「ハリポタ」でも見覚えが…イギリスが誇る名俳優が、これから演技を目指す人、そしてすべての人に贈る至言
「名優」と呼ばれる人は、もちろん類い稀な演技力と、記憶に留まる個性を併せ持っていることが特徴だが、「つねにそこに自然に佇んでいる」資質も、名優の条件のひとつだろう。長いキャリアで、そんな条件を泰然とクリアしてきたのが、ジム・ブロードベントだ。
映画ファンならともかく、一般的なレベルで彼の名前を耳にしてもピンとこないかもしれない。それでも、たとえば「ハリー・ポッター」シリーズのスラグホーン先生、と聞けば顔を思い浮かべられる人もいるはず。また『ブリジット・ジョーンズの日記』でのブリジットのお父さん、『パディントン』での骨董品屋の店主、あるいは『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』でのサッチャーの夫……と、イギリスを舞台にした作品で、ブロードベントは欠かせない存在である。現在74歳。2001年の『アイリス』では、アルツハイマーの妻を見守る夫の役でアカデミー賞助演男優賞に輝いており、紛れもなく名優中の名優である。
助演や脇役としての印象が強いジム・ブロードベントだが、6/7に日本で公開される『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』では、堂々たる主演を務めている。仕事を引退した男が、ある思いを胸に800kmもの道のりを歩く感動ストーリーだ。
今は曾孫からもインスピレーションをもらってる
以前、ブロードベントにインタビューしたのは、2007年。「ハリポタ」の撮影現場だった。そこで彼は「近々、4歳の孫がセットの見学に来るんだ。他にも孫がいて、みんなにその話をしたら大喜びするんじゃないかな」と、嬉しそうに話していた。そして2024年、『ハロルド・フライ』でのインタビューでは、「じつは曾孫(ひまご)ができたよ。今ちょうど1歳半なんだ」と明かしてくれた。時の流れを感じさせてくれる。
「私は彼(曾孫)から多くのインスピレーションをもらっている気がする。俳優として映画や舞台の仕事をしていると、時には10歳、あるいは90歳の相手と対等な立場で演技をする。年齢に関係なくひとつの集団を形成するのだから、上下関係は必要ない。若い俳優もベテランも一緒に責任を負い、ともに成長していく感覚を味わえるんだ。これは他の多くの職業では起こり得ないことじゃないか? 俳優である私は、だから1歳半の曾孫からも何かを学ぼうとするのだろうね」
オスカーを受賞した超ベテラン俳優には、ある意味、似つかわしくないこの言葉から、誠実で謙虚な性格が伝わってくる。ジム・ブロードベントは、ロンドン音楽演劇アカデミーを卒業後、舞台俳優としてロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどで活躍。映画デビューは1978年、29歳の時だった。それ以来、映画、ドラマへの出演作が途切れることはなく現在に至る。
「俳優が天職かと聞かれたら、そうかもしれない。学生時代に興味が持てたのは、美術と演技の2つだけ。そこで最初に美術の専門学校に1年通い、ちょっと自分でもピンと来なかったので、演劇の学校に移ったところ、最初の1週間で『これが私の居場所だ』と確信できた。そして今、私はこの世界を心から楽しんでいるので、まぁ天職を得たと言っていいのだろう」
パレットの絵の具を変えるように…
その長いキャリアの中で、ブロードベントにとって、2つの大きなターニングポイントがあったという。
「最初は『ブロードウェイと銃弾』(1994年)だ。ウディ・アレンが役者として『こうあるべき』という私の認識を変えてくれた。そして2度目は『トプシー・ターヴィー』(1999年)。ヴェネチア国際映画祭で男優賞をもらったので、“賞をもらった俳優”のリストに入り、業界で箔がついたわけだ。この作品のマイク・リー監督は、私がまだ映画界でどうキャリアを進めるべきか迷走している時期に、基礎となるものをもたらしてくれた恩人でもある」
1990年代にこのようにいくつかのピークを迎え、そこからは順風満帆。ハリウッド大作から、イギリス映画の小品まで、あらゆるタイプの仕事に合わせる熟練の技を磨き続けている。これだけのキャリアを経ると、演技をすることは、イコール生きることになっているのではないか。
「年齢を重ねることは、改めて素晴らしいと実感している。『髪の毛が抜けるごとに、新しい衣装を着る機会に恵まれる』というのが私の考えだ。すべてが変化していく。しかも意識的ではなくね。だから、いつの間にか老人の役もできるようになる。画家に例えるなら、パレットの絵の具の色が少しずつ変わっていくようなもの。ゆっくりと、そして確実に……。やがて演じることに無理に集中しなくてもよくなるんだ」
許容範囲を広げて、そこに自分をアジャストする
このようなブロードベントの境地にたどりつくまでに、俳優には長い時間と豊富な経験が要求されるだろう。では、その境地に立つプロフェッショナルから、一流の俳優をめざす若い世代に、何かアドバイスはないか。そんな質問を投げかけると、彼は言葉を噛みしめるようにこう話してくれた。
「私が若かった時代と、現在の状況はまったく違う。かつては小さな町にも劇場があり、そこで演劇を学んだ若者もたくさんいた。今は自分でオーディション用の映像を制作して、それによってテレビや映画のキャストが短時間で決まる時代。だから実用的なアドバイスをもらうなら、私よりも同世代の人からの方がいいだろう。
それでも何か伝えられるとしたら、とにかく新しいことを学ぶために、仕事なら何でも引き受ける姿勢。未知のジャンルから新たなインスピレーションをもらうために、許容範囲を広げること。そこに自分をアジャストしていく。その積み重ねで仕事のチャンスが増えるわけだ。イメージを築き上げるスターではなく、個性派俳優をめざした私は、つねに本来の自分とは異なる側面に挑むようにしてきた。
そしてこれは細かいことだが、映画のビジネスに携わるうえで重要なのが、忍耐強い性格だとも思う。撮影では何時間も待たされたることがあるので、短気な人は向かないだろう。時にはイライラすることがあっても、快適に、自由に時間をつぶせる人が俳優にふさわしい。もちろん周囲に『いい性格』と印象づけて、次の仕事につなげるのも大切だよ」
俳優という仕事は、映画やドラマ、舞台などを通し、観た人に強い影響を与え、大げさな言い方をすれば、誰かの人生を変えるきっかけも作る。そのような使命感を持っているかを問うと、ジム・ブロードベントはサラリと答えを返してくる。
「私が誰かの人生に影響を与えてきたかって? それは、その人に聞いてみないとわからない。私の人生に影響を与えた人なら、挙げられるけどね。それは、私がこれまで会った愛すべき人たち、すべてだよ」
いくつもの役を“生きた”名優の言葉は、俳優という職業の枠を超え、シンプルに人間として心に染み渡るものだと、ジム・ブロードベントは教えてくれる。
『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』
(c) Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022
配給:松竹
6月7日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開