早稲田大学ア式蹴球部女子が目指す「真に強い組織」とは?学生時代から“デュアルキャリア”を考える
【社会人へのラストステップ】
年の瀬が迫った昨年12月の終わり。東伏見(西東京市)にあるトレーニング場の木陰で、30名を超える選手たちによるミーティングが行われていた。監督はおらず、選手たちは主将の言葉に神妙な面持ちで耳を傾けている。静かだが、熱い空気が漂っていた。
終わると各自がアップを始め、やがて練習が始まった。トレーニングウェアは各自異なり、グラウンドはカラフルに彩られた。
さまざまな声が行き交うピッチの中央で、福田あや監督の強く通る声が空気を振るわせる。早稲田カラーの燕脂(えんじ)のニットキャップと同色のマスクを身につけた小柄な指揮官は、選手に負けず劣らず、熱いエネルギーを放っていた。
早稲田大学は、さまざまなスポーツでも強豪の一つだ。そして、44ある競技の中で、早稲田大学ア式(*)蹴球部女子ーー通称“ア女(あじょ)”は、全国レベルの実力を持つチームである。全日本大学女子サッカー選手権大会(インカレ)で優勝6度、関東女子サッカーリーグでは昨季まで11連覇と、激戦区の関東地区で日本体育大学に次ぐ成績を残してきた。
高校時代に全国大会を経験した選手や、なでしこリーグのユースチーム出身者、世代別の代表にも選ばれてきた選手たちが、学業との両立を目指して全国から集まってくる。そして早稲田大学ア式蹴球部は伝統的に選手主体で活動を行っており、サッカーへの取り組み方にも独自性が見られる。
(*)サッカーの別称である「アソシエーション式フットボール(協会式フットボール)」の略。
ア式蹴球部女子(以下:ア女)は2021年、創設30周年を迎える。その節目を前に、昨季から新たな指揮官として福田あや監督を迎えた。同校OGである福田監督は、選手とコーチの立場で全国制覇を経験している。その後、ノジマステラ神奈川相模原のアカデミーやトップチーム、東京国際大学などで指導経験を積み、10年ぶりに監督として母校に復帰した。
選手主体の考え方を尊重しており、ア女の強みを活かすために戦術や戦略を調整しながら、足りないところはトレーニングで洗練させていく。
ア式蹴球部の組織理念には、「日本をリードする存在になる」「WASEDA the 1st(ワセダ・ザ・ファースト)サッカー選手としても、人としても一番であれ」という目標があり、ピッチだけでなく、オフザピッチの取り組みも重視している。ア女も、そのビジョンを独自の組織づくりの中で体現してきた。
わかりやすいのが、選手の役職だ。「主将」「副将」「主務」「副務」「学連」「グラウンドマネージャー」「分析」「スカウティング」「グラウンド・鍵管理」「広報」「地域貢献・新歓・イベント」「戦評」「部荷物」と、全部で13に分かれており、37名の各自が一つ以上の仕事を持っている。グラウンドマネージャーは監督が決めた練習の目的を選手に伝えるために準備し、スカウティングや分析係は相手の戦い方を映像などで研究・分析し、戦い方を監督に提案する。各役職に2年生から4年生まで、各学年が一人ずつ入っていることも、学年の垣根を越えたコミュニケーション力を培い、体育会にありがちな厳しい上下関係をなくすのに役立っているのだろう。ミーティングを選手だけで行っているのも、そうした「選手主体」の一環だ。グラウンドでは各自が淀みなく、テキパキと行動していた。
4年生で今季主将を務めたGK鈴木佐和子は、ケガで戦列を離れた昨季終盤に、「本当に強い組織とは何か」ということを考えるなかで、「ア女を変えたい」と思い、主将になった経緯を、同校公式サイトの「ア女日記」の中で明かしている。そして、勝利やタイトルなど「結果」ばかりに目を向けるのではなく、まず「どういう組織でありたいか」というビジョンを浸透させることで、結果がついてくるような組織を提案したという。
