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今日告示の自民党総裁選、熾烈な「2位争い」の展開と予想

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
総裁選の舞台となる自民党本部(写真:つのだよしお/アフロ)

 安倍総裁の辞任表明に伴う自民党総裁選が今日告示を迎えました。菅義偉官房長官、石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長の三つ巴の選挙とも言われていますが、実際のところは議員票を手堅くまとめた菅義偉氏が大きくリードをしている様相です。世間の関心は既に菅政権の閣僚人事や党人事に移りつつありますが、めったにない「新人候補だけの総裁選」ですので、この総裁選の一番の見どころでもある「2位争い」について、議員票や地方票の展開と予想をお話ししたいと思います。

総裁選の大局情勢をおさらい

 まず、今回の自民党総裁選の俯瞰図を簡単に確認しておきましょう。これだけ報道されているので詳細については省きますが、今回の自民党総裁選は両院議員総会方式で行われることに決まりました。国会議員が各1票(合計394票)を投票するほか、地方票として自民党の各都道府県連合会が1都道府県毎に各3票(合計141票)を投票し、その合計(535票・過半数は268票)で争うことになります。

 今回の総裁選でも、議員票は「派閥の論理」や「党内力学」で投票先が決まる構図となりました。菅義偉官房長官は細田派、麻生派、二階派、竹下派、石原派の5派閥から推されており、この5派閥の所属議員で自民党所属国会議員の約3分の2、地方票を入れた全体でみても半分を確保する勢いです。また、無派閥議員らで構成される菅グループからも推薦を取り付けたほか、派閥やグループに属さない無所属議員の一部からも推薦を取り付けており、事実上この議員票だけで総裁選の勝利を確実にしている状態です。一方、石破茂元幹事長、岸田文雄政調会長らはそれぞれ自身の派閥からの推薦を取り付けていますが、石破派は19人、岸田派は47人の所属議員しかおらず、無派閥の議員からの推薦も決して多くない状況です。

岸田氏が石破氏を議員票では約30票リード

 さて、ここからが本題ですが、今回の記事では『熾烈な「2位争い」の展開と予想』と題している通り、この石破・岸田の戦いに注目をしていきたいと思います。先述したとおり、石破派は19人、岸田派は47人の所属議員しかいませんが、厳密にはそれぞれの派閥に所属していない無派閥の国会議員からも推薦がないわけではありません。そもそも自民党総裁選には20人の国会議員による推薦書がなければ立候補できず、石破元幹事長は自身の派閥所属議員だけでは立候補もできません。今回は、谷垣元総裁らによるグループ「有隣会」の代表世話人でもある元防衛大臣の中谷元氏や、無派閥で元行政改革担当大臣の村上誠一郎氏が石破氏の推薦人となったことを明かしています。岸田政調会長も、同じく「有隣会」で五輪担当大臣も務めた遠藤利明氏が推薦人になっています。

 実際のところ、議員票の上積みは両者それぞれ数〜十数人と見込まれており、正確なところはわかりませんが議員票だけでみると岸田氏が約25〜35票差で石破氏をリードしているとみられています。

ドント方式と総取り方式

 次に地方票です。岸田氏・石破氏の地方票の読みに入る前に、今回の自民党総裁選における「地方票」の制度だけ解説しておきます。本来の総裁選と異なり、両院議員総会方式となった今回は、自民党の47各都道府県連合会が1都道府県毎に各3票(合計141票)を投票する形となります。ただ、党青年局らを中心として148名の国会議員らが党員の意見を反映できるよう要望をしたことで、総裁選実施にあたって党本部から各都道府県連合会には「予備選(党員投票)を実施」するよう要望が出され、そのための予算も確保されました。

 この地方票の予備選(党員投票)は、都道府県連合会毎に判断されて実施されるわけですが、実施の可否や方法は各都道府県によって異なります。各種報道などによれば、石破氏の地元鳥取や、岸田氏の地元広島を含む36の府県連が「ドント方式」を採用する一方、最も得票の多かった候補に3票をすべて割り当てる「総取り方式」が、東京都や神奈川県など7都県連で採用されるとのことです。また、1位に2票、2位に1票を割り当てることにしている奈良県連や、アンケート調査は行うものの最終的な投票先は役員で決定する北海道連、新潟県連、党役員だけで決定する秋田県連など対応はまちまちです。

 ただ、ここで重要なのは「ドント方式」を採用する多くの都道府県連でどのような形で票が固まっていくか、ということです。「ドント方式」は、「総取り方式」よりも死票が少なくなることがメリットであり、日本の国政選挙でも比例議席の政党議席割り当てで使われていることから、名前だけは聞いたことがあるかもしれません。それぞれが獲得した票数を自然数(1,2,3)で割っていき、得られた商の大きい順に割当(今回であれば3票)を決めていく手法です。

自民党総裁選(予備投票)、3候補でのドント方式のシミュレーションを筆者作成
自民党総裁選(予備投票)、3候補でのドント方式のシミュレーションを筆者作成

 細かいシミュレーションの解説や計算式は省略しますが、上記の図に示したとおり、【1】ある候補者が全体の80%近い票を獲得して、3票すべてを獲得する。【2】ある候補者が全体の50%〜70%前後の票を獲得して、2票を獲得する。2位の候補者が1票を獲得し、3位の候補者は0票となる。【3】3候補がおおよそ均等となり、各1票ずつを分かち合う。 の3パターンになるはずです。

