兵庫県知事選、市長会有志による特定候補支持表明は問題があるのか
現在行われている兵庫県知事選挙において、兵庫県市長会有志が特定の候補を支持することを表明した文書並びに記者会見が波紋を呼んでいます。
公職選挙法では、公務員が、公職の候補者若しくは公職の候補者となろうとする者にを推薦や支持する目的で、その地位を利用して行う様々な行為を違反と定めています。今回の市長会有志による文書並びに記者会見についても、弁護士が「公職選挙法136条の2第2項違反。特別職公務員の地位利用による選挙活動です。」とツイートするなど問題視する声がある一方で、弁護士資格を有する衆議院議員が「首長が首長であると明示して選挙活動をする事は、現在公職選挙法上の「地位利用」とはみなされておらず、従って公職選挙法違反ではありません。」と、違法性はないとの見解を述べるなど、意見が対立しています。
このことについて、逐条解説(コンメンタール)などをもとに、この問題についてみていきます。
兵庫県市長会有志による特定の候補の支持
現在行われている兵庫県知事選挙では、同県市長会有志が、14日、前尼崎市長の稲村和美氏を支持することを表明しました。投開票の3日前に、県内の過半数を超える現職市長が特定の立候補者の支持を表明する異例の事態となったことについて、「さまざまな誹謗中傷が飛び交っており、この時期での意向表明」(毎日新聞)となったと述べられています。
公務員の地位利用とは
一方、現職市長が特定候補を支持することを表明したことについては、公職選挙法第136条の2第2項に定める「地位利用」との指摘がネット上で(前述のように)見受けられます。
そこで、まずは公職選挙法の条文を(やや長いですが)引用します。
条文上、国若しくは地方公共団体の公務員については、地方公務員法上の公務員と書かれておらず、特別職地方公務員にあたる市長も適用されることは明らかです。そうすると、当該文書や記者会見が「その地位を利用して」いたかどうか、「選挙運動」だったかどうか、そして第136条の2第2項各号に定められた行為として行われたかどうかが問われることになります。
市長という役職を出しただけでは地位利用とはいえない
地位利用については、「公務員の地位利用による選挙運動等の規制について(昭和37年6月局議決定)」が参考になります。これによれば、「地位を利用して」とは、その公務員としての地位にあるがために特に選挙運動を効果的に行いうるような影響力又は便益を利用する意味とされ、例えば補助金や交付金の交付や融資の斡旋などの権限を有する公務員が、その権限に基づく影響力を利用したりすることを指しています。そして、「したがって、推薦状に単に職名(◯◯大臣、◯◯県知事)を通常の方法で記載し、演説会において単に職名を名乗ることは直ちに地位利用とはならない」とされています。
また、「地方公共団体の公務員の地位利用による選挙運動等の規制について(昭和38年2月14日自治丙選初第3号各都道府県選挙管理委員会委員長宛て選挙局長通知)」では、選挙はがきやポスターに肩書きを付した氏名をもって候補者の推薦をすることについて「地位利用による選挙運動」に該当しないとしています。
支持表明だけでは選挙運動とはいえない
さらに、選挙運動とは一般的に、①選挙を特定し、②候補者を特定した上で、③投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為を指します。当該文書では、選挙は特定(兵庫県知事選挙)されており、候補者も特定されていますが、「投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」かと言われると、投票依頼の呼びかけなどが行われているわけではないため、難しいところです。
記者会見を利用することについての是非
記者会見を利用することができるのは、市長の職務上の特権であり、地位利用との指摘もあります。確かに、市長会有志がプレスリリースを出して記者会見という形で意見表明をすることを「市長だからできること」を見ることもできるかもしれません。先の東京都知事選挙でも、現職の候補者が、都知事としての記者会見において、選挙運動に対しての質問に有権者の反応を具体的に説明するなどしたのは現職としての地位を利用した選挙運動との刑事告発がなされました。
一方、今回の記者会見は市長会「有志」のものであり、必ずしも市長の公務とはいえないところがあります。また、記者会見の開催や開催の告知自体は誰でもできるものであり、(実際に報道関係者がニュースバリューを感じて取材に来るかどうかは別として)記者会見の開催や、その開催を告知するための文書そのものが(市長だからできることという理論での)地位利用というには難しいでしょう。仮にこれらを違法としてしまえば、議会の場で出馬意思を確認された際の答弁や、公務の記者会見で出馬意思を問われた場合に回答できなくなることからも、投票依頼の呼びかけなどが行われていない今回の文書や記者会見を違法と断じるのは早計といえます。
一方、選挙期間中に現職市長がこのような形で文書を出したり記者会見をすることが異例であることは間違いありません。選挙期間前であっても同様の指摘はあったと考えられますが、選挙期間中にこのような形で行ったことで、「記者会見の形を利用した」との指摘が一定なされることは想定できたことであり、丁寧な説明が必要だったともいえそうです。
本文中の逐条解説は、いずれも「選挙関係実例判例集(第17次改訂版)」より引用しました。