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【2024東京都知事選】石丸伸二前安芸高田市長の初街宣@渋谷から見えてきた戦略とは

安積明子政治ジャーナリスト
渋谷駅前で初めて演説する石丸氏(筆者撮影)

なぜ狭い歩道を選のだか

 次期都知事選に出馬表明している石丸伸二前安芸高田市長は6月15日、東京・渋谷で初の街頭演説を行った。駅前のスクランブル交差点を渡ったところの歩道スペースに、石丸氏の姿を求めた人たちが集まった。本来なら、人が集まりやすいハチ公前で行うはずが、なぜこの場所が選ばれたのか。それはひとつの選挙戦略だろう。

 都知事選に出馬予定の蓮舫参院議員も、6月2日に東京・有楽町駅前で初の街頭演説を行い、有楽駅前地下広場への入り口の円形屋根の下に演説台を設置した。この日は激しい土砂降りで、屋根の下にいた蓮舫氏や応援に駆け付けた枝野幸男元立憲民主党代表らは雨に濡れることはなかったが、取材陣や蓮舫氏の演説を聞こうと集まった人々は、傘をさしてもずぶぬれになった。「演説する自分たちだけ雨を避けていたのはずるい」との批判が出たが、その場所が選ばれたのは別の理由もある。

有楽町で行われた蓮舫氏の演説には、足を止める人も少なく……(筆者撮影)
有楽町で行われた蓮舫氏の演説には、足を止める人も少なく……(筆者撮影)

 有楽町駅前で演説する場合、交通会館の前に街宣車を設置し、演説者はその上に立って話すことが多い。そうすれば駅前広場を広く使うことができるからだ。

山本太郎氏も用いた「実物以上に見せる」手法

 一方で聴衆がそれほど集まらない場合、このやり方は「せっかく演説を行ったのに、さほど人が集まらなかった」というマイナスの印象を残す。そこで2013年の参議院選では山本太郎氏は、有楽町駅前広場の中央に「ステージ」を設置して駅前広場を分断。その半分を使って演説し、「聴衆であふれる」イメージを強めた。

 演説場所をスクランブル交差点近くを選んだ石丸氏側も、同じ意図があったのだろう。ただし有楽町駅前の広場とは違い、スクランブル交差点近くの歩道は狭くて人通りが多く、通路を確保しなければならない上にコーヒー店などの入り口もある。スペースとしては決して広くはなく、しかもセンター街に近い側にいた集団はインバウンド観光客のようで、彼らがスマートホンで撮影する対象は石丸氏ではなく、工事のクレーンがそびえる渋谷駅側だった。

 石丸氏が山本太郎氏の戦略を真似ているのは明らかだ。この日、石丸氏側は選挙ボランティアの受付を開始し、「説明会では500席しか準備していないのに、それを上回る応募者がやってきた」と人気ぶりをアピールした。選挙ボランティアを大々的に募集するは山本氏の有名な手法で、その主な活動はポスターを貼り、ビラを配布することだ。都知事選では東京都全域で約15000ほどのポスター掲示板が設置されるが、告示日にその全てにポスターを貼り終えるには、約1000人のマンパワーが必要になる。

 ただし石丸氏側は当初、さほどボランティアに頼るつもりはなかったようで、日本維新の会に接触して「ポスターを貼ってもらえないか」と依頼した。しかし日本維新の会が「我々に協力を求めるのなら、推薦申請などの手続きを行ってほしい」と主張したのに対し、「完全無所属で行きたい」と石丸氏側がそれを拒否し、結局は物別れに終わっている。

囁かれる資金源とチラチラ見える自民党の影

 もっとも石丸氏が山本氏と全く戦術が同じというわけではない。山本氏は「フェス」と称する街頭演説を“平場”で行い、集まった聴衆と長時間討論する。時には“アンチ”も混じるが、そうした人たちの異論にもしつこいまでに丁寧に対応し、最終的には彼らさえ呑み込んでいく。一方で石丸氏は15日の渋谷のみならず、16日の秋葉原でも街宣車の上から演説した。

 「フェス」はまた、山本氏が率いるれいわ新選組の主張をアピールする場だけではなく、企業などの支援がない彼らにとって資金を集める場所でもある。会場にはキャラクターグッズの販売所に加えて募金できる場所も設置されている。その金額は決して少なくなく、山本氏が2020年の都知事選に出馬した時は、1億2970万4391円の寄付金を集めた。

 もちろん石丸氏も(選挙ドットコムを通じて)寄付を集めてはいるが、「金主」として複数のオーナー企業の名前が挙がっている。ということは、そもそも都知事選出馬は計算された上のことではなかったか。たとえば石丸氏は5月に「覚悟の論理」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行したが、7月に「シン・日本列島改造論」(日本経営センター)、8月に「吾往かん」(KADOKAWA)とさらに2冊続けて出版する予定。もし3冊とも自分で書いたとすると、少なくとも昨年末から超多忙で、安芸高田市長としての公務を行うどころではなかったはずだ。

 石丸氏の背後には、自民党の影も見える。選対本部長を務める小田全宏氏は選挙の公開討論会を促進する活動で知られるが、TOKYO自民党政経塾の塾長代理で、同塾長を務める深谷隆司元郵政大臣の娘婿。選挙プランナーの藤川晋之介氏は、自民党田中派が政治キャリアの出発点だ。

 6月15日の渋谷の演説場所では、その他の自民党関係者の顔も散見した。「政治とカネ」問題にまみれ、岸田文雄首相の支持率がダダ下がりの斜陽の自民党本体に代わる新たな“寄生先”を探しているのかもしれない。

「次」に繋げるためには「70万票以上」が必要

 そうした自民党の一部の“希望の星”になるためには、都知事選で石丸氏は少なくとも70万票を獲る必要があるだろう。ちなみに2020年の都知事選で山本太郎氏は65万2277票、熊本県副知事を2期務めた小野泰輔氏(現衆院議員)は日本維新の会の推薦を得て61万2530票を獲得している。

 もっとも70万票を獲得したくらいでは、1400万人の人口を擁する東京都知事選での当選はおぼつかない。小池百合子都知事は2016年の都知事選で約291万票、2020年の都知事選では約366万票で当選した。70万票は石丸氏が政界にしがみつくための最低ラインといえるだろう。

 現在のところ、石丸氏の選挙は過去の事例のごった煮の側面は否めない。「紫のものを持ってきて」と呼びかけるのは、「緑のものを持ってきて」と呼びかけた2016年の小池知事の選挙のモノマネだ。またネットを中心に支援者を集めている点も、日本保守党の手法に似ているが、それが成功するかどうかはわからない。実際に同党は今年4月の衆院東京15区補選で飯山陽氏を擁立してネットで大いに盛りあがったが、支持者の多くは同区で選挙権を持たず、飯山氏は奮闘したものの9人中4位に甘んじた。

 人口2万6000人の安芸高田市の前市長が人口1400万人の東京都の知事に挑むという“サクセスストーリー”は、大いに好奇心をくすぐるものだ。だがその背後に果たして何があるのか―。6月20日に始まる選挙戦では、他の候補とともに石丸氏の動向に注目したい。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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