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濁流が駆け下る地下街からの脱出 できる?できない?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
地下街浸水を想定した京都大学の実験施設と実際の地下街階段(筆者・田村祐司氏撮影)

 大都市を襲う豪雨・津波災害。濁流はより低い所を探して集まります。そしてその終着地は地下街となることも。水が激しく階段を駆け下る地下街からの脱出は可能でしょうか。若い学生たちが体験しました。

地下街浸水事例

 平成11年6月29日、梅雨前線による記録的な豪雨が九州地方北部を襲い、福岡市の中心部ではビルの地下階や地下鉄などで浸水被害が相次いだ。

 駅周辺ではほとんどの道路がひざ上まで冠水し、中には1 m近くまで冠水した道路もあった。(中略) JR博多駅構内や駅周辺のオフィスビル、ホテルなどは相次いで浸水し、特にビルの地下階や市営地下鉄空港線の博多駅には道路から大量の水が滝のように流れ込み、甚大な被害が発生した。(中略)

 8月29日には、1時間に100 mmを超える雷を伴った激しい雨が降り、営団地下鉄銀座線の溜池山王駅や半蔵門線の渋谷駅構内に大量の水が流入。渋谷地下商店街「しぶちか」も水浸しとなっている。

災害列島1999 ~平成11年の水害を検証する~ 国土交通省

 過去の地下街浸水事例を紐解くと、その時地上の道路冠水もそれなりの規模になっていることがわかります。上述した福岡市中心部の事例では、駅周辺でひざ上まで冠水していました。さらに「中には1 m近くまで冠水」となれば、それは大人の腰上の深さに達します。

 そういった洪水は常により低い場所を探して浸入してきます。地下街の出入口や通気口はそうした水にとって格好の餌食になりやすい箇所となります。

 ジャアジャア駆け下りてくる水に圧倒されて「どうしよう」と地下街にて立ち尽くす余裕などありません。うかうかしているとそのうち水位が背丈を超えて溺れることになりかねません。一刻も早く出口を探して地上に出ないとならないのです。

洪水の地下街の階段を想定した体験

 昨年の11月に筆者が客員教授を兼務する明治国際医療大学(京都府)の学生が京都大学防災研究所宇治川オープンラボラトリーにて授業として体験しました。明治国際医療大学木村隆彦教授と京都大学防災研究所川池健司教授の指導のもとで行われました。

 カバー写真に示したのは、左が学生が体験した実験施設。階段を激しく流れ落ちる水の様子です。一方、右は実際の鉄道駅の地下階段の写真(東京海洋大学田村祐司先生撮影)です。ここに写っている実際の階段、ここを勢いよく駆け下りる濁流を見てしまったら、「脱出するべきか、どうしようか」判断に悩むことでしょう。早速動画を確認してみましょう。

動画1 洪水の地下街からの脱出を想定した体験の様子(筆者撮影、42秒)

動画2 洪水の地下街からの脱出を想定した体験の様子、体験者目線(筆者カメラ撮影、43秒)

 いずれの動画にも写っている、滝のような流れの水量は、動画の最初に見ることができる平坦部において流速で秒速3 mから4 mの間になります。かなり激しい水の流れとなっていますが、水深が浅く10 cmほどであるため、手すりを強く握ってつかまらなくても歩いて前進することができます。ただ水しぶきは強烈で、足首付近に当たった水が股下あたりまで跳ね上がる様子がわかります。ここの歩行については体験した学生のすべてが難なくクリアすることができました。

 いよいよ階段に到達しました。問題は学生の目線では階段がどこから始まるか見当がつかないことです。動画ではまず階段の始まる位置を慎重に探しています。そして、階段の高さを確認するように足をあげてゆっくりと探っています。上り始める時には、両側にある手すりをつかんでいます。こうすることによって、万が一の転倒に備えています。

 階段を上り始めました。最初は両側の手すりを持っていたのですが、途中で片方の手すりだけをつかむようになりました。両側の手すりをもったまま転倒すると両手とも手すりから離れてしまうので、それを恐れたのです。一歩一歩踏みしめて上るのですが、体験者の歩行は安定しています。そして無事に階段を上がりきりました。この階段上りの体験についても、体験した学生のすべてがクリアすることができました。

「濁流が駆け下る地下街からの脱出 できる?できない?」の問いに対する答えは、ここまでのところ「できる」としておきましょう。

実際の地下街では、脱出はかなりたいへん

 とは言っても、実際に洪水や津波に見舞われた地下街には多くの困難が待ち受けていることでしょう。

 図1は都心にある、とある駅の地下通路の様子です。平坦ですが、出口までは距離にして100 m近くあって、水深が浅くても流れのある中を逆らって歩くとなれば、果てしない距離に心が折れそうです。

 さらに大地震の直後などで全停電し、そこに津波が押し寄せたら、非常灯の明かりを頼りに、しかも足元がよく見えない中で流れに逆らって歩くことになるでしょう。冬の大津波であれば、これに足元がかじかむような水温の冷たさが加わることでしょう。

 それでも出口に向かって進まなければ、浸水によって溺れることになりかねません。

図1 地下駅の通路の様子(東京海洋大学田村祐司先生撮影)
図1 地下駅の通路の様子(東京海洋大学田村祐司先生撮影)

モノが流れてくる

 階段の直下では、階段を駆け下りた水によって激しい流れができている平坦部。ここでは地下街に置いてある商品やら何やらが多数、流れに乗ってきて、その一部は足を直撃することでしょう。