「サッカー以外のことで、一人ひとりの特徴を生かすために、組織を変えたいという思いがありました。たとえば、動画を作れる選手がいれば運営を回せる選手もいて、それぞれが持っているそうした能力をもっと引き出したいなと思っていました」
それは、サッカー以外の取り組みを大切にするア式蹴球部の組織理念にも通じる。新監督としてその想いを聞いた福田監督は、選手側からそうした考えが出てきたことを嬉しく思ったという。
「(指導者として10年ぶりに復帰して)早稲田ってそういうところだったな、と、喜びとともに実感が湧きました。自覚や責任を持って、自分たちの価値を自分たちで高めていく。そうすればマインドが変わってくるし、選手をやめても確実に生きると思います。学生のうちは失敗できるのも良さだと思うので、いろんなことにトライしてほしいですね。一つのことを極める力は大事ですが、それは当たり前です。その上で、二つ、三つのことを考えて行動が起こせるかどうか。(ア女で)役職をこなすことでその習慣を身につけて、プロの定義や本質をもっと考えられるようになればいいなと考えています。そのマインドを持ってプレーすることができれば、必然的に大学サッカーのレベルも上がると思いますから」
それは、アスリートが引退後のセカンドキャリアを考える上で、現役中にもう一つのキャリアを構築する「デュアルキャリア」にも通じる考え方だ。福田監督自身、時代の変化の中で、指導者もそうした感覚を身につけることが必要であると考え、現在は指導者をしながら会社経営者としての顔も持っている。
日本女子サッカーは今年、大きな転換点を迎える。日本女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」が創設され、9月に開幕する。WEリーグに参加する選手たちの多くは、これまでサッカーと仕事を両立させていた。WEリーグでは競技に集中できる一方、社会との繋がりを持つためにはどうしたら良いのか、セカンドキャリアへの不安を持つ選手もいるだろう。そうした不安を解消する上でも、学生時代から競技と学業だけでなく、社会との繋がりを意識したア女の取り組みは、セカンドキャリアへの意識を高める一つのモデルケースになるだろう。
WEリーグを発展させるために、女性指導者の育成も一つの課題となっている。プロチームの監督を務めるために必要なS級ライセンス(JFA公認の最高位の指導者資格)を取得するための門は狭く、国内で女性のS級ライセンス保持者は現在8名しかいない。そこで、日本サッカー協会(JFA)は、S級ライセンスに準ずる「A-proライセンス」を昨年から時限的に創設し、初年度は13名の受講者を迎えた。福田監督はその一人で、WEリーグが掲げる「女性活躍社会」を牽引する存在としても期待されている。だからこそ、ア女を指導する上で使命も感じている。
「世界に通用する人材を輩出することが目標です。選手としても一流で、『女性活躍社会を牽引する』というWEリーグの理念を体現できるマインドを持った選手を輩出したいですし、WEリーグの裏方に興味を持つ選手も出てくると思います。チームとしても、芯の部分からタフで、本当の強さを持っているチームにしたいと思っています」
【選手に力を与えたモチベーション動画】
ア女のSNS(インスタグラム、ツイッター)は、日々、様々な情報や企画を発信している。
前述した「ア女日記」や、選手の素顔を伝える突撃インタビュー企画などを、広報担当の選手たちが発信している。4年生が思いを綴ったコラムは、語彙力や表現力も豊かで、読み応え十分だ。
昨年12月、ア女の公式Twitterアカウントで配信されていた動画を見て、思わず目を見張った。各選手のストーリーが1分半ほどの短い動画にまとめられた「私たちは知っている」という連載企画。そこには、選手たちが見せる生き生きとした表情や葛藤が凝縮されていた。練習中の熱いディスカッション、弾けるような笑顔とその裏側にある苦悩など、選手たちのエピソードがしっかりした起承転結の構成と印象的なフレーズで綴られ、心を動かされる映像も多い。その動画を、選手たちも積極的に拡散していた。
