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Safe Kids Japan活動報告会(1)〜子どもの傷害予防活動とメディア 〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2018年9月8日、私が理事長を務めているNPO法人Safe Kids Japanの活動報告会を開催した。これは、当会の会員はじめ、「子どもの傷害予防」に関心を持つ一般の方に集まっていただき、われわれの最近の研究や活動の内容について報告・共有し、意見交換をするものである。

 当日は、

「傷害予防活動とメディア〜1人から1万人へ〜」(山中 龍宏)

「どれだけ速く事故は起こるのか? How fast can children get injured?」(西田 佳史)

「Co-Designでつくる子どもにやさしい製品〜子どもの傷害予防リーダー養成講座 学生コース〜を振り返って」(大野 美喜子)

という発表を行い、最後に「子どもの傷害予防リーダー養成講座 学生コース」に参加した学生の方にも報告をしていただいた。また、会場については、ヤフー株式会社に提供いただいた。

 今回は、私が発表した「メディアと子どもの傷害予防〜1人から1万人へ〜」について書いてみたい。

傷害予防活動とメディア

 メディアの人は、子どもの事故が起きるとすぐに取材に来る。曜日も時間帯も構わず電話がかかってきて、「今回の事故について、どう思うか」などと聞かれる。稀に例外もあるが、多くはとにかく新しいこと、聞いたことがないようなことを求める。「何か新しい事故はないですか?」とか、「最近増えている事故はなんですか?」と聞かれる。どのような事故が起きても、私から見れば特別驚くような事故ではなく、増えているものもないので、「いつも同じ事故が、同じように起きています」とお答えする。そうすると「それではニュースになりません」と言われてしまう。「このような事故を予防するためには云々・・・」と話しても、事故についてのコメント部分だけが取り上げられ、予防などはだいたいカットされる、という場合が多い。

 育児雑誌も同様である。夏になれば溺れの事故、冬になればやけどの事故で取材に来る。いつも一生懸命「予防」の話をする。すると担当者は、「よくわかりました。確かに『目を離さない』だけでは予防はできないですね」と得心して帰るのだが、その担当者がまとめた校正刷りが送られてくると、あちこちに「目を離さないでください」と書いてある。そのようなことが30年続いている。より多くの人に、子どもの事故による傷害、殊にその予防の考え方について知っていただきたいと考え、新聞、テレビ、雑誌、ラジオ等の取材に応じてきたが、なかなかこちらの伝えたいことが伝わらず、「メディアというものはその場限りの自分勝手な人たち」というイメージがいつの間にか私の中に定着してしまった。

ウェブサイト

 一方、2002年頃だったが、ある育児雑誌の編集者が、「ひとりで細々とやっていてもダメです。インターネットの時代なのですから、ウェブサイトを使って広報しましょう」と言って「子どもの事故を減らすための情報交換コミュニティ SAFETY SITE」を作ってくれた。「子どもの事故を予防するために、みんなで情報を共有しましょう」という目的のサイトで、セミナーや講演会のお知らせなども掲載した。このサイトには自分が伝えたいことをそのまま書いたので、伝えたいことがうまく伝わらないということもないと考えていた。

 実際にこのサイトを見て連絡をくれた人がいた。今、一緒に仕事をしている産総研の西田 佳史さんである。2003年頃、「子どもの事故」というキーワードで検索したらこのサイトが出てきたそうで、それで私のクリニックまで訪ねてきてくれた。もしこのサイトがなければ、西田さんのような他の職種の人との接点はできなかったと思う。

※現在このサイトは閉鎖されている。

学会での活動

 日本小児科学会とは別に、日本外来小児科学会という開業医を中心とした小児科医のグループがある。このグループで、1995年ころから医療機関を受診した事故の情報を5年間にわたって収集した。約8,000例の情報を収集したが、予防につながる情報にはならなかった。

 上記の「子どもの事故を減らすための情報交換コミュニティ SAFETY SITE」を作ってくれた人から、「事故を予防するにはどうしたらいいかについて、具体的に書いてみてはどうか」と言われ、サイトの中に「ホットボイス」と称するコーナーを作った。新聞の記事から事故の情報を書き出し、その事故を予防するにはどうしたらいいかということを書き始めた。最初はサイト上で連載を始めたが、当時『小児内科』という雑誌の編集幹事をやっていたので、この『小児内科』という医学雑誌にも同じ内容で連載をさせてもらった。

