ニセモノ豆腐騒動を考える ~ なにが本物?
「ホンモノ」の食べ物とはなんだろう
食品の安全性については、多くの人が敏感になり、なにかあればすぐ話題になってしまう。しかし、消費者の側も、正しい情報を得て、それぞれが冷静に判断していくことも必要になっています。ここのところ、世間を騒がせている「豆腐」について考えてみましょう。今回の騒ぎは、実は豆腐製造に携わる中小企業や個人商店、さらには豆腐を名産品にしようとしている地域にとっても大きな問題を投げかけました。
そこで今回は、実際に豆腐製造に携わる業者の方や食品文化に詳しい方たちともお話をしながら、地域の食文化・プロモーションや地域振興のブランド化の動きにも影響を及ぼしかねない問題の一つとして、「ホンモノ」の食べ物とはなんだろうという視点から見ていこうと思います。
豆腐の定義はない
豆腐について、騒ぎになったきっかけは、先月に発表になった「豆腐業界が豆腐の定義作り」というニュースからのようです。
豆腐事業者の全国団体でつくる豆腐公正競争規約設定委員会が、「豆腐の定義や表示方法の不明確さが、不当廉売の原因」として、定義作りに乗り出したのです。今後、業界内での調整、消費者庁への認定申請、公正取引委員会での審査などを経て、2019年3月には「豆腐の定義・分類」を策定したいという意向です。
ここまでの国民食で、定義がなされていなかったことは、業界の問題であると指摘できますし、誤解を招いてきたこともここに原因があると言えます。
新しい定義で、消費者には判りやすく
新しい定義案では、まず大まかに大豆の割合(大豆固形分)で分類する。10%以上を「とうふ」、8%以上を「調製とうふ」、6%以上を「加工とうふ」とし、6%に満たないものや、卵を主原料とするたまご豆腐などは除外する。乳脂肪分の割合で分類されているアイスクリームなどの方法を参考に検討されています。
さらに、「木綿」「ソフト木綿」「絹ごし」「充てん絹ごし」「寄せ(おぼろ)」と五つの中分類を加工状態や硬さによって分類することが提案されています。
そして、添加物についても詳細な表示を義務付ける方針を打ち出しています。
いずれにしても、「豆腐」と言っても様々な種類が存在し、「最高級」、「天然」、「純粋」と言った根拠が定かでない表示は禁止される方向です。
しかし、「これがホンモノの豆腐」というのは、こうした定義が決められても、人によって様々になるでしょう。それは、仕方のないことですが、できるだけ正しい知識で判断したいものです。
充填豆腐が腐らないのは「防腐剤」のせい?
今年の春にも、「豆腐の常温販売解禁」というニュースが話題になりました。1974年(昭和49年)以降、豆腐は食品衛生法の規定に基づいて「冷蔵で保存しなくてはならない」という基準がありました。しかし、技術革新が進み、無菌状態で充填し、常温保存が可能な豆腐が開発され、すでに1986年(昭和61年)から輸出が行われて、食中毒の報告はなく、また、2015年度に厚生労働省が実施した長期保存試験でも問題なしとの結果となっています。
そこで、やっと規制緩和に動き始めたという訳です。しかし、常温で長期保存ができるから、「防腐剤やなにかが混じっているんだろう」という懸念を持つ人たちもいます。
なぜ充填豆腐が常温で長期保存できるのかと言えば、「無菌」状態だからです。無菌充填である以上、菌が存在しないのですから、防腐剤も必要ないという訳です。レトルトパックや缶詰に防腐剤が必要ないことと同じです。
消泡剤は食べられないものが使われている?