 ここまで説明をすればお分かりだと思いますが、焦点となるのは地方票に強いと呼ばれる石破氏が、岸田氏とドント方式の選挙区でどれだけ差をつけることができるか、ということになります。以上の説明を元に、具体的な地方票の様子を見ていきましょう。

地方票で石破氏が岸田氏を30票以上リードできるか

 ここまで、地方票は自民党の各都道府県連合会が1都道府県毎に各3票(合計141票)を投票する形であり、その多くがドント方式で配分されることを解説しました。では、この地方票が一気に石破氏に流れ込むかというと、筆者はそういうことにはならないと予想しています。確かに、地方での石破氏人気は前回総裁選で現職の安倍首相相手に石破氏が地方票で45%も得票をしたことからも明らかでしょう。しかし、今回もそうなるはずだったところ、菅官房長官の立候補で状況が一変しました。

 読売新聞社が4〜6日に行った世論調査では、「自民党総裁選に立候補を表明している3人のうち、誰が次の首相にふさわしいか」という質問に対し、菅義偉官房長官が46%で最も多く、石破茂元幹事長33%、岸田文雄政調会長9%の順だったと報じています。また、自民党支持者だけに限った場合は菅氏が63%、石破氏が22%、岸田氏が8%の順だったということからも、地方票の様相が大きく変わる可能性が出てきていることがわかります。

 この自民党支持者だけに限った数字を今回の総裁選における予備投票の「ドント方式」に割り当てれば、菅氏が2票、石破氏が1票、岸田氏が0票となります。ただ、「ドント方式」で計算した場合の3票目は菅氏・石破氏が大接戦となり、地域によっては「ドント方式」でも菅氏が3票すべてを獲得することも十分あるでしょう。

 石破氏は、議員票で岸田氏にリードされている分、すなわち25〜35票を地方票で逆にリードし返す必要があります。一方、地方票のうち自身の票獲得が見込める「ドント方式」を導入している府県連は36ありますから、このほとんどで少なくとも岸田氏より1票でも多く票を獲得しなければならないといけない、ということになります。マスメディアがこぞって菅官房長官特集をはじめているこの状況下では、菅氏に地方票の多くがバンドワゴン効果で乗っかることは火を見るよりも明らかであり、現実問題として2位獲得でも厳しい選挙であることに違いはありません。

 言い換えれば、今回の総裁選における予備投票の「ドント方式」では、その地域の25%の票を得られれば必ず1票が手に入ります。石破氏は、この25%の得票が見込める地域をきちんと選択し、徹底した資源投下をすることが勝利への最短ルートということになります。

岸田氏にとっては、石破氏に「25%」を取らせない戦略が必須

 石破氏の2位獲得についての戦略という論調になってしまいましたが、真逆のことが岸田氏に言えます。即ち、各都道府県連で25%以上を石破氏に獲得されてしまっては、石破氏に1票わたってしまいます。とはいえ、全国規模の調査では「ドント方式」の都道府県連で岸田氏が票を獲得することは難しい情勢です(広島など岸田派の強い一部の自治体を除く)。

 そうなると、菅氏が75%以上の票を獲得してしまって都道府県3票をすべて石破氏が獲得する方が、石破氏に差を詰められないことになります。前回の2017年自民党総裁選は党員投票を行ったことから、党員投票によって石破氏が強い地域、弱い地域というのは明らかです。その地域を分析することに加え、石破氏にリードしている議員数を利用し、岸田派議員の多い出身都道府県では積極的な党員投票促進運動を行うことで、議員票のリードを死守することができるかもしれません。

3位じゃダメなんですか?

 「2位じゃダメなんですか?」という名言が永田町にはありますが、総裁選2位・3位に何の意味があるのか、という声もあります。ただ、この総裁選2位というポジションには大きな意味があると筆者は考えています。

 石破氏にとっては、首相の意中の人とも言われた岸田氏よりも上回ること、さらに地方票を伸ばすことで、地方の声を党員投票という形で反映できなかったから負けたという論理を前面に出し、来年の総裁選での復権を狙うことができます。地方票と議員票との齟齬が大きくなれば、党員にとっても「次こそは党員の意見を反映させよう」という機運が高まることから、石破氏にとって有利に働くでしょう。

 岸田氏にとっても、この2位というポジションは重要です。菅氏が「ワンポイントリリーフ」なのか「長期政権」なのかは、今後決まってくることでしょうが、いずれにせよその後のポジションを狙っているとされている岸田氏が石破氏の後塵を拝するようなことがあれば、党内影響力に対して党員の人気度が小さいことがより鮮明になって現れることになり、党内力学にも必ず影響を与えることになります。ここは2位を死守して後継としての正統性を保ちたいところです。

 自民党総裁選は今日8日に告示され、14日午後にグランドプリンスホテル新高輪で行われる臨時両院議員総会で投開票される予定です。わずか6日間の選挙ですが、次の総理総裁を決める選挙、その「裏の戦い」にも注目していきたいところです。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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