の教職調整額も消滅することになります。
これが、今、給特法を廃止することで起きる最悪のシナリオです。
財務省・財政制度審議会も、中教審まとめに反発し、給特法改正ではなく「既定の給与予算を最大限に活用」することを建議していることから、給特法を、今廃止すると最悪のシナリオに突き進む可能性は、かなり高い、というのが教育財政を専門とする研究者である私の判断です。
これでは、教員の魅力はますます下がり、現在以上の深刻な教員不足を引き起こしてしまうでしょう。
精力的に、教員の働き方改革を推進している地方自治体では、そこまでの懸念が示されることに、悲しい思いをされる方もおられると思います。
しかし自治体関係者からは給特法がなくなれば基本給は維持したまま、残業代は出さないことを自治体方針としていくとの意見もあるのです。
「残業代を出さなければ、教員は仕方なく家に帰るようになるでしょう」との発想です。
こうした乱暴な発想は子どもたちのために頑張る教員を失望させ、子どもたちのための教育の質の低下を招きかねません。
地方自治体もまた厳しい状況にあるからこそ、中教審での議論を方向づけてきた文部科学省、そして与党は、給特法廃止の選択肢を取らなかったという理解が可能です。
2.中教審まとめの読み解き方―あまりにも知られていない「働き方改革の加速化、学校の指導・運営体制の充実、教師の処遇改善」の三本柱
批判ばかりがされている中教審まとめですが、文科省が進めてきた教員政策の三本柱が「働き方改革の加速化、学校の指導・運営体制の充実、教師の処遇改善」であり、それをさらに進めるための答申であることがあまりにも知られていません。
審議を進めてきた中教審・質の高い教師の確保特別部会(中教審特別部会)でも、多くの委員が何度もこの三本柱の重要性について触れています。
中教審特別部会では、給特法改正ばかりが議論されていたわけではありません。
・教員の長時間労働を解消する!(働き方改革の加速化)
・そのためにも教員・教員以外の人材も学校現場に増やす!
(学校の指導・運営体制の充実)
・子どもたちのために頑張る先生の給与を上げる!
(教師の処遇改善、給特法改正)
分かりやすく言うと、この三本柱を実現するための中教審まとめだったのです。
教員不足をなくそう・緊急アクション(妹尾昌俊さん、School Voice Project、末冨によって構成される提言グループ)が文科省・与野党にお願いしてきた提言とも重なる部分も多く、効果が期待される中教審まとめとなっています。
中教審まとめは、教員の働き方改革とともに、心身の健康維持のために即効性の高い政策導入も提言されているのです。
・11時間の勤務間インターバルの導入
・持ち込コマ数減のための教員定数改善
・小学校教科担任制の中学年拡大のための専科教員の定数増
・生徒指導担当教諭の全中学校への配置
・支援スタッフの更なる配置充実
まだ中教審まとめを読んでいない方は、ぜひ概要のスライドだけでも読んでみてください。
※中央教育審議会初等中等教育分科会・質の高い教師の確保特別部会,「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(審議のまとめ),2024年5月13日
今回の中教審まとめの契機となっている、自由民主党「令和の教育人材確保実現プラン(提言)」でも、学校に人を増やす、働き方改革も、そして子どもたちのために頑張っている先生の給与を上げる、という三本柱が掲げられています。
私も昨年度、ポイントをまとめた記事を書いているので、あわせてご参照ください。
※末冨芳,【教員不足をなくそう】自民党特命委員会提言のポイントは、学校に人を増やす、働き方改革も、だった,Yahoo!エキスパート記事,2023年5月12日
3.教員の働き方改革をどこまで法定化できるかが、実効性を握る
―通知・メッセージ行政では学校現場に届かない
来年1月からの通常国会で、文部科学省は給特法改正も含めた関連法改正案を国会に提出する見通しです。
この際に、教員の働き方改革を実効性の高いものにするためには、地方教育行政法、教育公務員特例法、義務標準法等の関連法制に、中教審中間まとめの提言が規定されることが必要です。
