【緊急提言】『加速する政治主導に政策の質の確保を。』
私はこれまでアドボカシーの視点から社会課題の解決、社会をより良くしていく手法である「ロビイング」をテーマに勉強会やイベント等を定期的に開催し、市民セクターによるロビイングへの参加を促してきました。今回、自民党総裁選に向けて市民アドボカシー連盟の正会員でもあり、法政大学や早稲田大学の大学院で講師として立法過程論を担当する宮﨑一徳氏の協力のもと緊急提言『加速する政治主導に政策の質の確保を』を発表しました。
「政治主導」と官僚の対応
「政治主導」ということが言われて久しい。その大きな要素として、「「スピード感」を持っての対応」、「司令塔機能の強化」があると考える。平成19年(2007年)1月、第1次安倍内閣の最初の第166回国会での施政方針演説でも「この新しい日本の姿の実現に向け、国民の皆様とともに、一つ一つスピード感を持って結果を出していくことが重要である」、「政治の強力なリーダーシップにより即座に対応できるよう、官邸の司令塔機能の強化に向けた体制の整備」ということが言われている。新型コロナ感染症感染拡大という「未曾有」と呼ばれる特定の事態への対応もあり、それらは一層強く意識されるようになった感がある。デジタル庁やこども家庭庁の設置などは、実に短期間で大きな組織改編を伴うものであったことは、誰もが認めるであろう。
一方で、それが持つ危うさということはある。飯尾潤は「政策の質と官僚制の役割―安倍内閣における「官邸主導」を例にして―」『年報行政研究』54 (令元.5.31)において、「官僚制は、業界団体をはじめとする社会諸集団や、地方自治体の上下ネットワークを通じて、社会的利害の把握・媒介に努めており、仕切られた枠内ではあるが、それぞれの官僚制は社会に根ざした存在であった(省庁代表制)。」、「政府部内における漸変主義(incrementalism)によって形成・決定されることになって、社会各層の利益をそれなりに調整し得たため、官僚制を中心に作成される政策は、有効性はもちろん、社会的に受け入れ可能なものとして決定されていったのである。」とする。しかし、「漸変主義的な政策形成が主流であった戦後日本の政策作成方式を前提に、「政治主導」などの流れに沿って、官邸主導体制が成立したために、新たな仕組みにおいて必要とされる手当が不足し、気付かないうちに政策が粗くなってしまうという事情がある」、「政策は理想の政策が一つあれば十分という、選択肢の比較をしない考え方が、広く共有されており、政治家側の多くが、何か問題があれば官僚が自動的に政策を用意するという感覚を持っているために、「スピード感」が過度に強調され、必要であるはずの分析や、検討、議論といった要素が弱くなっている面もあるといえよう」等指摘している。
確かに、例えば、デジタル庁の設置では、法案提出時に、要綱等に多数の正誤があった。また、大きな枠組みを扱うもので、その細部を国会で議論すると、審議の中で対応を明確にしなければならないことが多々生じた。委員会審査によって、「デジタル庁の仕事が増えていっている」と平井卓也大臣をして言わせるような状況であった。こども家庭庁の設置でも、細部の詰めを国会審議の中で明らかにしていくようなことが見られた。また、いわゆる令和3年特定商取引法改正案(第204回国会閣法第54号)や、いわゆる重要土地調査法案(第204回国会閣法62号)では、委員会審査を反映して、政省令や基本方針の具体的内容を附帯決議に記載することを政府・与党は認めざるを得なかった。いわゆるマイナンバー改正法案(第211回国会閣法第46号)でも、委員会審査での指摘を受け、それに応える形で通達やマニュアルを政府は制定する等している。政治主導の加速による細部の危うさを指摘し補正することに国会がしっかり対応しているとも言えるが、毎回それに頼るのもリスキーではなかろうか。霞が関の官僚も、内閣官房・内閣府の兼任職員の増加や、EBPM等手法の整備等で加速する政治主導の中での政策形成補佐の努力を行っているが、十分に追いついているとは言えない状況である (宮﨑一徳「政治主導の政策展開と国会の役割」『立法と調査457号』(参議院事務局企画調整室)参照)。
