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東野圭吾の最新ミステリー『白鳥とコウモリ』は愛知が舞台!勝手にロケナビしてみた

大竹敏之名古屋ネタライター
『白鳥とコウモリ』は東京と愛知、現在と過去を行き来する重厚なミステリー

傑作ミステリーの舞台は筆者ゆかりの地

当代屈指の人気作家、東野圭吾の最新作『白鳥とコウモリ』(幻冬舎)。東野作品の中でも最高傑作との呼び声も高く、評判通りベストセラーとなっています。

筆者も早速購読したところ期待に違わぬ面白さ。アッと驚く展開にページをめくる指が止まらなくなりました。が、筆者が一番アッ!と声を上げてしまったのはこのくだり。

愛知県の常滑市に間違いないと和真氏は断言していた。〇〇〇〇(※筆者書き換え)が一九八四年に起こした事件の舞台は愛知県岡崎市どちらも愛知県だ。

常滑市は筆者の、そして岡崎市は妻の生まれ故郷。それだけでなく物語で描かれる常滑のやきもの散歩道は筆者の中学生時代の通学路東岡崎駅は妻の実家に行く際に降りる最寄り駅と、まさにピンポイントで勝手知ったる場所なのです。さらには、登場人物が中日ドラゴンズファンであることが謎を解く鍵で、名古屋を訪れた刑事が「味噌カツ食べたことないんです」なんていうのです。稀代の傑作ミステリーが筆者にとっては超ご当地小説で、3倍得した気分を味わうことができました。

ちなみに作者・東野圭吾にとっても愛知県はゆかりの地。小説家デビュー当時は、愛知県刈谷市のデンソー(当時は日本電装)の社員で、作中で事件が起こる一九八四年の岡崎市は、当時の氏が過ごした時代、そして勤務地にほど近い場所なのです。作者にとってもなじみのある土地だったことが、今作で愛知が舞台になったことの理由だと考えられます。

そして、東野圭吾といえばキムタク主演で大ヒットした映画『マスカレード・ホテル』、阿部寛主演でシリーズ化されたドラマ『新参者』など、数え切れないほどの作品が映像化されています。当然、『白鳥とコウモリ』も映像化への期待が高まります。

そこで、物語の舞台を知る地元ライターである筆者が、来る映像化に向けて(?)、それぞれの町の魅力を紹介する“勝手にロケナビゲーション”をしたいと思います(ストーリーのネタバレはありませんので、作品を未読の方もご安心ください)。

本のカバーの奥に隠された場所、常滑・やきもの散歩道

まずは筆者の地元である愛知県常滑市。作中でも紹介されている通り歴史ある焼き物の町で、日本六古陶(ろっこよう ※他に瀬戸、越前、信楽、丹波、備前)のひとつに数えられます。

常滑・やきもの散歩道の「でんでん坂」。トップ画像の「土管坂」と合わせて作品内で「名所の一つ」として紹介されている
常滑・やきもの散歩道の「でんでん坂」。トップ画像の「土管坂」と合わせて作品内で「名所の一つ」として紹介されている

登場人物が訪れるやきもの散歩道は、陶磁器生産の中心部だったエリアで、名鉄常滑駅から徒歩5分。小高い丘陵地に黒板塀の工場や倉庫がひしめき合い、迷路のような小径には壺や土管が埋め込まれて独特の景観を成しています。陶芸体験ができる工房や、工場跡を活かしたギャラリーやカフェなどもあるので、焼き物が好きな人なら1日散策を楽しめるでしょう。

風情ある町並はロケ地に使われることも多く、映画『20世紀少年』や昨年のNetflixアニメ『泣きたい私は猫をかぶる』などでも印象的にフィーチャーされています。

さて、本にはひとつ仕掛けが隠されています。カバー写真は第一の事件現場である東京の風景なのですが、これを取り外すと雑草が茂った田舎町の写真が現れます。空き地のそこここに鉢や土管が無造作に置かれた様子から筆者はすぐに常滑だと気づきました。そこで地元の観光案内所と市役所に表紙の写真を送って尋ねてみると、すぐに当該地が判明。まさしくやきもの散歩道の一角にある陶房の前の空き地でした。

カバーを外すと現れる常滑の風景写真。地元に問い合わせると、やきもの散歩道内にある窯元「陶 兵八(とうひょうはち)」前の空き地であることが判明
カバーを外すと現れる常滑の風景写真。地元に問い合わせると、やきもの散歩道内にある窯元「陶 兵八(とうひょうはち)」前の空き地であることが判明

「狸の置物が並ぶ場所」は存在するか?地取り取材の顛末!

