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カフカス出身のイスラーム過激派は、シリアを去ってウクライナへ向かう

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

2022年10月26日付の『ワタン』紙(シリアの民間日刊紙。報道場裏では「親シリア政府の」という枕詞を付される)は、地元筋の話として、シリアのイドリブ県やラタキア県で活動する「アジュナード・カフカス(カフカスの兵士たちという意味)」の民兵たちが拠点や入植地を他のテロ組織に引き渡し、ウクライナへと移動していると報じた。報道によると、当該団体の者たちは過去2カ月の間に移転を行い、イドリブ県やラタキア県から「完全に消えた」そうだ。地元筋は、移転後に彼らから拠点の引き渡しを受けたのは「ヌスラ戦線」(シリアにおけるアル=カーイダ。現在は「シャーム解放機構」と名乗る)である。そして、チェチェン、ダゲスタン、イングーシ出身のイスラーム過激派の者たちは、シリアで共に暮らしていた家族と共にトルコの憲兵の支援を受けてトルコ経由でウクライナへと移動した。彼らは、高額の報酬を得てロシア軍と戦うそうだ。

 シリアからウクライナの戦場へと戦闘員が移動するという話は、ウクライナでの戦闘が始まって以来方々で唱えられていたものだ。そこには、「シリア政府やその支持者がロシアに与して戦闘に参加する」というものもあれば、「シリアの“反体制派”だった者たちが傭兵としてウクライナやそれを支援する諸国に雇われた」というものもあるし、「ロシアや旧ソ連からシリアに移動したイスラーム過激派の者が、ロシアと戦うためにウクライナへ移動した」というものもあった。今般の報道は3番目の物語の一種であるが、報道の出所(「親シリア政府」紙であるという点)や、悪のロシアによる侵略とのウクライナの戦いの「清さや正しさ」という立場から条件反射的にこれを否定することは簡単だ。しかし、イスラーム過激派が闘い(=人殺しや収奪)の場を求めて越境移動を繰り返していることは厳然たる事実だし、そうしたイスラーム過激派の越境移動の中で、カフカス地域からシリアへの移動が相当大がかりだったこともまぎれもない事実である。しかも、カフカス出身のイスラーム過激派の者たちがロシアと戦うためにウクライナへと移動しているとの情報は、時に移動した本人を含むイスラーム過激派自身によって発信されることもあるものなのだ。つまり、この種の情報を頭から否定したり、見なかったことにしたりすることは、イスラーム過激派の害悪とそれへの対処をないがしろにする愚行と言える。

 そのようなわけで、シリアからウクライナへのイスラーム過激派戦闘員(とその家族)の移動について、「なぜカフカス出身のイスラーム過激派の者がシリアへと移動したのか」という問題と、イスラーム過激派による情報の発信という問題の二つの側面からそこそこ真剣に考える必要がある。第一の問題については、世界各地からシリア(とイラク)へイスラーム過激派の戦闘員やその家族が送り出された問題を考察する中で、多くの学術的研究や治安・安全保障上の分析が刊行された。それらの著述を見ると、「悪の独裁政権に迫害されるシリアのムスリムを助ける」という崇高な目的は、残念ながら(?)イスラーム過激派の越境移動の主な動機ではない。むしろ、カフカス地域でのロシアとの闘争に敗れ、闘争の場どころか社会的・物理的な居場所を失ったイスラーム過激派の者たちが新たな居場所と闘争の場を求めて移動したというのが大方の実態のようだ。彼らは、「ロシアの同盟者であるシリアの政府を倒せばロシアに打撃を与えられる」、「(ロシアがシリア紛争に直接介入した2015年以降は)シリアに行けばロシア軍と交戦することができる」との動機でシリアへ移動した。シリアに移動したカフカス出身のイスラーム過激派の中には、アブー・ウマル・シーシャーニー(2016年に「殉教」)のように、「イスラーム国」の大幹部になりおおせた者もいたが、カフカス出身のイスラーム過激派の者たちは、「シリア(とイラク)で活動するイスラーム過激派諸派のどれの庇護下に入るのか」や、「もともとの送り出し元であるカフカスのイスラーム過激派組織との関係をどうするのか」を争点に分裂と抗争を繰り返していた。現実の問題として、カフカス出身者も含む外国から来たイスラーム過激派の者たちは、シリア(とイラク)で勢力が強いイスラーム過激派諸派のいずれかと提携しなければ、そうしたイスラーム過激派諸派に敵視され諸派自身によって「粛清」される恐れがあったため、彼らは「イスラーム国」や「ヌスラ戦線」などの傘下に入っていった。