取材を進めると、それは、昨年末のインカレに向けて選手たちを激励するモチベーション動画だとわかった。同企画はア女を支えるマネージャー、4年生の山下夏季さんと1年生の菊池朋香さんが立案し、35人分のストーリーを、企画から撮影、編集、配信まで、山下さん中心に2人で行ったという。同企画が実現した経緯について、話を伺った(敬称略)。
ーー「私たちは知っている」の連載のきっかけを教えてください。
山下:自粛期間中に、部の活動を発信していくチャンスだと考えて様々なSNS企画をやりました。インカレは無観客試合になることが決まっていたので、応援してくださるサポーターや保護者の方に見せたいと思ったのと、選手たちの背中をそっと押す意味で動画を作りたいと思い、サプライズで始めました。
菊池:(山下)夏季さんが一人ひとりのストーリーを考えてくれて、練習中に撮影した画像を入れ込んでいきました。私は「こういうことを伝えたい」という想いはあるのですが、それをうまく言葉に落とし込めない時は、夏季さんがパッとまとめてくれるんです。選手が試合前に緊張したり、不安を感じた時に、あの動画を見て、「よし頑張ろう!」と思えるきっかけになってくれたらいいなと。
ーー福田監督もSNSを活用されていますが、部の発信は自由なのですか?
山下:福田監督になってから、SNSの発信も多くなりました。監督はいろいろな情報を発信されていますし、それに私たちも乗っかる形です(笑)。ア女の目標が「日本をリードする存在」ということなので、サッカーだけでなく、SNSの部分でも引っ張って行けたらなと考えています。
ーーカットやBGMなど、編集のセンスやスキルにも感銘を受けました。全員を観察して、ストーリーを作るのも大変な作業だったのではないですか?
山下:動画は「iMovie」というアプリで作っています。音楽は、フリー素材を探して作っています。この企画を始めてからよく選手を観察するようになりましたけれど、「この選手は、こういう時にこんな顔をしているんだ」と、感情を読み取るのは楽しかったですね。
菊池:今回は身内向けに始めた企画ですが、いろいろな方が共有してくれて、『あの動画を見て感動した』という感想をもらったときは嬉しかったです。私はこの企画が始まってからMacBook(ノートパソコン)を買いました。動画の編集方法など、使い方は山下さんに教わって、慣れていきました。
ーーお二人から見て、今年のチームはどんなところが魅力ですか?
山下:関カレ(関東大学女子サッカーリーグ)では5年ぶりに優勝できました。トーナメントの早い段階で負けてしまいましたが、そこで立て直すことができたことは、福田監督の指導も大きかったと思いますし、学年を超えたコミュニケーション力も、ア女の強さだと思います。
菊池:スタッフと選手は立場が違うので、境界線を感じてしまいがちですが、ア女ではマネージャーもチームの一員だと実感できる関係性があるので、一緒に熱くなれます。『仕事だから』ではなくて、チームのためにこういう動画を作りたいと思えました。チームが勝った時は本当に嬉しいですね。
「チームのために何ができるか」を考えて立案から実行までをやりきり、人の心を動かす動画でチームに価値を生み出した。これも、鈴木主将が掲げていた、サッカー以外でも個々の特徴を活かせる組織の好例だろう。
【変革とコロナ禍の挑戦】
福田監督の下で、今季のア女は、「インカレ日本一奪還」「関東大学女子サッカーリーグ制覇」「関東女子サッカーリーグ12連覇」「関東女子サッカー選手権(皇后杯関東予選)4連覇」「皇后杯なでしこリーグ1部チーム撃破」という目標を掲げ、「頂(いただき)」をスローガンに戦ってきた。