常滑をロケナビするにあたって、もうひとつ特定したい場所がありました。それは真相究明の鍵を握る古い写真に写る「狸の置物がたくさん並んでいる」場所です。この写真をきっかけに物語の舞台が常滑に移るのですが、私の記憶の中には常滑にそのような景色はないのです。常滑焼は急須が有名な他、昭和40年代頃までは土管や植木鉢の生産が盛んでした。まねき猫の生産は日本一といわれますが、狸がたくさん作られていた印象はありません。やきもの散歩道にある陶房やギャラリーなど、地元の人に尋ねて歩いたのですが、「以前は作っている人もいたけど今はもうおらんね」「一体二体置いてあるところはあったけど、たくさん並んでいるのは覚えがないね」との答えばかりでした。

昭和40年代と思しき狸の置物が並ぶやきもの散歩道の風景。これについては作者のフィクションなのか? そう結論づけようとも思っていたところ、思わぬ展開が待っていました。

やきもの散歩道にあるギャラリーで「とこなめ陶の森資料館なら狸が何体か並んでいますよ」と教えてもらい、車で5分ほどの現地へ。ところが、施設はリニューアル準備のため休館中。あきらめて帰ろうとしていたところ、軽のワンボックスで職員らしき男性2人が現れました。声をかけると「正面横にあるので窓越しに見られますよ」と教えてくれ、確かに館内に子どもの背丈ほどのものをはじめ数体の狸が並んでいました。せっかくなので中から写真を撮らせてもらえないかと、あらためて通用口から館内に忍び込むように入っていくと、先の男性スタッフが私の名刺を受け取るや「私、大竹さんのこと知っていますよ」とにっこり。この学芸員、小栗康寛さんは私の本の読者だったのです。おかげで怪しまれることなく打ち解けたムードになり、あらためて事情を説明すると「それなら写真がありますよ」というではないですか! 小栗さんによると「窯元が廃業したり煙突が取り壊されたり町並がどんどん変わっていってしまうので、できるだけ写真を残しておくようにしているんです」といい、地元の人から古い写真を借りて資料館でデジタルアーカイブしているとのこと。そして狸に関しては「大正から昭和初期まで甕づくりの職人がつくっていました。戦後は型を使った量産物も出てきたようで、狸が並んでいる写真は昭和40年代くらいのものじゃないかと思います。ただし、平成以降は完全に絶たれてしまっています。それでも、やきもの散歩道界わいでは今も窯元や民家の玄関先に置かれていたり、産地としての片りんは残っています」といいます。そんな狸談義に花を咲かせながら、アーカイブの中から見つけてくれたのが下の写真です。

ついに見つかった、狸の置物が並ぶやきもの散歩道。カラーの色合いから昭和40年代の写真かと思われる。作品では、こんな風景を背に撮られた過去の写真が真相究明の糸口になる。とこなめ陶の森資料館提供
ついに見つかった、狸の置物が並ぶやきもの散歩道。カラーの色合いから昭和40年代の写真かと思われる。作品では、こんな風景を背に撮られた過去の写真が真相究明の糸口になる。とこなめ陶の森資料館提供

まさしく小説に登場する「狸の置物がたくさん置かれている」風景です! 登場人物が見つけたのは、まさにこんな景色をバックに撮られた写真なのだ…! そう思うと作品にいっそうリアリティを感じることができました。そして、1枚の写真を頼りに歴史に埋もれた真実を見つけ出そうとする登場人物の行動を、筆者も図らずも追体験できたのでした。

常滑焼の狸は目がくりぬかれて鼻先が尖っているのが特徴。信楽焼の目がくりっとしたかわいらしい狸とはかなり異なる。左はとこなめ陶の森資料館の小栗さん。真ん中は散歩道のギャラリー「ほたる子」で販売している狸
常滑焼の狸は目がくりぬかれて鼻先が尖っているのが特徴。信楽焼の目がくりっとしたかわいらしい狸とはかなり異なる。左はとこなめ陶の森資料館の小栗さん。真ん中は散歩道のギャラリー「ほたる子」で販売している狸

30年前の事件の舞台、東岡崎駅を巡る大問題…!

