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まほろ駅前から下赤塚へ。瑛太×大根仁監督の脱力系探偵物語『ハロー張りネズミ』

碓井広義メディア文化評論家

演出家の名前だけで、そのドラマを「とりあえず、見てみれば」と自信をもって言える一人が、大根仁監督です。ただし、決して「万人向け」ではありません(笑)。

遠藤憲一さん主演の『湯けむりスナイパー』、森山未來さんの『モテキ』、瑛太さんと松田龍平さんの『まほろ駅前番外地』、そしてオダギリジョーさんの『リバースエッジ大川端探偵社』などの作品歴は、マニア心を微妙に揺さぶります。

今期、大根仁監督の新作が『ハロー張りネズミ』です。まほろ駅前発、大川端経由、下赤塚への道をたどってみました。

『まほろ駅前番外地』テレビ東京系

2013年に放送された『まほろ駅前番外地』は、それ以前に映画化された『まほろ駅前多田便利軒』(原作・三浦しをん)の続編を連続ドラマにしたものでした。

キャストは映画と同じ瑛太さんと松田龍平さん。瑛太さんは東京郊外の「まほろ市」(モデルは町田市)で便利屋をやっています。その中学時代の同級生(当時はそれほど親しくなかった)で、事務所に居候しながら仕事も手伝っているのが松田さんです。

その仕事ですが、たとえば地元のプロレスラー・スタンガン西村(静岡プロレス出身のスタンガン高村さんがモデル)から、引退試合の相手になることを依頼されます。細身の瑛太さんと松田さんが覆面レスラーを務めるだけで笑えましたが、物語は大人の男を泣かせる展開となっていきました。

このレスラー代行の話は、2冊の原作本にはありません。脚本も兼ねる大根仁監督のオリジナルストーリーです。ワケあり男2人の微妙な距離感だけでなく、周囲の人たちとの関係から生まれる空気感も、実に心地良いものでした。

また、このドラマにはいわゆるヒロインがいません。別のテレビ局が作ったら、若手人気女優を投入したに違いありません。しかし、それでは“脱力系相棒物語”という特色が薄まってしまいます。「これでいいのだ!」の大根ドラマでした。

『リバースエッジ大川端探偵社』テレビ東京系

『リバースエッジ大川端探偵社』が放送されたのは2014年の夏。当時、一週間の仕事を終えたオトナの男が、金曜の深夜に見るべき番組として、これほどふさわしい1本はありませんでした。なにしろ大根仁監督とオダギリジョーさんが、探偵物で組んだのですから。

とはいえ派手な立ち回りなどないし、緊迫の尾行も退屈な張り込みもありません。あるのは少しの聞き込みくらい。ドラマのキモは、オダギリ探偵の茫洋感と、依頼人と調査対象の切ない関係性でした。

探偵が探し出すのは、見知らぬ男と3日間を過ごした「幻の女」。また売れない芸人に差し入れしてくれる「謎の女」。さらに気弱な高校生を救ってくれたかつての「女番長」など、極めて個人的で、どこかトホホな事情の案件ばかりでした。

しかし、見る側は不思議な安堵感に包まれます。人間、誰しも忘れられない人がいるものですから。でも、再会してハッピーな場合も、その逆もありますよね。

オダギリ探偵はもちろん、石橋蓮司さんの探偵事務所所長、小泉麻耶さんの受付嬢(夜のバイトと掛け持ち)にも、一度会いに行きたくなるドラマでした。

『ハロー張りネズミ』TBS系

瑛太さん主演の金曜ドラマ『ハロー張りネズミ』は現在放送中。島耕作シリーズなどで知られる弘兼憲史さんの原作漫画は、1980年代の作品です。

何度か映像化されていますが、再び「実写」で見られるとは思いませんでした。しかも演出・脚本が大根仁監督で。

「あかつか探偵事務所」は、東京の下赤塚(東武東上線)にあります。所長の風かほる(山口智子さん)、調査員の七瀬五郎(瑛太さん)と木暮久作(V6の森田剛さん)。3人だけの小さな所帯です。それでも、いや、それだからこそ大手が請け負わない「こぼれ仕事」や「汚れ仕事」が回ってきます。

第1話に登場したのは交通事故で娘を失った男(伊藤淳史さん)。同じ事故で危篤状態の妻に、娘の元気な姿を見せたいというのが依頼でした。五郎たちは、その娘によく似た女の子を求めて奔走します。

また第2話では、自殺した(実は殺された)父親(平田満さん)の汚名をそそごうとする娘、四俵蘭子(深田恭子さん)が現れました。こちらは前後編で、爆破シーンもある豪華版。深キョンの“謎の美女”ぶりも楽しめました。しかもこの蘭子さん、第3話で、あかつか探偵事務所に“就職”しちゃったのです。

瑛太さんはいつもの瑛太さんで(いや、そこがいいのです)、森田さんと山口さんは大根演出のおかげで、笑える“ヤンチャ感”が出ています。さらに情報屋がリリー・フランキーさん、平田満さんの右腕だった男が吹越満さんといった、エッジの効いたキャスティングも大歓迎。

いわば脱力系探偵物語である『ハロー張りネズミ』。昨年の映画『SCOOP!』同様、猥雑さや品の無さを作品のエネルギーに転化させていく、「大根マジック」全開の一本となっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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