福田監督は、1年目のシーズンについてこう振り返っている。
「今いる選手たちが、どういう選手でどういうマインドと強みを持って、どういうサッカーをしてきたのか。今年はそこに合わせてチームを作っていこうと考えていました。みんなそれぞれレベルが高いチームからきて、プレーの質も人間性も素晴らしい選手が集まっていると思います。ただ、昨季までの選手たちの声を聞くと、なんとなく勝ってきたというか、自分たちの力で勝ち取った実感がない印象を受けたので、そこは変えていきたいなと思っていました」
福田監督は、GPSを使った走行距離やスプリント回数を測定してパフォーマンスを可視化できるようにすることに加えて、メンタルコーチを招聘するなど、心・技・体を高める環境づくりから始めた。また、フォーメーションや戦術も変化させた。主力の3、4年生に加えて、U-20代表候補で1年からレギュラーとして活躍してきたFW廣澤真穂やDF船木和夏、入部1年目のDF後藤若葉やDF堀内璃子、DF浦部美月など、1、2年生も積極的に起用。FW高橋雛のように、複数のポジションをこなすオールラウンダーからストライカーへと転身して出場機会を増やした選手もいる。
ピッチ上のキーマンでもあった主将の鈴木と、3年生から10番を背負ってきた副将のMF村上真帆は、12月のインカレ直前の対談記事(早稲田スポーツ新聞会)のなかで、福田監督が就任して以降の変化について、ピッチ内での「考える質」が上がったことや、判断の引き出しが増えたこと、チームの競争が活性化したことなどを挙げている。
福田監督が指導者として、自らの強みとしているのは、チームを全体的に俯瞰して、整えていくことだという。細部から広げていくのではなく、全体を見て、ポジショニングやパス、タイミングなど細部を調整していく。声はピッチの端にいてもよく通り、時には「暑苦しい」と言われるほどの熱量も見せる。練習中、選手たちのパス回しに加わる場面があったが、本気で、選手たちに負けじと燃えていた。世代的に「大人しい」「人見知り」といわれる選手も多い中、その存在でチーム全体の熱量を上げられる指導者は貴重だ。
【笑顔で締めくくった早慶戦】
だが、今季はコロナ禍で活動自粛期間が3カ月弱あり、短期間でチーム作りを進めたために、すべての目標を達成することはできなかった。
関カレは、5大会ぶり7度目の優勝を果たしたが、関東女子サッカーリーグは連覇ならず、皇后杯とインカレは2回戦で敗退した。シーズンを通した戦績は15勝1分5敗。敗れた5試合はすべて1点差で、重要な試合で勝負強さを欠いた。
同大学が発行する「早稲田スポーツ新聞会」は、「今年のア女は、攻守にタレントが揃い、巧みかつ安定したチームであった。一方で、重要な試合で勝てない、逆境を跳ね返す力が足りないチームでもあった」と総括している。
今季のラストマッチは、1月9日に行われた「早慶戦」(慶應義塾大学との定期交流戦/例年は夏に開催される)。運営から宣伝に至るまで両校の選手が力を合わせて作り上げる伝統の一戦は、前日に緊急事態宣言が出される異例の状況になったものの、無観客で決行された。試合は1-0で早稲田が勝利。最後の記念撮影には笑顔が溢れた。試合後、主将の鈴木は大変なシーズンをこう振り返っている。
「この(コロナ禍の)ご時世で予想外のことが多く、大変でした。ただ、一年で組織をすべて変えようと思ってやってきたわけではなく、第一歩だと思っていたので、それが少しでも次の代の助けになればいいなと思っています」
チャレンジの1年目を経て、来季のア女はどのような進化を見せてくれるだろうか。「成長と結果はイコールだと思います」と福田監督が言うように、サッカーで結果が出なければ絵空事になってしまう。日本一のタイトル奪還へ、ア女の2年目の挑戦はすでに始まっている。
※文中の写真はすべて筆者撮影