こどもの日:『子どもの権利条約』について、セクシュアル・マイノリティの目線から考える
「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約です。18歳未満を「児童(子ども)」と定義しています。1989年の第44回国連総会において採択され、1990年に発効しました。日本は1994年に批准しています。
子どもの権利条約NGOレポート連絡会議
子どもの権利条約NGOレポート連絡会議は、子どもの権利条約の実現に取り組んでいるNGO / NPO・研究者・弁護士・労働組合等からなる、ネットワーク的な組織です。日本政府報告書に対応したNGOレポートを国連・子どもの権利委員会に提出し、審査をオブザーブすることなどを通じて委員会に情報提供するとともに、総括所見のフォローアップをしています。
2008年4月22日には日本政府が国連に対して子どもの権利条約に関する第3回政府報告書を提出したことを受け、NGOレポート作成活動を開始しました。初版の「子どもの権利条約の実施に関する第3回日本政府報告書についてのNGOレポート」を2009年11月13日に、その改訂版を2010年1月に国連・子どもの権利委員会へ提出しています。
「子どもの権利条約」とセクシュアル・マイノリティ
国連・子どもの権利委員会による第3回目の日本報告審査が、2010年5月にジュネーブで実施されました。「子どもの権利条約の実施に関する第3回日本政府報告書についてのNGOレポート」にはセクシュアル・マイノリティ(同性愛、性同一性障害などの性的少数者)の子どもたちの状況を初めて書き込むことができました。
セクシュアル・マイノリティは、大まかに言えば、同性や両性に恋愛・性愛の感情を抱いたり、心身の性別が一致しない人々などを指した概念です(※)。
※もっと詳しくは、こちらの記事をご覧ください。
しかし残念ながら、国連・子どもの権利委員会第3回日本報告審査後に出された総括所見では、セクシュアル・マイノリティのことについての具体的な言及はありませんでした。総括所見に記載のあった「その他のマイノリティ」が、どこまで包括されている言葉なのかは判断が分かれると思いますが、次回の報告書作成が2016年にあるのでこれからも私は一つの課題として取り組んでいきたいと思っています。
私も当事者の一人として10代の頃から学校、家庭、社会の中で様々なリスクと向き合いながら生きてきました。今回のNGOレポートの追加情報には「セクシュアル・マイノリティへの差別に関する添付資料1」として、私の体験談も一緒に提出しています。
セクシュアル・マイノリティの子どもについて
現在、セクシュアル・マイノリティの子どもに関する日本政府の対応は、性教育も含め皆無に等しい状況です。そのため、セクシュアル・マイノリティの子どもは学校や家庭における無理解や叱責、人格否定、蔑視、軟禁、家からの追い出しなど、児童虐待にあたる行為に遭遇し、依然として多くの困難に直面しています。これらを原因とする不登校、抑うつ、自傷、自殺念慮などが深刻な問題となっています。
このような状況を改善するためには、セクシュアル・マイノリティに関する正確な知識を学び、偏見や差別を除去できるようになる教育の機会を、全ての子どもたち、教職員、保護者が得られるようにすることが必要です。ここには、セクシュアル・マイノリティに対するいじめや虐待は許されない人権侵害であることも含まれます。
そして、自らの性自認や性的指向に関する悩みや、それを原因とする他の子どもたちからのいじめや、家族からの無理解等に苦しめられている子どもたちへの支援を確かなものとしてゆくことが挙げられます。そのためには、こうした悩みに耳を傾け、子どもを支えられる人材を、学校の内外に配置できるようにすることが必要です。早急に、こうした事柄に対応できる専門性のある人材の育成が急務です。
ジェンダー・ハラスメント(性的指向、性自認、性役割などを理由とするいじめや嫌がらせ)の防止
「男らしさ」「女らしさ」など性別規範に沿わないという理由によるジェンダー・ハラスメント、「ホモ」「おかま」「おとこ女」「気持ち悪い」などの言葉による暴力が常態化しています。
ジェンダー・ハラスメントの被害者はセクシュアル・マイノリティの子どもだけとは限りません。「背が低い/高い」「痩せている/太っている」などと同じような理由で、どの男子、女子にも「男子のくせに○○/女子のくせに○○」などのいじめや嫌がらせの被害に遭うリスクを負っています。これらはいずれも不登校や自傷、自殺などに結びつくにも関わらず、教師がこうした事態に介入せず、むしろ煽る場合も多々見受けられます。
このような状況を改善するためには固定的性別役割意識(いわゆる「男らしさ」「女らしさ」)に沿わないことを理由にしたジェンダー・ハラスメントの防止研修を、子ども、教職員、保護者に対し実施し、性の自己形成期にある子どもの多様な性別表現を保障していく必要があります。
「性的ないじめ」を肯定しない環境作りが必要
セクシュアル・マイノリティの子どもを含めて学校、家庭など周囲の知識が皆無であるため、ジェンダー・ハラスメントなどの性的ないじめをはじめとする「性的な悩み(被害)の相談」について対応できる場所が子どもたちの身近に存在しないことが挙げられます。