 動画にあるこの実験施設にて過去に筆者は15 cmほどの石の集団を間違って流してしまいました。その時筆者は下流にいたため、流速4 mの流れにのってゴロゴロと音を立てて転がってきた石が自分の足を直撃しそうになりました。とっさに水路から逃げたのでよかったのですが、危うく足に大けがを負うところでした。

出口はかなりの深さ

 無事に階段を上り切り、出口に出たとします。ところがそこにも困難が待ち受けています。

 図2は都内の海抜ゼロメートル地帯にある鉄道駅の地上出口の様子です。出口の最も高い所が道路より少し高くしてあることがわかります。東京都内の地下からの出口にはこのように階段の止水壁があったり、あるいは出口を横方向に横断するような止水板を洪水の時には取り付けるようになっています。

図2 地下駅の地上出入り口の様子(東京海洋大学田村祐司先生撮影)
図2 地下駅の地上出入り口の様子(東京海洋大学田村祐司先生撮影)

 鉄道などで見られる典型的な駅の階段の段面をイメージし、筆者が想定する地下街浸水避難時の最悪の状況を示したのが図3となります。

図3 筆者が想定する地下街浸水避難時の最悪の状況(筆者作成)
図3 筆者が想定する地下街浸水避難時の最悪の状況(筆者作成)

 図2で見た通り、都会で見られる地下からの出口は、大抵は道路の路面より数段高くされています。さらに道路冠水時にはそこに止水板を設置して水の地下への流入を遅らせます。

 逆に言うと、地下街へつながる階段に水が勢いよく駆け下りる状況ならば、この止水板をすでに冠水の水位が超えていることになります。そうなると、止水板よりも向こう側の道路の冠水の水位は「フカイ」とつぶやいている人の腰くらいの水位になっていることも考えられます。

 流石にここまで深くなると、せっかく階段をがんばって上ってきたのに、止水板を越えてまで道路に出る勇気がなくなる人もいることでしょう。ただ、ここで人の流れが止まると、階段の下の方の人々は迫りくる浸水から逃げ遅れることになりかねません。

 図1中で「?」と考えている人にとって自分の命が大事だから、そこにとどまることは正しい行動なのですが、「ススメ―」と叫ぶ人からすれば「考えている暇があったら、止水板を越えろ」と言いたいわけです。

いよいよ水に浸かったら

 階段の途中で渋滞が発生したら、階段を下ることも振り向くこともしてはなりません。階段の下の方を向いたとたんに足元が濁流にすくわれて尻もちをつき、ウオータースライダーのように階段の下方に流されます。これは動画1の条件で必ず発生する現象です。筆者も体験しましたが、振り向いた瞬間に足元が激しい流れにすくわれました。

 万が一流された場合、あるいは図3の「タスケテ」の人のように沈水してしまった場合、水の流れによって流されてしまいます。水深が深くなれば当然流れは緩やかになりますが、それでも秒速が30 cmくらいの流れだとしても、泳いで元に戻ることはほぼ不可能です。

 同じ話はかなり逃げ遅れて地下街の奥に取り残された時にも言えます。例えば、地下街の出口からかなり遠い所にいて浸水が始まった時、秒速が30 cmくらいの流れなら水深が膝下であればなんとか上流に向かって歩いて移動できますが、膝を越えて腰まできたら流れに逆らって歩けなくなります。

 腰高位の水深で流れがある中で壁に手すりがあれば、手すりを両手でつかんで腕の力を使って前進するしかなくなります。それでも距離にしてせいぜい10 mほど。流速が毎秒50 cmを超えれば、流されないように手すりにつかまるのがせいぜいといったところです。

 更に深くなってしまったら、いよいよ周囲にある水面に浮いているモノをラッコ浮きの要領でおなかのあたりに両手でしっかりとつかみ、背浮きの姿勢をとります。図3の「ういてまて」のようにして呼吸を確保して水が引くまで、あるいは救助隊がくるまで待ちます。

 例えば、「緊急安全確保の具体的方法 洪水編」を参考にされれば、具体的な方法について理解を深めることができます。

まとめ

「濁流が駆け下る地下街からの脱出 できる?できない?」の答えは、「できる」です。ただし、あくまでもあなたが一人だけ残されて階段をあがるという最終手段としてなら、という条件付きです。

 多くの人々が階段に殺到すれば、最後は地下街で浮いて救助を待つことになるかもしれません。

 ですから、洪水が発生する可能性があれば、「警戒レベル4で、危険な場所から全員避難!」なのです。道路冠水が始まる前に地上に出て避難所を目指します。そして大地震により津波注意報、津波警報、大津波警報が発出されれば、直ちに地下街から地上にある十分高い頑丈な建物に向かいます。

さらに詳しくは

 近年、大きな水災害が続いています。災害を完全に抑え込むのは難しいとしても、最後は「人の命を守ること」に全力を尽くします。そういった「災害の中の減災」について、水災害を中心に今夜のテレビ放映にて解説したいと思います。

報道ライブ インサイドOUT

「防災の日『減災』を考える」

BS11 2022年9月1日(木)21時00分から21時54分

ゲスト:金井 昌信(群馬大学大学院教授)、斎藤 秀俊(水難学会会長/長岡技術科学大学大学院教授)

★見逃し配信、あります★

※警戒レベルごとの避難、津波からの避難については、国などによる指針をぜひ参考に行動してください。水難学会から発出される情報は、それでも逃げ遅れた時に最後の手段として自分の命を守る(長らえる)具体的な行動についてのものです。

※地下街への浸水対策は、水の浸入を止める方向で進化を続けています。地上出口に頑丈な防水扉を設置している地下鉄の駅の例もあります。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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