議員立法も総理の「政治主導」⁈
「政治主導」の加速に関し、岸田総理が特徴的だったのは、内閣提出法律案(閣法)だけではなく、議員立法の成立の推進も図ったということである。その例を表にすると、次のようになる。
内容について、少し見てみる。いわゆるAV出演被害防止法は、民法の特例法と刑法の特例法を合わせたような法律で、本来なら法制審議会で時間をかけて議論されることも考えられるが、実質2か月ほどでまとめ上げられた。もともと野党議員が超党派で協議していたが、岸田総理が「議員立法の動きを見守る」と与党議員の超党派協議参加を容認。当初の野党の18歳、19歳の救済から、性別を問わず、年齢を問わずの救済という与党主導の法案の内容となっていく。野党側に困惑もあったようだが、もともと対象としていた者の救済にはなるし、与党の賛成も必要なので、受け入れる。ただ、対象の広がりにより、反対や疑問視の声は大きく生じることにはなった。
いわゆるLGBT理解増進法は、2021年に超党派の議員連盟の法案について自民党内で賛否が分かれ、国会提出が見送られた経緯がある。G7広島サミットの前に、日本だけLGBTに関する法律がないとされ、法整備を急ぐべきとする声が高まった。岸田総理は、「議員立法の動きを見守る」から一歩進めて、法整備を求める公明党との党首会談で提出に合意したと報道された。自民党は、議連の法案にあった「差別は許されない」との記述を「不当な差別はあってはならない」に、「性自認」を「性同一性」に変えた。日本維新の会や国民民主党との修正協議で「ジェンダーアイデンティティ」に更に改め、性的少数者以外への配慮規定も加えた。自民党では党議拘束があったが、それでも数人の議員が採決に加わらなかった。自民党内での意見対立は尾を引いているとも言われている。短期間の法案作成時に、トイレや公衆浴場等でのトラブルの危惧の議論が注目され、理解を増進する施策を進めると国民が安心して生活できないかのような差別、偏見を助長するとの批判もあり、成立しても誰も喜ばない法律との声も出ている。
政治資金規正法改正案は、党内異論もある中、衆議院での修正の党首会談に岸田総理が出席。公明党と合意でパーティー券購入者名の公開基準額を20万円超から5万円超に引き下げ、日本維新の会と合意で政策活動費に関し、政治資金収支報告書に項目別の使途と金額、支出した年月を記載し、10年後に領収書を公開することとした。なお、維新とは、修正合意の理解に齟齬が生じ、衆議院での修正が1日遅れ、参議院では維新が反対にまわるということも生じた。また、2024年(令和6年)6月6日毎日新聞では、特に5万円超への引き下げについては、「麻生氏周辺は首相の判断について「世論の受けはいいかもしれないが、党内では誰も納得しない」と吐き捨てるように言った。麻生氏も激怒しているという。」等の報道がなされた。
これら①、②、③で、岸田総理が徐々に前面に出る形となり、それに従い、異論も大きくなり後を引いている感がある。岸田総理の「スピード感」、今成立させなければ、機を失してしまうとの意識の高まりによると言えよう。
議員立法の政策の質
閣法について、「政治主導」の加速に、官僚機構の政策形成補佐が十分に追いついてないということを述べた。議員立法は、その霞が関の官僚の支援も基本的には期待できない。党のスタッフ、衆参の議院法制局等の補佐はあるが、複数の選択肢の提示等は、議員サイドから求められない限りより困難である。
市民が身近な課題が国政に由来するものであると認識し、その解決のためにアドボカシー活動で、丁寧に議員会館を回り、超党派の議員連盟を作って、そこで議論を重ね、成案を得て、国会への提出を目指す。結果的に多少の年月の間に、複数選択肢の検討や関係者の利害調整を達成するあたりは、官僚の漸変主義の中での政策形成に似た働きをしているとも言えなくない。また、理念すらないものの理念を取りまとめ、国に施策の方向性を示し、それに基づき、具体的な計画等を作らせる「〇〇基本法」、「〇〇推進法」のような法律、これを私は「基本法類」と呼ぶが、法律成立後も、市民がアドボカシーを続け、求める課題解決を実現していくのも、議員立法に特徴的な、選択肢検討、利害調整と言えよう。短期間での成立を目的とした官邸主導は、こうした機会を損ないかねない。