中教審まとめ・文科省方針が「働き方改革の加速化、学校の指導・運営体制の充実、教師の処遇改善」の三本柱であることがあまりにも知られていないのは、文科省が通知や文部科学大臣メッセージという弱い手段を通じてしか、自治体・学校に方針を周知していないからです。
文部科学省が中教審中間まとめと同時に公表した、自治体・学校向けの「対応策の例」は、国が文科大臣メッセージを発したり、今までの通知をあらためて都道府県・市区町村に周知するという手法で、教員の働き方改革を浸透させていこうという方針なのですが、それで実効性が確保されるならば、成果はとっくの昔にでているはずです。
※中央教育審議会初等中等教育分科会・質の高い教師の確保特別部会,【別紙】3分類に基づく14の取組の実効性を確保するための各主体による「対応策の例」,2024年5月13日
中教審まとめの内容は、具体的に法定化しなければ、まだまだ教員の長時間労働に依存してしまっている市区町村教育委員会や校長は変えられません。
たとえば以下のような法改正を実現できるならば、地方自治体や学校にも、三本柱は必ず浸透していきます。
省庁のいちばん大切な仕事は予算獲得と、法制を整備することなのですから、通知・メッセージ行政に依存せず、文科省は中教審まとめの法定化に全力を尽くすべきでしょう。
・労働基準法上に規定されていると文部科学省が強調する、市区町村教育委員会の勤務時間管理の責務を、地方教育行政法(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)の教育委員会の職務権限に追加する(第11条改正)。
・教員の働き方改革について学校運営協議会や自治体総合教育会議でも取り上げる方針を、やはり地方教育行政法にそれぞれの責務として追記する(第1条の4、第47条の5改正)
・教員の勤務間インターバルや残業時間短縮などについて、校長・教員の服務を定める教育公務員特例法に規定にする(第3章改正)
・小学校専科教員の拡大や、中学校生徒指導担当教員の全中学校配置について、義務標準法(公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律)に規定する(第7条改正)。
おわりに:与野党をあげて教員の働き方改革関連法制の実現を
すでに国会では、給特法改正をめぐって与野党の論戦が続いています。
しかし今、給特法廃止で起きてしまう最悪のシナリオを前提とした議論にまでそのクオリティはまだ高まっていないようにも見えます。
また来年の通常国会でも長らく保革のイデオロギー対立の中で政争の具とされてきた給特法に偏った国会議論が行われるならば、教員の働き方改革のために必要なそれ以外の法律改正による実効性確保の議論が軽視されることにもなりかねません。
給特法改正をめぐって四分五裂となっている教育の政策共同体(教育ムラ)を見て、ほくそえんでいるのは財務省です。
このままでは、中教審まとめ・文科省三本柱の実現が危ぶまれる、厳しい状況です。
今、必要なのは、与野党を挙げて、子どもたちのために教員不足をなくす、そのためにも教員の働き方改革を進める、学校に教員・教員以外の人材も増やすことです。
この与野党の共通の思いを実現するために、関連法制も含めた改正と、必要な予算獲得を応援していくことが、教員の働き方改革を進めること、教員不足を解消することに直結します。
学校の先生は、本来、子どもたちの成長に係わる、大切で魅力ある仕事のはずです。
教員の残業が解消され、教員が睡眠をしっかりとって、心身の健康を維持し、子どもたちに丁寧にやさしくかかわる。
教員が授業準備をしっかりして、いっそう子どもたちの興味関心や意欲を育む授業をしたり、ひとりひとりの子どもたちの成長や頑張りを日々教員が見出すことのできる勤務時間とする。
子どもたちが相談したいときに、安心して相談できる余裕のある先生でいられる。
その本来あるべき先生の働き方を実現することを、いま国をあげて応援すべき時なのです。
子どもたちのために教員不足をなくそう。
思いを同じくするみなさん、教員の働き方改革の法定化を応援していただけないでしょうか。