「スルーする力」フェイクの氾濫で消耗しないスキルとは?
氾濫するフェイクニュースの見極めで消耗しないために、大切なのは「スルー力」――そんな新たなリテラシーが提言されている。
フェイクニュースの発信者は、ユーザーの関心(アテンション)を奪い取ろうと、刺激的で注目度の高いコンテンツを次々に拡散する。ユーザーはだまされないために、情報の吟味に目を凝らすが、フェイクニュースの洪水を前に、関心の浪費と消耗に行き着く。
だからこそ、フェイクニュースを「無視」できることが重要になる、と独マックス・プランク進化人類学研究所や米スタンフォード大学などの研究チームは11月8日に発表した論文で指摘する。
情報の信頼性の見極めで消耗する前に、「スルー力」を発揮する。
この「スルー力」戦略は、ユーザーのフェイクニュースへの対処だけではない。メディアによるファクトチェックの判断でも、その重要性が指摘されている。
フェイクニュース時代を生き抜くための「スルー力」とは。
●関心を乗っ取られないために
独マックス・プランク進化人類学研究所のアナスタシア・コジレバ氏、米スタンフォード大学教育大学院教授、サム・ワインバーグ氏らの研究チームは11月8日、学術誌「カレント・ディレクションズ・イン・フィジカル・サイエンス(Current Directions in Psychological Science)」で公開された論文の中で、そう指摘している。
フェイクニュースに一人ひとりのユーザーが対処するには、情報の信頼度や正確さを見極めるリテラシー(識別能力)が必要だといわれる。
しかし、ユーザーの関心を奪うネットの仕組みの中で、その能力が浪費されてしまっている、と研究チームは述べる。
そこで重要になるのが、「何を無視するか」だという。「低品質で誤解を招くが認知的には魅力のある情報に抵抗する方法を学び、自分の限られた関心の力をどこに投資するかを決定する」――。
それが、批判的思考(クリティカル・シンキング,critical thinking)を補完する「批判的無視(クリティカル・イグノアリング,critical ignoring)」だという。
限りある資源(リソース)である関心を浪費しないための戦略だ。
●お菓子を棚の奥に置く
研究チームは、情報の種別に対する3つの対処法を示す。
まず「気を散らせる低品質の情報」に対する「自己ナッジ」だ。
「ナッジ」とは、強制なしに行動に影響を与えることを指す。ノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学教授、リチャード・セイラー氏とハーバード大学ロースクール教授のキャス・サンスティーン氏が共著『実践 行動経済学』で提唱したことで広く知られる。
ここで言う「自己ナッジ」は、ソフトな自主規制、といった意味合いで使われている。例に挙げているのは、アイフォーンのアプリ「スクリーンタイム」を使ってスマートフォンの利用時間を管理したり、アプリを一定期間無効にすることだ。
それによって、情報環境のコントロール権をユーザーの手に取り戻すことが目的だという。
さらに「虚偽・ミスリーディングな情報」に対しては「横読み」(*この訳語および紹介は法政大学教授、坂本旬氏による)の手法を示す。
「横読み」は研究チームの一人、ワインバーグ氏らが、プロのファクトチェッカーの検証手法から取り上げたアプローチだ。
情報内容の検証以前に、外部の評価から信頼性の目途をつける。閲覧ソフト(ブラウザ)を縦方向にスクロール(縦読み,vertical reading)する前に、タブを次々開き、外部情報を横展開する検証法だ。
今回の論文で、研究チームはそう指摘する。
さらに「荒らし(トロール,troll)と悪意ある発信者」への対処法として、「荒らしに餌与えるべからず」を示す。
ソーシャルメディアで拡散する反ワクチンのプロパガンダの65%は、わずか12の個人に行き着く――米英に拠点を置くNPO「デジタルヘイト対策センター(CCDH)」は2021年3月、そんなレポート「ディスインフォメーション・ダズン(The Disinformation Dozen,偽情報の12人)」をまとめている。
※参照:コロナワクチンのデマ対策、Facebookに司法長官が問いただす(07/04/2021 新聞紙学的)
このような科学否定論や陰謀論の発信者に関与しないこと。そして、悪意をもった攻撃などの荒らし行為には、「反応せず」「ブロックし、プラットフォームに報告する」ことを挙げる。
その上でこれらの戦略を、教育に実装していくことを提言する。
●「臨界点」を見極める
フェイクニュース対策NPOだった「ファースト・ドラフト」の戦略・研究責任者を務め、現在は米ブラウン大学情報未来研究所教授のクレア・ワードル氏は、2017年9月の投稿「誤情報をカバーする前に問うべき10の質問(10 questions to ask before covering misinformation)」の中で、そう指摘する。
※参照:「真実のサンドイッチ」と「スルー力」、フェイクを増幅しないための31のルール(12/13/2019 新聞紙学的)
メディアがフェイクニュース拡散を報道しないでいるか、ファクトチェックをして報道するか。ワードル氏が指摘する「ティッピング・ポイント」とは、そのメリットとデメリットを比較衡量して、メリットが上回るタイミングのことを指す。
そして、フェイクニュースの拡散が「ティッピング・ポイント」を超えていないと判断される場合には、「スルー力」が必要になる。
報道するという判断をした場合も、デメリットを抑えながら、フェイクニュースの否定を効果的に広める戦略が必要になる。
「スルー力」やバランスを考慮しないと何が起きるのか。
東京大学教授の鳥海不二夫氏らは、2022年4月に発表した研究結果で、2020年2月末に発生したトイレットペーパー不足が、ツイッター上の誤情報よりも、その訂正情報の拡散によって引き起こされた可能性が高いことを指摘した。
つまり、フェイクニュースへの警戒呼びかけが、かえってトイレットペーパーを買いに走らせる原因となったようだ、という見立てだ。
さらに鳥海氏らは、訂正情報の共有を誤情報を目にしたユーザーのみに限定することで、トイレットペーパー不足を緩和させる可能性があったことも示している。
また米ダートマス大学教授のブレンダン・ナイアン氏らは2010年の研究で、フェイクニュースの否定が、さらにフェイクニュースへの固執を強めてしまう「バックファイヤー効果」の存在を指摘している。
※参照:新型コロナ:「デマ否定」がデマを拡散させる――そこでメディアがやるべきことは(04/06/2020 新聞紙学的)
※参照:偽ニュースの見分け方…ポスト・トゥルース時代は、まだ来ていない(12/31/2016 新聞紙学的)
「スルー力」とバランスが、メディアに求められている。
●見なくてもいい情報
今回の論文を紹介しているメディアサイト「ニーマンラボ」のジョシュア・ベントン氏は、こう述べている。
正確で客観的な情報の共有は、民主主義社会の基盤だ。知っておくべき情報は、世の中にたくさんある。
ただ一方で、見なくてもいい情報、スルーしておく方がいい情報もあふれている。
社会の「スルー力」が問われている。
(※2022年11月18日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)