MF杉田妃和が語る、駆け引きの楽しさと世界との戦い。日本屈指のボランチがサイドで切り開いた新境地
【覚醒したアタッカーの本領】
今、WEリーグで最も総合力の高いサイドアタッカーは誰か?
9月に開幕したリーグを振り返ると、全50試合で最も安定して高いパフォーマンスを見せてきたのが、INAC神戸レオネッサのMF杉田妃和だ。
鋭い読みでボールをインターセプト。奪い返しにきた相手を軽やかにかわし、相手の急所を突くようなクロスを上げる。
また、手脚を巧みに使った懐の深いボールキープや、足裏を使ったコントロールは杉田の代名詞ともいうべきスキルで、特に1対1は見どころ満載。刀の居合いのように、最初の一撃で致命傷を負わせることもあれば、相手の攻撃を受け流して二の太刀で仕留めることもある。
なでしこジャパンの顔として長く活躍した澤穂希さんは、杉田の高いポテンシャルを以前から見抜いていた。現役ラストイヤーの2015年には、2人はINAC神戸のチームメートとして戦ったことがある。東京五輪では、杉田のプレーについてこう語っていた。
「杉田選手はボールの持ち方が良くて、間合いが他の人と違うので奪うタイミングが取りずらいんですよ。ワンタッチパスも上手で、視野が広いからいいところにパスを入れられる。守備でも、2人で奪えたらいい場面を1人で奪いきれるので、非常に利いています」
INAC神戸は今季、星川敬監督が9年ぶりに復帰し、開幕から8勝1分と無敗で首位をキープしている。9試合で得点「16」、失点「1」と、攻守に隙がない。
その中で、杉田も疲れ知らずのハードワークで貢献している。
高卒でINAC神戸に入団して今年で7年目。2016年以降、リーグ戦はほとんどの試合にフル出場してきた。もともとスタミナは豊富で、夏場の延長戦など、タフな試合でも足が攣(つ)ったことがないという。中でも今季、強度の高いプレーを毎試合続けることができている理由を聞くと、杉田はじっくり考えながら、丁寧に言葉を紡いだ。
「試合に出続けていることは(運動量と)関係していると思います。試合の中で、前半はこうだから後半はこうしよう、というようにペースを考えられますから。普段からものすごく走るような練習をしているわけではなく、星川監督はイメージを大切にしながらビルドアップなどの練習をするので、試合で同じような場面がきた時にイメージしやすいですね」
WEリーグが契約しているスポーツパフォーマンス分析会社「InStat」が提供しているデータには、今季のパフォーマンスの高さが表れている。星川監督がTwitterで公表した9節終了時のデータによると、リーグ全選手を対象とした総合評価指数で杉田はトップ(表はランキング上位10名、数値はINAC神戸選手のみ)。中でも目を引くのは、チャンスにつながるパス(キーパス)と、インターセプト回数の多さだ。
杉田は昨年途中までボランチが本職だったため、サイドに移ってからは1年しか経っていない。その中でこれだけの数値を出しているのは、サイドアタッカーとしての適性や、高い適応能力の証とも言える。
ただ、ボランチとしての実力も、国内ではトップクラスだった。2014年のU-17W杯(優勝)と2017年のU-20W杯(3位)でMVPになり、なでしこジャパンでは2019年からレギュラーの座を掴んだ。同年のフランスW杯(ベスト16)は、全4試合にボランチでフル出場している。
ボランチに比べると、サイドはパスコースが限定されており、相手と1対1になることが多い。杉田はその勝負に勝つことが多いため、個の強さが際立つのだ。
「中央(ボランチ)でプレーしていた時は、どこからでも相手が来て目が回ることもあったので、サイドに移って最初に感じたのは、『サイドのラインに守られている』ということでした。ただ、ラインがあるからこそ、相手との駆け引きは中央よりも難しくなりましたね」
杉田の言葉には試行錯誤の跡が感じられるが、ポジションが変わってから、ポジティブな変化はすぐに表れた。DF鮫島彩(現大宮アルディージャVENTUS)は、代表で共に左サイドを組んだ昨年の11月にこう語っていた。
「彼女は相手を外すプレーが得意で、縦への突破もかなり強みだと感じます。ためも作れるので、自分も上がりやすい。それに、守備は体力が尽きなくて、本当にすごいものを持っているんです。だから、自分も安心して相手の足下(のボール)を狙いにいけるようになりました」
東京五輪で、杉田はその高いポテンシャルを発揮した。グループステージ第2戦のイギリス戦では、昨季FIFA最優秀選手のDFルーシー・ブロンズとマッチアップし、一歩も引かずに勝負を仕掛けた。最初の1対1でブロンズにファウルで倒され、いい位置でFKを獲得。その次のプレーでも1対1を仕掛け、コーナーキックのチャンスを呼び込んだ。
スピードと頭脳を併せ持つ世界屈指のサイドバックを相手に、杉田は1対1の勝負を楽しんでいるようだった。
クールで、掴みどころのない天才――。10代の頃の杉田に、筆者はそんなイメージを抱いていた。視野の広さやパスセンスは高校の頃から際立っていたが、取材ではあまり多くを語らず、周りの評価にも一喜一憂しなかった。芯の強さを感じさせる一方で、執着心や欲とは無縁にも映った。
だが、取材を重ねる中で違う面が見えてきた。練習は常に100%で取り組む。味方のためにこまめなサポートやフリーランニングを惜しまない。誰よりも勝負にこだわり、大事な試合で負ければ悔し涙も流す。クールに見えた司令塔は、実は人一倍熱いファイターだった。
「1対1で戦っている感じが好きなので。守備でも絶対に取られたくないし、抜かれたくないです」(INAC ID-My profile)
代表で世界との戦いを重ねる中で、その強い思いや勝負へのこだわりは、言葉にもストレートに表れるようになった。
【相手にとって“怖い”選手を目指して】
杉田は今、1対1の場面でどのようなことを心掛けているのだろうか?
