Yahoo!ニュース

「ただの死骸」「人格障害」 セクハラ二次被害を「お膳立て」する会社にどう対抗できる?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
記者会見を行うセクハラ被害者のAさん

セクハラ相談のうち、会社に声をあげるのは1%?

 神奈川県の工業用接着剤メーカー「アセック株式会社」に勤める30代の正社員女性のAさんが、上司から体を触られるなどの継続的なセクハラを原因として適応障害を発症し、昨年10月に相模原労働基準監督署によって労災認定された。

 Aさんが加入する労働組合「総合サポートユニオン」が1月17日、記者会見を行って明らかにした。会見にはAさんも参加して経緯を説明した。上司はAさんに抱きついたり、両肩を掴んだり、頭を撫でるなどの行為を繰り返していたという。

 また、同社の副社長や役員はAさんに対して、セカンド・ハラスメント(二次被害)の発言を行ったうえ、被害者であるAさんのみに部署異動を命じている。さらには、社内でセクハラ被害が公開されなかったことに乗じて、加害者である上司は休職中のAさんの中傷を職場で続けたという。これらが事実であれば、セクハラ被害と二次被害の典型と言って良いだろう。

記者会見の様子。話をするAさん。
記者会見の様子。話をするAさん。

 今年は、男女雇用機会均等法におけるセクシュアル・ハラスメント防止の規定がスタートして25年になる。同法にもとづいて厚生労働省の都道府県労働局の相談窓口が対応するセクハラ相談は近年、年6000〜8000件ほどに上り、これも氷山の一角に過ぎないとはいえ、被害の膨大さが窺える。

 しかし、相談だけでなく、会社や加害者の謝罪や処分、賠償、再発防止までを求めたケースはあまり多くない。2022年度の数字を参照すると、厚労省の制度である紛争解決の援助や調停を申請した件数は、それぞれ80件、59件にとどまり、相談件数の1%程度しかない。セクハラによって精神疾患を発症した被害も多いはずと思われるが、労災が認定されたのはたった66件だ。しかも、実際にセクハラ被害について声をあげても、会社が二次被害を行ったり、非協力的であったりというケースも多い。

多くの事件では、二次被害の結果、被害そのものが闇に葬り去られてしまっていると考えられる。そんな中、今回の接着剤メーカーのセクハラ労災事件は、企業の二次被害を受けながらも、被害者が積極的に権利行使を行っている点に注目される。

 本記事ではこの事件の経緯をつうじて、ハラスメント被害に対する企業の「不適切」な対応のパターンを確認しながら、セクハラ被害に対して被害者がどのように権利を行使できるのかを考えていきたい。

記者会見の様子。
記者会見の様子。

会議室で上司に抱きつかれ、頭を撫でられる

 まず、Aさんが受けたセクハラ被害を確認していこう。なお、記述にあたっては相模原労基署の資料と、総合サポートユニオンの取材を参照している。

 Aさんの勤務する「アセック株式会社」は従業員30名ほどの中小企業だが、電子機器に使用されている接着剤を製造しており、世界的に人気の高いスマートフォンやタブレット、ノートパソコンなどにも用いられているという。現在、台湾にあるシクソン・グループが親会社となっている。

 Aさんがアセックに入社したのは2014年のことだった。Aさんは購買部という部署で、接着剤を開発・製造するために使用する原料や資材の取引先からの購入などの業務を担当していた。

 そこでAさんに業務の指示をしていたのが、上司のB氏だ。B氏は同社の「製造部」と「購買部」の部長を兼任しており、同社にとっては非常に重要なポジションを担当していた。B氏はAさんに多くの業務量を任せ、厳しく高圧的な態度をとる一方で、セクハラを行うようになっていった。

 ユニオンによれば、2021年夏頃から、B氏によってたびたび頭を撫でられ、抱きつかれる被害が続くようになったという。2022年1月18日にも二人きりになった会議室で抱きつかれ、頭を撫でられ、「評価するのは俺だからいいだろう」と発言された。Aさんは不安感や恐怖感を持つように追い込まれていった。

 この1月の時点において、身体的接触を含む継続的なセクハラを受けたことを原因として、Aさんが適応障害を発症したと相模原労基署は認定している。会社の調査では、B氏も2022年初頭にAさんに抱きついたことを認めている。

 その後も被害は続いた。ユニオンによれば同年4月にも、B氏は会議室に二人きりで5時間にわたってAさんを引き止め(この拘束によって、Aさんは休憩を全く取得できなかったため、相模原労基署はアセックに労働基準法違反で是正勧告を出している)、正面から両肩を掴んで揺さぶり、長時間抱きついて、「俺じゃダメか」「お前は腕を回さないのか」と発言したという。