豆腐の製造過程で手間がかかるのは、「泡」ができてしまうことです。そのままですと、ぼこぼこの見栄えも舌ざわりもあまりよくないものになり、日持ちも悪くなってしまいます。少量生産の個人店などでは、泡を濾し取る作業を行いますが、大量生産の工場ではこうした作業を行うことは非常に難しくなります。
そこで使用されるのが、消泡剤です。消泡剤は泡を消すために少量使われ、製造過程でほとんど残留しないとされています。
さて、その成分ですが、他の食品でもしばしば誤解されて騒ぎになる「シリコーン」が、豆腐に場合も騒ぎの種になっているようです。
実はケイ素のことをシリコンと呼びます。普段目にする砂や岩石の大半は、このケイ素の酸化物です。このうち、二酸化ケイ素で構成された岩石を、総称してケイ石といいます。これを粉砕して人工ケイ砂を作り、ガラスや陶磁器が作られるのです。
このケイ石から、ケイ素を取り出し、酸素を化合して作り出した高分子化合物が、シリコーンと呼ばれるものです。
このシリコーンは、化学的に非常に安定しており、その成分には毒性を持つものがなく、無味無臭、生理的にも不活性、つまり人間の体になんらかの影響は及ぼさないとされています。そのため、このシリコーンは、医療、化粧品、食品に幅広く使用されています。食べてしまっても、そのまま排出されます。
豆腐製造の場合、シリコーンが使用されるのは、消泡剤としてごく少量であり、製造工程で残留することはほとんどないとされています。また、シリコーン以外に、植物性油脂やグリセリン脂肪エステルなども用いられますが、いずれも食品にも含まれている物質です。
確かに、「食べるもの」ではないかもしれませんが、「食べられない」なにか毒物が入っているかのように言うことはできないでしょう。
ほんものの豆腐とは
豆腐作りの教室に行くと、大豆とにがりだけで豆腐を作る方法を教えてくれます。確かに、それだけで作ることができます。
ただ、それだけが「ほんものの豆腐」で、それ以外は全て「ニセモノ」というのは、少し過剰な反応のように思えます。もちろん、個人がそう考えるのは自由ですし、自作したり、そのような方法で製造している豆腐屋さんから購入するというようにすることもできます。
豆腐を固める「にがり」として、「グルコノデルタラクトン」(グルコノラクトン)が使用されていると書かれていると、「これはまたニセモノの豆腐だ」となりがちです。しかし、グルコノデルタラクトンは別名はちみつ酸と呼ばれるもので、はちみつに多く含まれている物質で、でんぷんから製造されることが多い天然の添加物です。同様に硫酸カルシウムが使われる場合もあります。これは「石灰」や「石膏」と同じ物であるため、やはり批判の対象になりがちですが、こんにゃくの凝固や砂糖を精製する時の不純物除去など食品製造に幅広く使われています。
もちろん、「にがり」には、塩化マグネシウム、それも天然海水から作った粗製海水塩化マグネシウムしか使うべきではないという考えの方もいらっしゃるでしょう。
しかし、自分の考える「ほんもの豆腐とは違う」からと言って、規則に則り、食品づくりをしている企業や商店の商品をすべて「ニセモノ」と決め付け、中傷するのはどうでしょうか。
過剰な批判は企業を委縮させる
実は、消泡剤は残留しないことが前提ですので、原材料表示もする必要ありません。しかし、一部のメーカーはわざわざ正直に記載した結果、「食べられないものを添加している。ニセモノを作っている」と批判されています。
メーカーの表示を見て、「不必要なものを添加している」と言った批判もありますが、コスト削減を行う中で「不必要だ」と判断したものをわざわざ添加する余裕はメーカー側にもないでしょう。
例えば、油を添加しているのは、昔から行われていることで、コクを出すためであり、増量するほどの量を入れることは現実的にありえません。添加している油に関しては、その種類によっては拒否したいという方もいるでしょうけれど、それも食品として許可されているものです。
また、原材料の表示も、大豆、丸大豆などと記載されています。第二次世界大戦直後の物資不足の際には、脱脂加工大豆が使用されていたこともあったようですが、現在ではほとんどありません。それに、もし脱脂加工大豆を使用していれば、「大豆」ではなく「脱脂加工大豆」と記載することが定められています。
もちろん、不当な表示や誤った表示、あるいは危険性がある物質の使用などは、厳しく取り締まられるべきです。しかし、法律などに従って製造し、原材料表示も求められている以上に丁寧に書いているにも関わらず、「ニセモノ」呼ばわりされてしまうのでは、メーカー側も立つ瀬がなく、むしろ委縮させてしまいます。「表示しなくても良いものまで表示したから、誤解を招いた。今後は、表示しないでおこう」となる可能性もあります。
原材料表示が明確化されているから、自身で判断しよう
日本豆腐マイスター協会代表理事の代表理事である磯貝剛成氏は、「きちんとした表示のルールを理解し、使用されているものがどんなもので、それがどのくらいの量、何のために使われているか、しっかり押さえた上で、あとは個人の好みや嗜好で選ぶの良いのではないでしょうか」と述べています。
健康志向の高い方たちの中には、自分たちが理想とする「古来の製法」だけが「ほんもの」だとする人たちもいるでしょう。「できれば、よく判らないものは食べたくない」という気持ちは、誰しも当然あるでしょう。
幸いなことに、食品の原材料表示の明確化が進み、以前よりも厳格になっています。消費者がそれらを参考に商品を選別することが、容易になりつつあります。
ただ、それを理解して選別するのは、消費者側も正しい知識が必要となります。「あれもこれも危険だ」、「これはニセモノだ」と決めつけてしまう前に、少し冷静に考え、判断することが求められています。
ネットで簡単に情報が拡散される時代だからこそ、過激な文言に左右されがちです。毎日の食べ物だからこそ、いろいろな情報、多くの人の話を聞いて、判断していきたいものです。