 そんな彼らにとって、シリアでの戦闘が下火になった現在、ウクライナというロシアと直接交戦する機会が得られる場所へと移動することは、願ってもないことともいえる。特に、「ヌスラ戦線」は最近シリアの「反体制派」へと衣替えし、国際的な承認や支援を得ることに熱心なので、傘下の外国人イスラーム過激派諸団体の管理や、諸団体の軍事的指揮権の奪取に取り組んでいる。つまり、カフカス出身者を含む外国起源のイスラーム過激派は、シリアの一角を占拠するイスラーム過激派とそれを支援するトルコにとって「厄介者」ということだ。シリアにおけるトルコの占領地やトルコの配下のイスラーム過激派の占拠地から海外の紛争へと「傭兵」が送り出される問題は、数年前リビアでの戦闘でも大問題となった。

 イスラーム過激派による情報発信という問題に話題を移そう。問題の一つは、携帯端末とSNS利用の普及により、組織の広報部門や公式で信用に足る経路を経ずに、末端の者たちが好き勝手に活動についての情報やスプラッター動画・画像(本人たちにとっては戦果か活動実績)を発信することが容易になった。その結果、今般のようなシリアからウクライナへの移動という、少なくとも当事者の一部にとっては「迷惑な」情報を喜んで発信する「無思慮な」者が現れることも防止できなくなった。さらに、イスラーム過激派とそのファンたちの間にも派閥や党派争いがあり、抗争とは無関係なファンや部外者が、虚偽情報や誹謗中傷も含め党派を貶める情報を乱発し、現実の党派抗争そのものにも影響を与えるという現象も観察されている。例えば、2013年~2016年頃のアル=カーイダと「イスラーム国」との抗争では、私信や重要活動家の生死についての機微な情報までもが暴露された。2017年~2018年頃の「ヌスラ戦線」とアル=カーイダとの論争でも、やはり双方から私的な暴露という形で誹謗中傷合戦が起きた。

 実は、今般のシリアからウクライナへのイスラーム過激派の者たちの移動という問題でも、(おそらく)移動した本人が「無思慮にも」発信した動画が、イドリブ県・ラタキア県で活動するカフカス出身者と敵対する「イスラーム国」のファンによって誹謗中傷の材料として利用されている。

SAN上の「イスラーム国」のニュースと題するアカウント(既に閉鎖)で流布した、シリアから移転してウクライナ国籍を得たカフカス出身のイスラーム過激派の者の画像。
SAN上の「イスラーム国」のニュースと題するアカウント(既に閉鎖)で流布した、シリアから移転してウクライナ国籍を得たカフカス出身のイスラーム過激派の者の画像。

 問題の画像は、シリアからウクライナに到着したカフカス出身のイスラーム過激派の者が、ロシアと戦うウクライナの部隊に参加するためにウクライナ国籍を付与されたという、SNSに出回った画像だ。つまり、この画像はどんな機微な情報だとしても、「無思慮な」投稿者によって衆人環視のものになってしまうというイスラーム過激派自身の情報管理の問題と、敵対者を誹謗中傷するイスラーム過激派ファンの間の言論空間上の行動様式の問題という、現在のイスラーム過激派を観察する上で不可欠な視点を象徴しているのだ。しかも、この情報が事実だとすると、「国際社会」を挙げて討伐すべきイスラーム過激派が、特定の国の都合に応じて戦力として起用され様々な優遇措置を受けているという問題になる。イスラーム過激派の越境移動は、この世にイスラーム過激派と呼ぶべきものが姿を現した瞬間からある深刻かつ重大な問題なのだが、シリアにおいては「悪の独裁政権対革命」、ウクライナにおいては「悪の侵略者とその被害者」という勧善懲悪ストーリーに合致しない「不都合な事実」と化している。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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