被害を受けた子ども自身が性的ないじめを教師や親に対して相談するのを躊躇ってしまい、結果的に性的ないじめに我慢し耐え続ける状況が出現しています。また、機能不全家庭などによりそもそも子どもの悩みを受け止められる家庭環境にない場合も想定されます。
逆に教師や親に相談したことによって状況を悪化させてしまう可能性があります。教師や親から「男なら男らしくしろ」「女っぽいおまえに問題がある」などの無理解や叱責に遭い、子どもをさらに追い詰める危険性を孕んでいます。
このような状況を改善するためには、セクシュアル・マイノリティであることを理由とするいじめやジェンダー・ハラスメント等が起きたときに、それに適切に介入できる力量のある専門員を学校に配置することも必要となってきます。学校におけるいじめの解決には、それへの適切な介入が不可欠です。介入の仕方によっては、さらにいじめが沈潜化した上で悪化し、被害が深刻化する場合もあります。そこにセクシュアル・マイノリティの要素が入ると、いじめの構造も複雑化します。セクシュアル・マイノリティに関する理解が深く、かつ、いじめへの適切な介入ができる、高度な専門性のある人材を配置するための育成が必要です。
性教育を充実させる
日本では若年層のHIV/AIDSの感染率が増加しています、先進国の中では例外的な国です。2008年厚生労働省報告では、23才までの若年層のHIV感染経路の7割以上が男性間性的接触によるとされています。しかし、現在の学校における性教育は異性指向のみを想定した内容に留まるため、性の多様性や、同性指向、同性間の性行為について知り、発生しうる健康上のリスクや、その予防方法について学ぶ機会を提供する必要があります。
また、学校教育の中でセクシュアル・マイノリティへの社会的偏見を払拭することが、セクシュアル・マイノリティの自尊感情を向上させ、自己の健康管理に目を向ける契機になると思われます。
自殺予防対策の必要性
セクシュアル・マイノリティの子どもたちが自殺のハイリスク集団である背景には、当事者の大半が成長過程において、自分自身の性の在り方をどう捉えたら良いかの正確な情報を持ちえず、周囲からのいじめや無理解の中で孤立していることが挙げられます。また、自尊感情が低いことや、「セクシュアル・マイノリティは異常な存在」だと思い込み自己否定的になったり、人生設計が上手く描けず自分の将来に絶望してしまう当事者も存在します。セクシュアル・マイノリティの自殺を減らすためには、幼少期から思春期にかけての早期段階における対応が必要であり、特に教育現場における取り組み改善が望まれます。
私は今の学校教育の中ではセクシュアル・マイノリティの子どもに限らず、差別やいじめの被害に遭うリスクはどの子どもにも存在していると考えています。様々なリスクや困難を抱えているセクシュアル・マイノリティの目線から問題提起をしていくことは、他の子どもたちの安全を充実させていくことにも繋がっていきます。
私たち大人は、いじめ、暴力、不登校、自殺未遂などをどのように予防していくのか、被害に遭った子どものケアをどうするのか、そして「性」とどのように向き合っていくのかが問われるときがきているのだと思います。
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子どもの権利条約の実施
第3回日本政府報告書の検討に関わる論点一覧に対するNGOからの「追加情報」(2010年5月)
差別に苦しむ性的マイノリティの子どもたち
性同一性障害者の戸籍性別の取り扱いに関する特例法(以下「GID特例法」)が2003年に施行され、埼玉県、鹿児島県などで性別への違和感を訴える子どもが、各地で戸籍の性とは反対の性で通学を許可された事例ある。しかし、全般的に性的マイノリティの子どもに関する政府の対応は、性教育も含め皆無に等しく、学校や家庭における無理解や叱責、人格否定、蔑視、軟禁、家からの追い出しなど、子どもたちは児童虐待にあたる行為に遭遇し、依然として多くの困難に直面している。これらを原因とする不登校、抑鬱、自傷、自殺念慮などが深刻な問題となっている。また、現在の学校における性教育は異性指向のみを想定しており、性の多様性や同性指向、同性間の性行為についてはきちんと学ぶ機会をもたないため、性的マイノリティの子どもたちは性的健康を守れない状況にある。さらに、家出を余儀なくされた性的マイノリティの若年者が、人身売買の被害にあう場合もある。こうした事例は、子どもの家出が「非行」として処理されている現状においては、防止は不可能である。
【提言】
1.性的マイノリティの子どもの実態調査を実施すべきである。
2.性的マイノリティの子どもの教育機会均等を保障するため、すべての教育機関において性自認、性指向について学ぶ授業を実施すべきである。
3.すべての教育関係者、カウンセラーに支援研修を実施し、効果的な支援を制度的に保障すべきである。
4.GID(GI)の子どもの性別移行についての医療支援には親の同意を不要とし、保険適用とすべきである。
5.学校における性教育を、異性指向のみの想定から、多様な性自認や性指向にまで拡大し、同性指向、同性間の性行為についてきちんと学ぶ機会を提供すべきである。
執筆:柳本祐加子(中京大学)