ローカルメディア日本一を目指す「宮崎てげてげ通信」。野望は商店街の買い占め
宮崎の魅力を「愛とノリ」で伝える「宮崎てげてげ通信(テゲツー)」は、開設から一年で35万PV/月に成長した注目のローカルメディアだ。「てげ」は凄いの意味だが、「てげてげ」と続けると、いい加減という意味になる宮崎の方言。メディアの名前はユルいが、ローカルメディア日本一を目指すと公言する編集部には、宮崎を世界一チャレンジしやすい町に変えるという壮大な目標がある。
地方紙を買うバフェットを見て「やってみよう」
「マスメディアは終わると思っていた。バフェットが地方紙を買うのを見て地域情報をやりたいと思っていたんですよ」。テゲツーのプロデューサー齋藤潤一さんは話し始めた。
バフェットとは、投資会社バークシャー・ハサウェイ会長で世界的に有名な投資家ウォーレン・バフェットのこと。2012年にアメリカ南東部で発行される63の地方紙をまとめ買いして驚かせた。アメリカではアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが有力紙であるワシントン・ポストを買収している。
齋藤さんは、シリコンバレーでモバイルサービス開発などに関わってきた。世界の最先端の人々が競うシリコンバレー。欲望に天井はない。いい企業、高い給料がほしくなる。齋藤さんは「そういうのは人間ぽくないな。収入のゼロが一個減るけれど充実した仕事がしたい」と思うようになる。
帰国後は東京でPR関連の仕事に就いていたが、「これからはローカル情報の価値が上がるし、世界に発信できるようになる」と、結婚相手の実家である宮崎にIターンした。そして温めていた構想にとりかかる。だが、面白くない。色々な人に声をかけたが立ち消えになってしまう。そこで、「宮崎で一番の情報発信力を持つ」長友まさ美さんと組むことにした。
率いるのは「宮崎の太陽」
宮崎出身の長友さんは「何にもないところにいたくない」と県外の大学へ進学。Uターンして、企業研修などを手がける会社を経営しながら、宮崎市のコミュニティFM「宮崎サンシャインFM」でラジオ番組を持つようになっていた。
齋藤さんとの出会いもラジオ。「ゲストでやってきた。気づいたら(齋藤さんの取り組んでいた飫肥杉を世界に展開するプロジェクトの)一緒にお金集めて、広報をやっていた」。
テゲツーに関わり、考え方が変わっていく。「自分が知らなかっただけだった。やればやるほど、宮崎が好きになる」。いまやテゲツーの顔として取材だけでなく、全国のイベントに参加して宮崎をPRしている。
「宮崎はマンゴーとか(東国原もねと横から突っ込みが入る)イメージが偏っている。もっといろんな魅力があるのに、宮崎に住み続けている人ほど、何にもないという。宮崎の人こそ宝物を気づいてほしい」そんな長友さんの思いと、齋藤さんの構想力が掛け合わさり、仲間が集まりメディアが立ち上がる。
1日88PVから月35万PVに成長
当初は「宮崎通信」とベタな名前だったが、もっと宮崎らしさがある名前にしようと「じゃあ、てげてげ?」と変更された。2014年5月の開始時はアクセスがほとんどなく、グーグルアナリティクスを入れて計測すると一日88PVだった。
試行錯誤の末に読者ニーズに答えつつ、書き手の個性を生かすという現在のスタイルにたどり着く。編集部では、毎朝、宮崎に関する情報をネットや新聞から収集。Twitter、Googleアラート、ヤフー急上昇ワード… その中から読者に読まれそうな話題を見つければ、アクセスが多いお昼に向けて素早く記事を書く。
ちなみに昨年一番読まれた記事はラブホテルの閉鎖に関するものだ。ライターは、高千穂シュガーという名前で記事を書く佐藤翔平さんは高千穂町役場の職員だ。
もう一つの取り組みはスマートフォンへの対応。宮崎にも地元紙などローカルメディアはあるがスマートフォン対応は十分ではない。サイトの最適化だけでなく、Facebook、Twitter、インスタグラムなどのソーシャルメディア活用、LINEスタンプの販売も行い、スマートフォンで触れることが出来る「面」を増やしている。
商店街を買い占める
主要の運営メンバーは5名。現在は全員が本業を持ちながら記事を書き、イベントも行う。非営利メディアのため、クラウドファンディングでイベント開催費用やサーバーの保守費を集めてきた(お返しには長友さんとの握手券もあり!)。テゲツーの目標は、宮崎を世界一チャレンジしやすい町にするという壮大なものだ。だが、他の地方同様、宮崎市の中心部は空洞化している。
1988年に1044あった店舗数は2007年に682に現象、宮崎市全体に占める中心部の店舗の割合は15.4%しかない。宮崎市では中心部の通行量を1日84600人に目標を設定したが、2012年に5万人を割り込んだ。
「このままメディアが拡大しても100万PVがマックス。宮崎の人口が100万人だから。宮崎の経済を動かすというのは、人材育成とか、不動産事業とか、観光事業とかにシフトしたい」と齋藤さん。メディアを核に知名度を生かして、中心部に人を呼び込み、不動産事業で働いたり、住んだりしていく「場」を創りチャレンジを後押ししてくプランだ。壮大すぎて苦笑いすると齋藤さんは「いまデスノートに書き込みました」とニヤリ。
テゲツーは6月に中心部の商業施設「カリーノ」の地下1階にスタジオを開設し、目標に向けて進んでいる。いい加減の皮を被ったローカルメディアが、地域を変えていく。