物語は現在と過去、2つの事件を軸に進みます。東京で起きた事件を捜査する中で、浮かび上がってくるのが愛知県岡崎市で起こったおよそ30年前の事件です。その現場が名鉄東岡崎駅前の雑居ビル。同市は中心部にJRと名鉄が乗り入れているのですが、古くからの町の中心は名鉄東岡崎駅界わい。現在も雑居ビルは多く、また飲食店も数多く軒を連ねています。

現在の東岡崎駅前。雑居ビルが数多く並び、行列のできるラーメン店など魅力的な飲食店も多い
現在の東岡崎駅前。雑居ビルが数多く並び、行列のできるラーメン店など魅力的な飲食店も多い

さて、もしも『白鳥とコウモリ』が映像化される場合、大きな問題が浮上します。東岡崎駅には昭和33年に開業した岡ビル百貨店があったのですが、今年5月末に60余年の歴史に幕を下ろし閉店してしまったのです。ビルは近く解体される可能性が高く、物語の重要な舞台、一九八四年の東岡崎駅周辺を描くには欠かせない建物が、撮影の時には無くなってしまっていることになります。

しかし、現代の技術であればCGによる再現も可能なはず。岡ビル百貨店は長く地域に愛されてきた建築なので写真資料なども数多く残されており、是非このビルを含めて30年前の岡崎の風景を再現してもらいたいもの。筆者の手持ちの写真もここで掲載するので、映画会社のご担当者さん、必要であればどうぞリクエストしてください!

レトロな駅ビル商業施設として地元の人からマニアにまで愛されてきた岡ビル百貨店。写真は営業最終日の前日、2021年5月30日撮影。小説に登場する30年前の東岡崎駅界わいの景色にはこのビルが必要不可欠
レトロな駅ビル商業施設として地元の人からマニアにまで愛されてきた岡ビル百貨店。写真は営業最終日の前日、2021年5月30日撮影。小説に登場する30年前の東岡崎駅界わいの景色にはこのビルが必要不可欠

映像化の際には是非これらの写真を参考に。何なら貸し出しにも対応します
映像化の際には是非これらの写真を参考に。何なら貸し出しにも対応します

小説では、岡崎の特定のエリアやスポットはほとんど描かれないのですが、近年は駅前にオープンテラスのあるカフェやホテルが入居するおしゃれな複合商業施設「OTO RIVERSIDE TERRACE(オト リバーサイドテラス)」が完成し、橋の上が公園になっている桜城橋が架けられるなど、川沿いに新たな魅力的なスポットも増えています。そこから町のシンボルである岡崎城や、地域が誇るブランド・八丁味噌の老舗蔵元まで足を延ばすのもいいでしょう。

左上は2019年にオープンした東岡崎駅直結の「オト リバーサイドテラス」。同施設には地元の英雄・徳川家康の巨大な像やユニークな鯉のエサの自販機も。右下は駅横の六所神社。本堂と鳥居の間に踏切がある
左上は2019年にオープンした東岡崎駅直結の「オト リバーサイドテラス」。同施設には地元の英雄・徳川家康の巨大な像やユニークな鯉のエサの自販機も。右下は駅横の六所神社。本堂と鳥居の間に踏切がある

聖地巡礼と合わせて地元グルメも楽しんで

それぞれのエリアのおススメのグルメスポットも紹介しておきましょう(作品に実際に登場するお店ではありません)。

【常滑/大蔵餅】

やきもの散歩道の入口にあたる常滑陶磁器会館からは徒歩15分ほど。登場人物がやきもの散歩道から旧・鬼崎町へレンタカーで移動するくだりがあるのですが、その際には必ずこの店の前を通ります。庭を望んで食べられるかき氷が大人気で、土日は数時間待ちの行列ができることも。ジャンボサイズのかき氷の中からふくよかな甘みの小豆が現れ、店内で挽いている香り豊かな抹茶や優しい甘みのせんじなどをかけて“味変”しながらいただきます。(大蔵餅HP)

昭和26年創業の地域で愛されている和菓子店。近年はかき氷のイートインで大ブレイク。写真の抹茶みるく金時は1010円
昭和26年創業の地域で愛されている和菓子店。近年はかき氷のイートインで大ブレイク。写真の抹茶みるく金時は1010円

