本日の日経一面記事、700万人待望のiDeCo加入規制緩和か 実現性はいかに
※本記事は2019年7月の執筆でした。
iDeCoの法改正は2020/5/29に成立、解説記事を下記に書いています。
5/29成立! 今まで入れなかった750万人にプラス、iDeCoの法改正をポイント解説
合わせてご覧ください。
iDeCo加入規制の緩和が日経新聞一面に
7月29日付日本経済新聞朝刊の一面に「イデコ加入全会社員に」という記事が踊っています。
新聞記事の要旨を分かりやすくまとめると以下のようになります。
1.個人型確定拠出年金(iDeCo)は2017年1月の規制緩和により加入対象者が拡大し、125万人の加入者まで増えている
2.ところがiDeCoには企業型確定拠出年金に加入(716万人)していると加入制限があり、多くの会社員が利用できない
3.企業型確定拠出年金の加入者であっても、拠出上限(他の企業年金がない場合5.5万円)を超えない範囲であれば、会社員は誰でもiDeCoに加入できるようにする
4.社会保障審議会の議論を踏まえ、2020年度の税制改正要望に盛り込み来年の通常国会に改正法案提出を目指す
記事は公的年金は減るし自助努力が必要なのでこうした政策を行うのだ、といういかにも新聞記事な枕詞がついていますが、実現の意義や可能性、実現したときの課題はどのあたりでしょうか。
確定拠出年金の専門家として解説記事を書いてみたいと思います。
企業年金・個人年金部会でも未議論のテーマに実現性はあるか
まず、この新聞記事のお題、厚生労働省の社会保障審議会、あるいはその下の年金部会や企業年金・個人年金部会では検討の俎上にのぼっていないテーマであることから、観測記事の気配があります。役所の中で検討をしているのは事実でしょうが(検討はあらゆる方向で行っておくべきなので、それを責めてはいけない)、どこまで実現性があるのかはまだ未知数です。
そしてこのニュースは確定拠出年金はふたつの性格をもつ制度を持つことの課題をつきつけてもいます。つまり、「会社が実施する退職金制度の一部」である企業型確定拠出年金と、「個人が任意で加入する自助努力による老後資産形成制度」であるiDeCoという性格の異なる制度がひとつの法律の枠組み、ひとつの法律にもとづく税制で処理されているという矛盾に近い構造を持っていることです。
どちらも「個人の老後に向けた資産形成」というゴールは同じなのですが、会社が主体的に実施する枠組み(会社がお金を出す)と、個人が主体的に実施する枠組み(個人がお金を出す)という異なる入り口をもっているため、制度のデザインに苦労しているところがあります。
特に「会社は企業型確定拠出年金をやっているけれど、個人的にはiDeCoにも入りたい」という希望に応えられないことが悩みでした。
規制緩和が実現すれば個人にとってはメリットが大きい
iDeCoについては2017年1月から規制緩和が図られ、加入対象者が増大しました。
従来の加入対象者は
自営業者等(国民年金保険料を納めている人)……1505万人
企業年金のない会社員……約2300万人
に限られていたのを、
企業年金のある会社員……約900万人
公務員……447万人
専業主婦やパート(国民年金の第3号被保険者)……870万人
にも拡大したのです。これにより対象者は急増し、市場は活性化しました。実際に加入者数も大きく増え、14年かけて30万人しか利用しなかった制度は、2年半で4倍の120万人まで急拡大しています。
このとき法改正では企業型確定拠出年金の加入者について一定の条件をつけて加入可能としています。これは
「労使合意で企業型確定拠出年金を改正する」
「そのとき企業型確定拠出年金の積立上限を引き下げる(限度額5.5万円の場合、3.5万円にダウン)」
「引き下げた差分にあたる月2万円まで任意でiDeCoに積み立てできる」
というものですが、そもそも制度改定をする必要がありますし、改定すると退職金額がダウンする可能性があります(積立上限が減るので)。
これでは会社にとっても個人にとっても使い勝手は微妙で、結果として企業型確定拠出年金の加入者である716万人はiDeCoに加入できないのが現実となっています。
700万人というのは会社員の総数3900万人からすれば約18%にあたります。ざっくり5人に1人の会社員は「iDeCoに入りたくても入れない」状態にあったわけです。今回の規制緩和が成立すれば、自分の老後のためにiDeCoを利用できる国民層が増えることになります。
実務的課題もいくつかあるが、詳細はまだ不明のところが多い
一方で、実務的な課題がいくつかあるのは気になります。まず企業型確定拠出年金において実施できるマッチング拠出との整理です。マッチング拠出とは、企業型確定拠出年金の口座に本人のお金を任意で追加入金できる制度です。税制メリットもiDeCoとほぼ同じです。規約ベースでは約40%がすでに採用済みとかなり普及している制度なのですが、これと今回の法改正をどう同居させるかは正直簡単ではありません。
また、新聞記事で気になるのは「iDeCoを併用すれば最大月2万円まで追加で積みたてることが可能になる」という記載があることです。直前の文脈からするとこれは「会社掛金との合計で規制を設ける」ことを示唆しているようにも読めます。もしかするとiDeCoの掛金額について何らかの上限を設定する意向があるのかもしれません。その場合は限度額管理の問題が増えます。他のiDeCo加入者は月1.2万円、月2.3万円、月6.8万円と働き方により上限が異なり、制度が複雑だという批判があるからです。
実務的には企業型確定拠出年金の金融機関とiDeCoの口座を持つ金融機関(あるいはデータ管理をするレコードキーピング会社)が同一であれば、データ突合が容易でしょう。しかし、異なる金融機関である場合に「企業型確定拠出年金掛金+iDeCo掛金」を計算して上限チェックするのは簡単ではないように思います。
仮に法律が通っても、実務的な問題でモタモタしてしまって何年も待たされたり、複雑な書類のやりとりが会社や個人に求められるようでは法改正の意義も薄れてしまいますので、しっかり対応してもらいたいところです。
このあたり、新聞記事だけでは推察することしかできませんので、審議会や部会での説明と議論を期待したいところです。
しかし大きな一歩であることは間違いない 改正には期待!
とはいえ、なかなか難しいとみられていた改正の方向感が新聞記事になって登場したことには期待がもてます。まったく火元のないところに出た記事ではないはずだからです。
一方で、実現のためには税制上のGOサインが必要ですから、政府や与党の中での調整、財務省との折衝など課題は山積みでしょう。関係各所の調整はまだまだこれからだと思いますが、ぜひ実現に向けて努力していただきたいと思います。
もし規制緩和が実現すれば、iDeCoは文字通り「現役世代が誰でも使える老後資産形成の『器』」となります。所得税・住民税の負担軽減につながる「所得控除」のメリットが誰でも使えるようになります。
筆者は「老後に2000万円」の最大の切り札はiDeCoの活用であると考えています。今後の議論と税制改正の進展に期待したいところです。
(数字)
厚生労働省HPより
iDeCo公式サイト(国民年金基金連合会)