「謝罪」のはずが、加害者と会社が被害者を責め立てた

 厚労省が行ったハラスメント調査(2020年)によれば、セクハラを受けて会社に相談したにもかかわらず、会社が「何もしなかった」と回答した労働者は33.7%に及んでいる。Aさんの場合はどうだったろうか。

 2022年4月のセクハラの後、Aさんは会社に被害を相談した。しばらくして、B氏による「謝罪」があるとして、Aさんは副社長らから会議室に呼び出された。

 待ち受けていたB氏は机を強く叩いて立ち上がると、自分が過去にAさんの体に触れたことで「不愉快な思い」をさせたなら「お詫び」すると淡々と述べ始めた。だが間髪入れずに、「私は上司として然るべき対応をとった」「(Aさんが)自分の身を考える場面も出てくるんじゃないか」と、論点をずらし始め、Aさんの仕事ぶりを責め始めたのだ。

 B氏がAさんに面と向かって責任転嫁するさまを副社長らが見守っており、加害者による二次被害を会社が「お膳立て」している状態だった。副社長はこの場でB氏の発言について、「俺は最大限のお詫びだと思うけどね」とまで擁護した。

 さらに、副社長と役員は、「「被害者」と「加害者」のようなことをはっきりさせたいっていうおつもりだったらね、会社としてはそこははっきりさせるつもりはない」、「我々からすると、その被害者と加害者って非常に曖昧になっちゃってて、全ての人に一定の修正しなきゃいけないポイントがあると思ってる」などと、被害者であるはずのAさんの責任を示唆して、B氏に対する責任追及を曖昧にしたのだ。

 前述の厚労省のハラスメント調査によれば、セクハラを職場に相談した労働者のうち、ハラスメントが認定された後の会社の対応として、「あなた(注:被害者)自身の問題点を指摘し、改善するよう指導した」という回答が4.1%あった。非常に多いとまでは言えないかもしれないが、無視できない数字である。被害者側に罪悪感を持たせる発言は、それ以上に会社の責任を追及させず、損害賠償請求など労働者としての権利の行使を思いとどまらせる効果がある。

加害者の異動なしは「必須」、被害者のみを異動させる

 さらにAさんを決定的に追い込んだのが、「不利益取り扱い」だ。アセックの副社長と役員は、AさんとB氏の二人の「感情」が悪化しているとして、「Aさんの方に部署を異動してもらうっていう方向で今は考えてる」と、被害者であるはずのAさんのみを部署異動すると伝えてきたのだ。

 前述のように、B氏は製造部長と購買部長を兼任しているが、副社長たちはB氏が製造部長として続投することは「必須」だと断言した。だが、製造部長は全製品のコストの管理を担当することが業務のため、購買部の業務にも口を出すことになってしまう。

 したがって、仮に購買部長からB氏を異動させても、Aさんが購買部にとどまるのであれば、B氏との接触は避けられないというのだ。このように説明して、副社長たちは、Aさんが異動を拒むなら「(B氏がAさんに)理不尽な要求してくるよ」「それこそつらくない?」とB氏による「二次被害」の可能性をちらつかせる発言をしたという。

 なお、このような発言にもかかわらず、後日ユニオンが異動の撤回を求めたところ、アセックは「ハラスメントとは無関係です。業務上の必要に応じて判断したものですので、撤回する予定はありません」と説明している。

 不本意な異動を伝えられ、体調が決定的に悪化したAさんは、受診した心療内科で適応障害を発症していると診断され、そこから休職に入った。

 前述の厚労省のハラスメント調査によれば、セクハラを職場に相談した労働者のうち、「相談したことを理由としてあなたに不利益な取扱い(解雇・降格・減給・不利益な配置転換など)をした」と回答したは15.4%にのぼっており、決して少なくない。Aさんの異動も典型的な「不利益な取り扱い」である可能性がある。この狙いは、会社にとって、より利益をもたらす立場にある加害者を守ったり、職場で自らの権利を行使する労働者に対する「牽制」や「報復」であったりするとみられる。

 このように、Aさんが会社から受けた二次被害は決して例外的なものではなく、「典型」なのである。

 Aさんの希望にもかかわらず、アセックはハラスメント被害について社内では特に公表しなかった。さらにAさんが適応障害を休職して職場にいなくなったことに乗じて、B氏はAさんの中傷を繰り返した。Aさんを指して、同僚たちに「ただの死骸」「人格障害」「病院行けって」「社会不適合者でしょ」などの発言を行っていたという。加害者による深刻な二次被害だが、会社が被害や処分の開示など、適切なハラスメント対応をしていれば防げたはずだろう。

