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なぜファスト映画による著作権侵害の賠償金額が5億円になってしまうのか

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:イメージマート)

「ファスト映画の損害額”1回再生で200円”、無断投稿の2人に5億円賠償命令…東京地裁」というニュースがありました。懲罰的損害賠償制度がない日本としてはかなり高額の賠償金額と思います(漫画村の民事裁判によってすぐ記録更新される可能性がありますが)。これでも、20億円の一部請求です。なお、自己破産しても免責されない可能性もあります。

被告が得ていた広告収益は700万円程度であったと書かれていますので、まったく割の合わない行動だったということになります。一方、既に有罪確定している刑事裁判は、罰金最大200万円と執行猶予付きの懲役刑で確定していますので、刑事罰だけだと「やり得」で抑止効果が不充分だったことになります。

この金額の算定方法ですが「ユーチューブで正規に鑑賞できる映画のレンタル価格が1作品あたり400円を下回らないことなどを踏まえ、1回の再生につき200円が相当と判断」し、再生回を乗じることによって計算されました。別記事でひろゆきさんが「著作権侵害の判決で『無料じゃなかったら絶対見てないよ』という作品も『正規の価格×見た人数』の損害を与えた事になるんですよね。本当の損害額はもっと低いのではないか、、と思うおいらです」とツイートしたと報じられていますが、そう考える人は多いでしょう。

この算定方法は著作権法の規定(114条)によっているのだと思います。一般に無体財産への権利侵害は損害額が算定しにくい(有体物ならたとえば100万円相当の物が盗まれれば損害は100万円と明確ですが無体財産だとそうは言えない)ので特別の規定が置かれています。114条の内容を大雑把に書くと、以下のとおりです。

1項:個数×本来なら権利者が得られていた利益

2項:侵害者が得ている利益

3項:個数×ライセンス料相当額

一般には、1項を使うのが一番金額が大きくなります(今回のケースで2項を適用すると700万円になってしまいます)。ただし、これらは「推定」規定なので、(追記:ツイッターで指摘受けましたが推定規定なのは2項のみでした、すみません)被告が反論して減額することは可能です。

追記(2022-11-22):細かい話になりますが、114条1項の法文上は譲渡または複製を前提としているため、YouTubeのようなストリーミング配信には適用されません。また、114条3項だとすると、視聴1回当たり200円というのはライセンス料としてはちょっと高すぎる気がします。114条の規定は、こういう算定をすることができると言っているだけなので、114条1項的な考え方をストリーミング配信に適用することが禁じられているわけではありません。ということで、算定の根拠については判決文の公開を待ちたいと思います。内容によっては、今後のストリーミング(閲覧)系の違法サイトへの損害賠償訴訟にも大きな影響を及ぼすでしょう。

追記(2022-11-30):判決文が公開され、114条3項に基づくものであることが明らかになりました(新記事を書いています)。被告は損害額の主張について争っていませんので原告側の言い分がそのまま認められたことになります。

判決文が公開されていませんが、当然、被告代理人はひろゆきさんのような論理によって(もちろんプロとしての論理展開により)損害額はそれほど大きくないと主張したものと思いますが、裁判所はそれを認めなかったということかと思います。是非、今後、判決文が公開されることを期待します。

ついうっかり侵害してしまった、あるいは、良質のパロディといったレベルではなく、権利者から警告を受けても侵害を継続し、正規のコンテンツ利用に悪影響を与え、それなりの金額の利益を得るという行為はとうてい許容できるものではありませんので、まあ妥当な判決ではないかと思います。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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