 連載は、2003年の1月から20回続けた。例えばサッカーゴールの転倒事故であれば、どういう状況で事故が発生したのか、どうすれば予防できるかということを書いた。この資料は、現在Safe Kids Japanのサイトの中に収載しているので、機会があればご覧いただきたい。

Injury Alert(傷害速報)欄

 上記の連載を書いてみると、事故の事例の情報をきちんと記録することの重要性に気づいた。そこで2004年秋頃、日本小児科学会の理事会に対して手紙を書き、医療機関には重症度の高い傷害を負った子どもがやってくる、その情報をきちんと記録しないと予防にはつながらない、学会雑誌に事故の事例の情報を載せる欄を作ってほしいという要望書を出した。理事会の説得を続け、4年がかりでやっと実現したのが「Injury Alert(傷害速報)」である。

 これはInjury Alertに掲載されている一つの例だが、「おばあちゃんの家でミニチュアダックスフントを飼っていた。その犬が、たまたまおばあちゃんの家に遊びに来て居間で昼寝をしていた子ども(孫)の睾丸を噛み、手術で精巣を摘出、26日間入院した。」Injury Alertにはこのような重症の例が載っている。

 現在、これは日本小児科学会のサイトに出ており、誰でもこの情報を見ることができる。つい最近も某新聞社がこの事例を取り上げて小さな記事にしたそうで、多くのアクセスがあったと聞いている。10年以上前の事例だが、それでもまだ役に立つことがわかった。

 ある時、私のクリニックにベッドから転落したという11カ月の子どもが来た。母親に、「きちんと柵を上げていなかったのではないですか?」と聞くと、「柵はちゃんと上げてありました」と言う。「ベッドの中に何か踏み台になるものがあったのではないですか?」と聞くと、「そのようなものはありません」と言う。それで、Safe Kids Japan事務局の太田さんに実際にその家に行ってもらい、写真を撮ってもらった。すると、ベッドの柵に付いている横桟に子どもが足をかけ、足をかけると上体が柵の上に出てしまい落ちるということがわかった。その経緯を学会雑誌に出し、掲載された報告を経産省などに送った。乳児ベッドの検討委員会が開かれ、その後4~5年たって規格化され、柵の真ん中の横桟が中途半端な位置に来ないような構造になった。

 このInjury Alertは、「傷害データは国民の財産である」という信念で掲載を続けている。同じような事例があれば、サイト上で元の報告の類似例として追加している。事例を報告した後どうなったか、例えば上記のベッドのように新しく規格が作られて製品の改良が行われたというような場合は、フォローアップ報告として、これまでの経緯を載せるようにしている。

 医学関係もメディアと同じように「新しい事象」が評価されがちだが、傷害に関しては、同じ事故が同じように起こっているので、事例を繰り返し掲載する必要があると考えている。そういう意味では、Injury Alertが発信する情報は大きな意味があると考えている。

NHKスペシャル

 西田さんたちと知り合った半年後、2004年3月に六本木ヒルズの自動回転ドア事故が起きた。

 その当時、何とかしなければということで、まずは事故の情報を継続的に収集するシステムがないので、それを作らなければならない。あとは、専門的に子どもの事故について研究するところが必要と考え、この2つを入れた要望書を書いて、当時厚生労働大臣だった坂口 力さんに持って行った。大臣は「必要だ」と言ってくれたが、行政担当者は「担当者がいないので一切できない」と全く相手にしてもらえなかった。

 この六本木ヒルズの事故に対しては、当時「失敗学」を提唱しておられた畑村 洋太郎先生が自発的に「ドアプロジェクト」を立ち上げて、この事故は自動回転ドアの構造上の問題だということを明らかにされた。私も畑村先生を紹介いただいて、このプロジェクトに加わった。この検証の過程はNHKスペシャルの『安全の死角〜検証・回転ドア事故』という番組になって非常に大きな反響を呼び、番組は第47回科学技術映像祭 内閣総理大臣賞を受賞した。

 その時にNHKの人と知り合いになり、2005年夏から子どもの事故の特集番組を作ることになった。その担当になったディレクターが、傷害予防に取り組むとは何をすることなのかをわれわれに教えてくれた。