【東岡崎/備前屋本店】

東岡崎駅から最も近く、また岡崎を代表する和菓子の名店。登場人物が東岡崎駅に向かう途中、最中の詰め合わせを買ったのはここだと推測されます。餅入り最中「三河葵」は徳川家の紋所・葵の御紋をかたどった皮がいかにも岡崎銘菓らしい一品。作中の一九八四年当時から最中はこの一種類だけだそうなので、手土産に購入されたのはこの商品では? この他、独特な口どけのよさが魅力の「あわ雪」、パイ生地でこしあんを包んだ「手風琴のしらべ」も長く愛され続けている銘菓です。(備前屋HP)

備前屋は江戸時代後期の1782年創業の老舗。「三河葵」は10個入り864円、4個入り324円
備前屋は江戸時代後期の1782年創業の老舗。「三河葵」は10個入り864円、4個入り324円

【東岡崎/喫茶レストラン丘】

東岡崎駅から徒歩10分。上で紹介した桜城橋を渡ったところにあります。昭和45年創業でもともとはごく普通の喫茶店だったのですが、10年ほど前から壁や天井をアルミホイルと幾何学模様の色紙で埋め尽くすように。これがサイケデリックな現代アートのようだと噂が噂を呼び、今や岡崎屈指の名物喫茶に。店をド派手に変身させた張本人のマスターは意外や控えめな人柄で、メニューもモーニングからカレー、定食までごくノーマル。不思議とまったり落ち着けて、使い勝手もいい個性派喫茶です。(喫茶レストラン丘 Twitterアカウント)

“キラキラ純喫茶”とも呼ばれるスペイシーかつレトロポップな店内。なぜかプレゼントされる手製「丘」シールを店内にぺたぺた貼っていくのも楽しみのひとつ(店主の怪我の治療のため営業休止中。7月中に再開予定)
“キラキラ純喫茶”とも呼ばれるスペイシーかつレトロポップな店内。なぜかプレゼントされる手製「丘」シールを店内にぺたぺた貼っていくのも楽しみのひとつ(店主の怪我の治療のため営業休止中。7月中に再開予定)

【名古屋/昔の矢場とん】

「味噌カツって、食べたことないんですよ」。東京から名古屋へやってきた刑事、中町と五代が捜査そっちのけでまず話題にするのが味噌カツです。2人とも未体験とのことなので、まずは定番の有名店としてお薦めしやすいのが「矢場とん」。ただし、2人には新業態の「昔の矢場とん」がいいでしょう。味噌串カツをビールなどと合わせてつまめる居酒屋スタイルなので、捜査にかこつけていつも飲み屋でひっかけている2人に喜ばれること請け合い。大須と金山に2店舗あり、作中では名古屋駅から車で天白区へ向かうので、どちらの店でも捜査の帰りに立ち寄りやすく、「仕事が終わって、いい店があったら入ろう」という五代刑事のリクエストにもぴったりです。(矢場とんHP)

創業時のメニューを復刻し、2020年にオープンした「昔の矢場とん」。ロース串かつ・味噌1本150円、みそおでん1本150円~
創業時のメニューを復刻し、2020年にオープンした「昔の矢場とん」。ロース串かつ・味噌1本150円、みそおでん1本150円~

小説内で描かれた場所へ足を運ぶと、頭の中で映像が浮かび上がり、作品世界がよりリアリティを帯びてきます。読後に作品の舞台を巡れば、小説の復習、さらに映画(?)の予習にもなり、作品の余韻を何重にも楽しめます。また、地元にとっては経済効果が期待でき、注目度が高まることによって古き良き町並が守られていくことにもつながるでしょう。風情ある土地を訪れ、地元グルメも味わいながら、傑作『白鳥とコウモリ』を2倍、3倍にも楽しんでみてはいかがでしょうか?

(写真撮影/すべて筆者)

名古屋ネタライター

名古屋在住のフリーライター。名古屋メシと中日ドラゴンズをこよなく愛する。最新刊は『間違いだらけの名古屋めし』。2017年発行の『なごやじまん』は、当サイトに寄稿した「なぜ週刊ポスト『名古屋ぎらい』特集は組まれたのか?」をきっかけに書籍化したもの。著書は他に『サンデージャーナルのデータで解析!名古屋・愛知』『名古屋の酒場』『名古屋の喫茶店 完全版』『名古屋めし』『名古屋メン』『名古屋の商店街』『東海の和菓子名店』等がある。コンクリート造型師、浅野祥雲の研究をライフワークとし、“日本唯一の浅野祥雲研究家”を自称。作品の修復活動も主宰する。『コンクリート魂 浅野祥雲大全』はその研究の集大成的1冊。

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