国の紛争解決援助も「打ち切り」、ユニオンへ

 厚労省はセクハラの紛争解決援助の制度として、都道府県労働局長による「援助」と、調停委員(弁護士や学識経験者などの専門家)による「調停」の2つを備えている。

 休職中のAさんは「泣き寝入りはしたくない」と考え、神奈川労働局にセクハラ被害と二次被害を相談し、まず「援助」の制度を申請した。会社は話し合いにこそ参加したものの、Aさんの要求した異動の撤回などを拒否し、打ち切りになってしまった。次にAさんは調停の申請を行ったが、会社はそもそも参加しなかった。これらの厚労省の制度は会社に対して強制力がないため、会社が非協力的であった場合、それで終わってしまう

 途方に暮れたAさんは弁護士にも相談しながら、最終的に労働組合「総合サポートユニオン」で闘うことを決めた。総合サポートユニオンが東映のセクハラ事件で当事者と一緒に闘っているというニュースを見たことがきっかけだった(下記記事参照)。

参考:度重なるセクハラで「東映」を提訴! 「常習犯だから気にする必要がない」との対応も

 しかし、Aさんが労働組合を選んだ理由はそれだけではない。労働組合が、労働組合法によって重要な権利を認められているため、会社と闘うことができると思ったからだ。

 まず、企業は労働組合から団体交渉という話し合いを求められた場合、応じる義務がある。単に話し合いに応じるというだけでなく、要求に応じられないのならその理由を具体的に説明するなど、誠実な対応をしなければならない。総合サポートユニオンではアセックに対して、Aさんに対する一連のハラスメントを認定すること、同社がB氏に対して行ったハラスメント調査について詳しく回答すること、Aさんに対する異動の撤回、Aさんに対して休業補償や慰謝料を支払うことなどを要求しているとのことだ。

 また、労働組合は会社の労働問題について宣伝活動を行ったり、ストライキなどの実力行使をしたりすることができる。すでにAさんたちは、会社の前や最寄駅などで街頭宣伝を行い、ブログでも経過を発信している。こうした取り組みによって、Aさんたちは自らの被害や、会社の不誠実な対応などを同僚にも少しずつ知らせることができているそうだ。

 加えて、Aさんが最も労働組合の意義を感じたのが、労働組合には一緒に闘う組合員の仲間がいるということだという。団体交渉や街頭宣伝には他の職場で働く労働者や、学生や社会人のボランティアが組合員として参加している。この仲間に背中を押されたり、一緒に会社に対する書面や宣伝を考えたりすることができるようになったことが、Aさんの支えとなっている。昨年11月にアセックの本社前で街頭宣伝をしたときは、約40人が集まったという。

*なお、筆者はアセック株式会社に取材を申し込んだが、期限までに回答を得ることができなかった。

おわりに

 問題のある会社は、セクハラなどの労働者の権利侵害について適切に対応しないどころか、被害者に対する二次被害をも引き起こす。また、強制力のない厚生労働省の調停では、悪質な企業に責任を取らせ、体質を変えさせることも難しい。

 会社にハラスメントの責任を追及していくためには、闘う労働者を支えていく労働組合や弁護士などによる支援がますます必要になっているといえるのではないだろうか。

参考:セクハラへの法的な対処法を学ぶイベント

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEでは、1月21日(日)にセクハラに詳しい労働弁護士をゲストに招いたイベントを開催する。ハラスメントなどの労働問題を抱えていて何ができるのか知りたい方や、そうした人が近くにいて何か力になれないかと模索している方、社会問題や支援活動に関心のある学生・社会人が対象だ。また、ハラスメントと闘っている労働組合の組合員が、当事者の立場から発言する。興味のある方は参加してみてほしい。

「職場のセクハラに泣き寝入りしない〜弁護士と当事者が語る闘いのリアル〜」

日時:2024年1月21日(日)14時〜16時

場所:ふれあい貸し会議室 新宿No25(東京都新宿区西新宿1-19-2 第1セイコービル5階)

参加方法:会場参加およびZOOMによるオンライン参加

講演者:長谷川悠美弁護士(日本労働弁護団常任幹事/東京法律事務所)

※要予約

無料労働相談窓口

総合サポートユニオン 

電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:info@sougou-u.jp

公式LINE ID: @437ftuvn

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

NPO法人POSSE  

電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

メール:soudan@npoposse.jp

公式LINE ID:@613gckxw 

*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

仙台けやきユニオン 

電話:022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

メール:sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団 

電話:03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

電話:022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

今野晴貴の最近の記事