 ある時、ひとりの子どもが入院してきた。それは遊具から転落して腎臓が破裂した子どもだった。子どもの保護者に「この事故の原因を究明し、再発予防策を見出すために一緒に活動しましょう」と言って説得した。西田さんたち産総研のチームがその遊具がある公園に行き、どういう状態で落ちたのかを検証した。遊具から落ちると頭を打つことが多いが、この子どもは腎臓が破裂していた。それはなぜか。ダミー人形を持って行って、どのように落ちたのか実証実験を行ったところ、遊具の階段のエッジで背中を打ったということがわかった。ではなぜそういうことが起きたのかについて、産総研の中に同じ遊具を組み立てて、子どもの行動を観察したところ、子どもは螺旋階段の内側を登ることが多いことがわかった。遊具メーカーにも協力してもらい、このような事故を予防するにはどうしたらいいかということを一緒に考えてもらった。その後、この検証結果を公園を管轄している市の担当者のところに持って行き、遊具の改善をお願いした。その過程はNHKスペシャル『子どもの事故は半減できる』という番組として結実した。

 1年半後に、市内の同じ遊具34基が約400万円かけて改修され、この検証結果は国交省の遊具のガイドライン(2008年)にも取り入れられた。これは今見ても同じ問題意識で見ることができる立派な番組である。この一連の活動は、傷害予防のサクセス・ストーリーであると言えるだろう。

 それまでは、病院のデータが外に出ない、現場の検証も行われない、行政も検証のための部署がなく、事故の情報との接点がないという状況で、どうしたらいいのかわからなかった。このケースのように、事故に関する情報を集め、いろいろな職種が連携して取り組めば「子どもの事故は半減できる」ということを、12年前のNHKスペシャルの番組制作によって実証することができた。そして、われわれは「安全知識循環型社会」という概念を作ることができ、初めて「予防活動」が実を結んだことを実感した。

朝日新聞の連載「小さないのち」

 もう一つ、メディア関係で子どもの傷害予防に尽力いただいたのが朝日新聞である。2年前、2016年1月に、朝日新聞が司法解剖のデータ10万件を入手した。その中の「子どもの事故死」のデータについて同年4月〜5月の2カ月で分析し、そのデータから得られた情報を中心とした特集「小さないのち」の連載が同年8月から始まった。この連載には非常に大きな反響があったと聞いている。1年以上にわたる継続的な取り組みで、ご遺族の方や関係者への取材も多数あり、子どもの傷害予防を推進するたいへん大きな動きだったと思っている。読者の方に参加していただくシンポジウムや会議も開催され、十分とは言えないまでも参加者との意見交換も行われた。

Yahoo!ニュース(個人)〜発見と言論が社会の課題を解決する〜

 そして昨年2017年11月に、どういう理由なのかは不明だが、ヤフーの方から「Yahoo!ニュース(個人)」のオーサーになって記事を発信してほしいと言われ、2017年11月末から記事を発信し始め、今までに25件ぐらい書いている。ヤフーでは「発見と言論が社会の課題を解決する」というコンセプトのもと、約500人のオーサーがそれぞれの専門性を生かした発信を行っているということである。

 今までは何か意見を述べたいと思って医学関係の雑誌に書いても、実際に発行されるのは数ヶ月先であるし、読む人の職種も人数も限られていたが、このYahoo!ニュースは書けば瞬時に公開され、多くの人の目に触れる可能性がある。ページビュー(PV)数も毎日わかるので、人々がどのようなテーマに関心を持つのかもわかる。できればこのツールを今後も利用させていただき、子どもの傷害予防に関する発信を続けて行きたいと考えている。

これからもメディアと共に傷害予防活動を

 最後に、産総研の西田さんが作った安全に関する定義を紹介したい。

「安全とは、事故や危険がなくなった状態ではなく、事故や危険を知識化の対象と捉え、それを扱う能力を備えた状態である」

 これは十数年前に作った定義だが、今でもわれわれのミッションは同じで、その達成のためには事故のデータを縦割りではなく横に生かすためのシステムを作らなければならないと考えている。そして最終的には、安全に対する日本社会の考え方を変えたいと思っている。

 傷害予防の活動は、各種メディアがなければ、メディアの人達の協力がなければ動かない。いろいろと課題はあるが、メディアの人達と一緒に取り組んで行かなければならないと考えている。30年前、傷害予防に取り組み始めた時は、目の前の一人に訴えるだけであった。昨年秋からYahoo!ニュース(個人)で発信させていただくことができるようになり、多くの人にわれわれの活動内容やミッションを届けることができるようになった。いずれは読者の方とのやりとりなどもできるとよいのではと思っている。

 最後に、貴重な発信の場を与えてくださっているヤフー株式会社にお礼を申し上げます。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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