3階級を制したチャンピオンーーBLADE(刃)
3階級を制したアイラン・バークレーが、5月6日に64歳になった。
ニューヨーク、サウスブロンクスのプロジェクト・アパートで育った彼は、犯罪多発地域で貧困に喘ぎながら成長した。"プロジェクト"とは、ニューヨーク市が低所得家庭を救済する為に建てた高層アパートである。
バークレーへの取材を重ねていた90年代後半から2000年代前半、筆者は何度かそのプロジェクトを訪れ、3階級制覇王者をインタビューした。リングで稼いだカネを蕩尽し、彼は年老いた母親、そして甥と生活していた。
プロジェクトの住民とは、かつてマルコムXが語った言葉ーーー合衆国の底辺に生きるのは、大都市のゲットーに生きる黒人たちである。彼らは昼も夜もネズミやゴキブリと共に過ごし、酒と麻薬に溺れ、自分の存在が分からなくなっている。将来がまったく見えない状態に置かれているーーーの典型だった。
バークレーは9人きょうだいの末っ子で、気が弱かった。やがて、<ブラック・スペード>という名のギャング集団に使い走りとして加えられる。そんな弟を案じた姉が、ボクシングジムに連れて行き、セルフ・ディフェンスを覚えさせた。
ほどなくプロジェクトの壁に、誰かがバークレーのファイティングポーズの絵を描いてくれた。「いつか世界チャンピオンになれよな!」という激励の気持ちを込めて。
周囲の人間がドラッグの売人となり、ギャング同士の抗争で命を落としていく中で、バークレーは夢を追い続けた。そして、1988年6月6日、当時スーパースターだったWBCミドル級チャンピオン、トーマス・ハーンズを3回で屠り、世界の頂点に立つ。彼は幼い頃からの夢を成し遂げたのだ。
しかし、プロモーターであるボブ・アラムは、バークレーを【斬られ役】としか扱わなかった。ハードなマッチメイクが続く。2階級、3階級と更にベルトを獲得し、ハーンズとの再戦にも勝利したが、一度もタイトルを防衛出来なかった。
チャンピオンであっても咬ませ犬ーー激しい死闘の後、治療の時間も休養も与えられず試合が組まれるーーボクシング界の現実を突き付けられる思いで、筆者は彼を見詰めた。
「俺をスケープゴートにして、アラムはたっぷり稼いだのさ。まさしく、奴隷契約だったよ」
バークレーは、過去をそう振り返っていた。
が、BLADEと呼ばれたバークレーの重いパンチ、そして彼の生き方に魅了された。
※バークレーについて詳しく知りたい方は、是非、拙著『マイノリティーの拳』(光文社電子書籍)をご覧ください。