閣法について、政治主導の加速により、細部の危うさを指摘し補正する国会の役割について先に述べたが、議員立法の場合、国会議員の多くが発議の当事者側、あるいは対案の当事者となり、閣法に対して行われる批判的な視点からの幅広い検証、柔軟な改善策の受容等は行いにくく、硬直的な意見表明等にとどまることも考えられる。こうしたことより、議員立法については国会に多くの役割を期待することもしにくい。
「政治主導」と「民主主義」
政治思想を専門とする梅澤佑介は、『民主主義を疑ってみる』(筑摩書房、2024年)の中で、日本国憲法下、現代日本の政治は、今の国民の意思を尊重する民主主義と、自由を守るために今の国民意思で形成される権力を抑制する立憲主義や議会主義等を内容とする自由主義の、相対立する原理の結合体で、その「究極目的はあくまでも「善き政治」であって「民主主義」それ自体ではありません」としている。日本国憲法前文には、国会、諸国民の協和、自由、主権、福利、人類普遍等の言葉がちりばめられている。求められるのは、〔その時々の民意の反映+人類の長年の教訓の蓄積(あるいは自然法)からの判断〕ということになろう。
「「スピード感」を持っての対応」、官邸の「司令塔機能の強化」という言葉は、「民主主義」の、今の国民の意思の尊重に傾きすぎている感がなくもない。岸田総理の自民党総裁選不出馬について新聞に、「支持率目当て」で民意が離れたとの記述があった。支持率を気にすることは、国民の声を聞くことで、それ自体否とされるべきことではない。支持率の低下により総裁選不出馬を決めたことを含めて、「民主主義」的には是とされるべきことであろう。新聞が言いたいのは、支持率を気にして動いたが、その結果が民意を満足させるものではなかったということであろう。「政策の質」の問題と言えよう。十分な選択肢の検討等がなされたのであろうか。国民が、自分たちの自由、権利のありようを考えた時に、全体としての権力の行使が、ある程度合理的なやむを得ないものと認識できるか、「善き政治」であるかが判断される。それに対応するには、「政策の質」の確保のためのシステムの構築が必要と言えよう。これが「政治主導」の次段階の展開に不可欠なことではないかと考える。
加速する政治主導に政策の質の確保を
では、「政策の質」の確保は、どういうことが必要か。①まずは、「政治主導」をしようとする者がその必要性の意識をしっかり持つこと。②官僚の漸変主義は、政策展開に時間がかかり、政策の理念さえ整理されていない新たな分野の政策実現にはなかなか対応できない。それに代わる「政策の質」のためのシステムは、飯尾の言葉をヒントとするならば、複数の選択肢の検討、必要な分析や、検討、議論の確保ということになろう。それらをどこまで意識して迅速に行うか。データの整理、EBPM等の位置づけの見直しも含めた展開、ネットワークの活用、AIの利用等DXの最大実施、官僚のステイクホルダーや新たな市民活動との健全な形での人的交流実現のための人事制度改革、政治家に複数の選択肢を示す官僚等専門家の行動様式の形成、これらを構築していく必要があろう。③議員立法は、ボトムアップゆえの良さを尊重し、新たな課題への対応を、様々な関係者による議論を経て、超党派の合意を形成する重要性を充分認識する。「官邸主導」で議員立法の成立を目指すこと自体は否定されるものではないが、前述の「基本法類」の特性等を充分理解し、成立後の展開も円滑にいくような状況の構築を、閣法より多く気を使って行っていく必要があろう。
生真面目な岸田総理が、支持率という国民の声を意識して、「スピード感」を持って、官邸の「司令塔機能」の発揮に努めた結果が、「支持率目当て」で民意が離れたと言われるに至っている。次なる総理は、「政策の質」の確保という難題に正面から取り組み、次段階の「政治主導」の展開を実現して欲しい。