語り口は穏やかだったが、その言葉には自身の経験で掴み取ってきたものが詰まっていた。
「最初のプレーは自分の印象を決めるプレーなので、相手に『嫌だな』と思われたいですね。相手をサイドに追い込めば味方もタイミングが掴みやすいだろうし、自分がファーストプレーでガツッ!といけたら、チームに勢いを与えられると思いますから。ボールを持った時は、相手の守り方によって持ち方や仕掛けるタイミングや運び方を変えています。守備も、相手の目線や体の向きによって、自分がそこに立たれたら嫌だな、と思う位置に立つようにしています。自分の持ち味が通用しなくても、引かずに次はこうしよう、と工夫して二度、三度と仕掛けてくるような相手は自分だったら嫌だなぁと思うので、そうなりたいですね」
では、これまで対戦して一番嫌だった相手は? そう問いかけると、意外な答えが返ってきた。
「地元の福岡でお世話になったチームの蹴り納めに行ったときに、鹿島アントラーズでプレーしていた本山雅志選手と一緒にプレーさせてもらったんです。その時に、本山選手の守備が、ボールを取りにくる気配がないのに、自然と自分の間合いに追い込んで、10で戦おうとしていた相手を2ぐらいにしてしまうような吸収の仕方で、上手いなぁ!と衝撃を受けました」
一流選手たちのプレーもしっかりと感覚に刻み、すべての経験を血肉にしてきたのだろう。今季はFWや3バックの左でもプレーしながら、更なる成長のきっかけを掴んでいる。
「今はWEリーグで毎試合、サイドで駆け引きし続けているので、アイデアや引き出しが増えていっていることを実感できるんです。オリンピックの時と今の自分は、だいぶ違っているんじゃないかな、と思います」
杉田は自分に期待を込めるように、そう言った。
池田太監督が就任して初の海外遠征となった今年11月のオランダ遠征で、なでしこジャパンはアイスランドに0-2の敗戦、オランダとは0-0のドローだった。杉田はこの遠征でメンバー入りしなかった。それでも、前から聞いてみたかったことをあえて聞いた。
このところ、国際大会で毎回のように直面してきた得点力不足について、「ストライカー不足」と結論づけるのは安易だ。では、今の日本が強豪国と互角に戦う力をつけるためには、どのようなことができるのだろうか?
海外挑戦はその一つの答えになるだろう。だが、ハイレベルな競争が期待できる欧州リーグや強豪クラブの枠は限られており、簡単なことではない。
強豪国との差を肌で知り、WEリーグで己を磨き続けてきた杉田に考えを聞いてみたかった。
「個人的には、五分五分の場面でもっと仕掛けていきたいですね。オランダ戦はテレビで見ていましたが、もうちょっと仕掛ければ相手が崩れるところがあるんじゃないかな、とか、相手が真ん中を絞っているならサイドからもうちょっといけるんじゃないかな?と感じる場面がありました。そうやっていろんなところからジャブを入れていけば、惜しいチャンスも増えると思うんです。海外の選手にスピードで敵わない分、相手にとって怖い攻撃の数で上回っていければ、勝つチャンスはあると思います」
その言葉には、確信に満ちた響きがあった。
相手が“怖がる”プレーを追求し、新たなポジションで進化を続けている杉田は、再び世界のトップクラスに挑む覚悟で日々の練習に取り組んでいる。今月末から始まる皇后杯でも、そのアグレッシブなプレーが見られるだろう。