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【2019年参議院選】官邸主導に不満噴出か 参議院自民党に流れた“匿名文書”の背景

安積明子政治ジャーナリスト
2016年の参議院選では56議席を獲得し、満面の笑みを浮かべる安倍首相(写真:ロイター/アフロ)

日歯連の一部は吉田幹事長擁立に不満

自民党の参議院議員の各部屋に以下の文章で始まる文書が郵送された。

「謹んでお手紙を出させて頂きたく存じます。国会も始まり先生におかれましてはご多忙とは思いますが、私どもの願いに対してご理解をお願いします」

 1月31日の消印が付いた封書には、差出人の名前の記載はない。代わりに宛名の下に「歯科界の政治の現状と長野県の歯科医師会会員の願い」とだけ記されていた。

 その内容とは、今年7月に予定される参議院選の比例候補選定を巡る問題だ。日本歯科医師会(歯科医師会)の政治団体である日本歯科医師連盟(日歯連)が支援してきた石井みどり参議院議員は出馬せず、歯科医で兵庫県議の高橋進吾氏が47都道府県の地方組織中45の支持を得て自民党公認候補として出馬することが決まっていた。しかし高橋氏は1月に健康上の理由で公認を辞退し、その“後任”を巡る問題がくすぶっている。

 現在のところその候補として名前が挙がっているのは、参議院自民党の吉田博美幹事長だ。吉田氏は故・金丸信氏の秘書や長野県議などを経て、2001年の参議院選で長野県選挙区から出馬し当選。以来、3期を務めてきた。だが2016年の参議院選から長野県選挙区は改選1議席となったため、吉田氏は2018年10月に長野市内で会見して後継に小松裕元衆議院議員を指名し、自身は長野県選挙区から出馬しないことを明らかにしている。

 もっとも吉田氏がすぐに政界引退するとは限らず、進退については年度末に明らかにする予定だ。そこで囁かれているのが日歯連からの支持を得ての比例区転出の話だ。昨年の総裁選でうまく取り仕切った吉田氏への官邸からの“ご褒美”との噂もある。もっとも吉田氏が所属する竹下派は日歯連の議員を擁してきたので、日歯連が吉田氏を支持しても不思議はない。

2016年には山田氏擁立に不満も

 しかしながら日歯連が望むのは「歯科医の候補」だ。2015年に発覚した迂回献金事件のため、日歯連は2016年の参議院選比例区では組織内候補とはいえない元杉並区長の山田宏氏を応援した。それに続いて次回の参院選で吉田氏を擁立するとなると、比例区では「自前の議員」がいなくなる。

 匿名で出された文面にもこう書かれている。

「前回の参議院選挙は事件の影響もあり、選挙どころではありませんでした。医師会の候補者や官房長官から直々に高橋(英登)会長に依頼があった山田(宏)先生を応援したものの、物足りなさを感じている中での今回の出来事です」

 ここでこの文面にじみ出ている官邸への不信感に注目したい。2016年の参議院選で自民党から出馬した山田氏には当初、有力な支持団体はなかった。政治信条に近い保守集団や杉並区長時代の後援会だけでは、当選ラインには程遠かった。

 一方で約5万2000人の会員を擁する日歯連は潤沢な資金力を持ち、自民党の政治資金団体である国民政治協会に対して2014年と2015年にはそれぞれ1億円の寄付をしている。また自民党が大敗した2007年の参議院選でさえ組織内候補の石井氏に22万8116票を獲得させ、2013年の参議院選では29万4148票を出している。

 ところが2016年の参議院選で山田氏が獲得したのは14万9833票で、その“温度差”は顕著といえるだろう。とはいえ、およそ10万票あれば参議院比例区で当選できると見られる自民党では、吉田氏が日歯連の支持を得れば、当選は確実といえるのだ。

 だがそれは支持する側の論理ではない。日歯連の会費は決して安いものではなく、しかも会計処理の上での「経費」にはならない。ならば自分たちで代表を選びたいというのが支持する側の本音だろう。

井上元秘書官のために太田氏から「ときわ会」支持を取り上げた

 官邸の介入による混乱はこれに限らない。元大阪府知事の太田房江参議院議員は次期参議院選で大阪府選挙区から出馬の予定だ。2013年の参議院選では比例区で出馬したが、7万7173票で最下位当選だった。

 その太田氏が唯一の支持団体として拠り所にしたのがJR関係OBで構成される「ときわ会」だ。太田氏の父が旧国鉄に勤務していた関係がある。

 これを取り上げたのが安倍晋三首相だった。元国鉄マンで第一次政権時に政務秘書官だった井上義行参議院議員から懇願され、次期参議院選でのときわ会の支持を井上氏に振り分けた。

 はじかれた形の太田氏は大阪府選挙区から出馬を決めたが、すでに大阪市長選に出馬したことがある柳本顕元大阪市議の擁立を決めていた自民党大阪府連は猛反発した。そもそも2016年の参議院選では苦戦を予想して、自民党は松川るい氏1人しか擁立できなかった。7月の参議院選ではさらに苦しくなるのみならず、知名度では柳本氏を上回る太田氏が大阪府選挙区で出馬すれば、共倒れも懸念される。

 結局は自民党府連が柳本氏の応援に専念することで大阪府選挙区での2名擁立はおさまったが、わだかまりは容易に解けないだろう。今回の匿名の文書もそのひとつ。このように官邸への不満が徐々に噴出しているという事実は、次期参議院選のみならず今後の政局に少なからず影響を与えるに違いない。

 

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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